#47 四天王、人間領域に集結す
「――金環の……四天王?」
兵は、上空に待機する翼騎龍を見て、ただ茫然としていた。
精鋭の龍騎兵を屠り去る、影の刃。
【鬼王】エミリア=ターコイズ……だけではない。
当千の将が、魔王の懐刀にして魔族領域最強の四人の王が。
今、この場に集結している。
「か、閣下……」
「……狼狽えるなっ!元より、魔王陣営との敵対も覚悟の上っ!ここは、全軍に……」
――猪妖魔の、同胞達に告ぐッ!
私と臣下のやり取りを遮るように、大地を震わせる声が、荒野に轟き渡った。
【龍王】アンナ=バイオレットの声が――
――貴殿らの行動は、我らが魔族領域の盟主、
――グレタ=イーヴリット陛下の意によるものではない!
――貴殿らの行動が、愛郷心によるものであるとしても、
――我が主は、人間領域との戦端が開くことを望んではおらぬ!
――これは警告であるッ!
――直ちに、武装を解除し、魔族領域に撤退せよッ!
――しからば、貴殿らの忠誠に免じ、寛大なる措置が下されよう!
――これを拒めば、我らは貴殿らを「逆賊」とみなす!
――貴殿らの生命はッ!名誉はッ!露に消えると思えッ!
軍に、動揺が広がった。
後方の部隊は、金環の四天王の雷名にすくみ上り、すでに撤退に動く者さえ見受けられた。
――だが、今さら、引くわけにも行かぬ。
弩杖は、既にアルフィード領に持ち込まれている。
何より、魔王の承認なく軍を動かした吾輩が、領地の没収や粛清を受けぬというのは、楽観でしかない。
「彼奴らは、その手勢をこの場に連れて来てはいない!いくら『一騎当千』を称せども、我が五千の精鋭に、たかだか四人で挑めるものか!」
「か、閣下……」
「総員、応戦の構えを取れ!弩杖部隊は、吾輩の合図とともに一斉射撃を敢行せよ!今宵……我らが金環の四天王の首級を貰い受けるっ!」
吾輩は斥候に命じ、全射撃部隊の照準を、上空の翼騎龍に向けさせた。
吾輩は、ハルバードを掲げ、全軍に指示を出した。
「総員、金環の四天王に、攻撃を開始せよっ!」
* * *
「障壁魔法」
私は、掌で小さく作った影に魔力を注ぎ、虚空にそれを放出した。
瞬時に、魔力で編まれた半球状の障壁が、翼騎龍を下から覆うように張り巡らされる。
その障壁は、弩杖の射撃を一つとして通すことなく、堅牢なる守りを眼下の軍勢に見せつけた。
「……あーあ、やっぱり持ってたね。弩杖」
「ええ、しばらくは表に出て来なくなってたけど、やっぱり『奴ら』に唆されたと見るのが妥当でしょうね」
「射程は……前見た時より伸びてるかな。まったく、いくら潰しても湧いて出てくるなぁ……どこで研究開発してんだか……」
「ともあれ、技術は日進月歩ってことね。今はまだ何とかなるけれど、このまま放っておくわけにはいかないわ」
ふと、視線を移すと、リナが深くため息をついていた。
「……このような武器に頼るとは、嘆かわしい限りですね。鍛錬が足りませんよ」
「まあ、鍛えたからってみんながリナになるわけじゃないしな。剣術師範としちゃ心苦しいだろうが、一般兵や市民にとっては、十分脅威さ」
……そう、魔族領域に視野を広げれば、この武器は脅威ではあるのだ。
だからこそ、我々は、これまで「それ」が表舞台に上がる前に手を打ってきた。
だが、それはさながら畑のモグラを叩くように、地下に潜む「黒幕」との終わりのない追いかけっこなのだ。
………………
「陛下」
私は、魔王様に【連絡魔法】を送った。
思念が音を結び、魔王様の声が脳内で響き渡る。
「……彼の軍勢は、猪妖魔と蜥妖魔の混成軍。目視可能な限り、五千名程度の規模と思われます。……うち、勇者の手で壊滅させられたのが四、五百名程度。我々の警告に従い、武装を解除し魔族領域に撤退した者は、三百名程度と見られます」
『ふむ……』
しばしの沈黙の後、魔王様は問いを投げかける。
『……【鬼王】は、この騒乱を『奴ら』の手引きによるものと考えるか?』
「『弩杖』が出た以上それが妥当と思われます。人間領域においても動きがみられた『人身売買』や『相場操縦』にも、本件は関わるやもしれません。現時点では断定こそできかねますが……私の力をもってすれば、此度の首謀者から全てを『聞き出す』事も可能でしょう」
私は、一帯を見渡して深呼吸し、言葉をつづけた。
「残存兵力の大部分は我々の警告を無視。我々に『弩杖』を向ける者、勇者どもの隙を伺う者、背後の農村を睨み略奪の機を窺う者――」
『…………』
「激しい抵抗と混乱が予想されます。戦闘が長期化すれば、アルフィードの国軍との衝突も……」
『…………』
「ここに至っては、平和的な説得は難しいとお考え下さい」
『……すべては、余の為政者としての不徳の成すところ、だな』
「…………」
陛下は、悲し気に自嘲を漏らす。
人生は選択の連続だ。そして、往々にしてヒントは不完全なものしか存在しない。「完全な選択」など、誰にも保証できないのだ。
その時々、限られた時間、限られた選択肢の中で、我々は最良のものを選び取っていかなければならない。それが、生きるということだろう。
そして私は、我が主たるグレタ様の選択を信じる。
彼女が悩み、苦しみ、導き出した道は、きっと、多くの者を救うと、私自身が信じてるから……そうしたいんだ。
「……御裁可を、陛下。我々四天王は、当千の将として、陛下の御意思を、忠実に執行いたします」
『……【禁環封呪】の解放を、承認する』
我らが主上、黒蝕の魔王『グレタ=イーヴリット』陛下は、静かに、我々に命を下した。
『……金冠を戴き、速やかに逆賊を撃滅せよ』
「…………」
『道を違えた盟友に、衆生に仇成す同胞に、「勇なる者」としての敬意を払い、一切の容赦なく、この地上から葬り去れ』
「御意のままに」
私は、翼騎龍の背中に立つ、他の『金環の四天王』に視線を送った。
その意を察した皆は、両手首にはめた金の環を胸元に当て、祈りを捧げるように手を組んで、「彼の宣誓」を、唱え、詠む。
――四星を封ぜし 大いなる君の御名のもとに
――永久に閉ざされし、日喰の岩戸を開くため
――玉と相成れ 鏡と相成れ 無道を砕く剣を成せ
――魔なる衆生の安寧を、東の果てに敷設せよ
「 【戴冠】 」
私たちの両腕にはめられた金の環が、【禁環封呪】が、魔力の粒子に分解される。
裡に渦巻いていた膨大な力の奔流は堰を切り、私たちの頭上に輪を描き、金色の、魔力の冠を形成した。
――数年来、陛下の魔術で封印されてきた私たちの魔力が、本来あるべき形に変わり、全身を駆け巡る。
【変幻自在の玆き神獣】ノア=タンジェリン
【万死を誘う碧き賢者】エミリア=ターコイズ
【大地を游ぐ赫き暴龍】アンナ=バイオレット
【万里を穿つ皓き剣射手】リナ=ブラウン
私たちは――「金冠の四連星」は、「真の姿」を取り戻した。




