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#44 勇者と「甘え」

 私は、勇者様から解任を言い渡され、その場で膝をつき、涙を流し続けていた。


 ……私が、この戦いの旅で「役立たず」なことは、重々承知していた。それを感じていながらも、言葉には出さず、私に役割を認めてくれた勇者様に、私は申し訳なさを、感謝を、憧れを、感じ続けていた。


 だからこそ、今、あの人が、頼れる仲間を失い、私のことも遠ざけようとしていることが、悲しくて仕方なかった。

 あの人は、確かに斜に構えているところや、仲間に対して辛辣な冗談を言うこともある。けれど、相手を本心から傷つけるような事は、決してしなかった。


 ――だから、私にはわかっていた。

 あの人が、もう限界まで追い詰められていることに。


 仲間という拠り所と、英雄の力を失い、自身の使命を果たせないまま無為に朽ちることに、私みたいな「役立たず」を守れず死なせてしまう不安に、耐えられなくなっていることに。




 ――泣いている場合じゃない。


 立たなきゃ……みんなを、もう一度みんなと、勇者様の間を、取り持たなくちゃ。それが、今私のやるべき庶務(メイド)の仕事のはず。

 そうでなくては、私は……本当に「役立たず」になってしまう。


 ……私は立ち上がって、ベートリーの市街に向けて歩みを進めていった。

 今一度、勇者様を、三人を、見つけ出して……引き合わせるために。



   * * *



 聞き込みをした結果、先に足取りをつかめたのは、ジーンさんたちの方だった。

 ベートリーは物流の拠点でもあるため、黒髪の男性もそう珍しいわけではない。対して、女性三名の冒険者パーティーはそこそこの存在感があったこと、明日にでも王都へ向かう足を求めるであろうという予測もできたことから、すぐに有力情報も見つけられた。


 彼女たちは、どうやら駅逓所の近くに宿を取ったらしい。私がその建物に足を踏み入れるとすぐに、一階の酒場でお酒を飲む三人が視界に入った。

 私は、彼女たちの囲むテーブルへと歩み寄っていった。


「……エリスか」


「……ジーンさん」


 彼女は、ジョッキをぐいと煽り、私の方に視線を戻した。


「アイツの差し金……では無いんだろうが、無駄だぜ。さっき私が言ったことが全てだ」


「…………」


「私らは、もうアイツと冒険するつもりはない。お前がどうしたいかは知らんが……王都に戻るなら送ってやる。アイツに着いて行くなら勝手にすりゃいい。お前の勝手だ」


 私は、メルさんとカトレアさんに視線を移した。メルさんは、私と目が合うとさっと視線をそらし、カトレアさんに至っては、俯いたままに、普段一切口をつけないお酒のジョッキを両手でつかみ、沈黙を保っていた。


「……そいつらを口説くのも、まあ無理だろうよ。立場は私と同じだ。私らが青春を捧げた、十年以上の鍛錬をリーダーに踏みにじられたんだ。穏やかなわけねぇさ」


「…………」


「そのへんの機微は、メイドのエリスにはわからねぇことさ。乙女心に燃えるのは結構だが……変な期待はしないこったな」







 ――私は、今の三人の姿に、ため息をついた。


「……いつまで勇者様に……『カイトさん』に、甘えているつもりですか?」


「……あ?」


 私の言葉を受けて、ジーンさんが鋭い目つきで私を睨んだ。メルさんとカトレアさんも、ざわついた表情で、私を見た。

 私は迷うことなく、言葉を続けた。


「『いつまでカイトさんに甘えているのか』と、そう言ったんです。大の大人が、みっともないとは思わないんですか」


「……てめぇ」


 ジーンさんががたりと椅子を鳴らしながら、私の前に立ち塞がった。私は、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。 


 その時の私は、彼女のすごみに対して、恐怖を感じることはなかった。

 ただ、「言わなくてはならない」という、その気持ちだけしか、わたしの頭の中には存在していなかった。


「私のどこが、あの野郎に『甘えてる』って……?私が、いつ、あの野郎のことを――」


「……あの人が、自分に『言い返してこない』ことをわかっていながら、追い詰めるようなことを言うのが……『甘え』でないと言うんですか?」


「!」


 ほんの一瞬、彼女の目が泳いだ。だが、それを振り払うように、彼女は私の胸ぐらを掴み、私の目を見つめる。


「言い返しゃいいだろうが……!後ろめたさがないんだったら……何とでも、言えるだろうがよ!」


「…………」


「『俺だって頑張ってる』でも、『見下してない』でも……言えることぐらい……」




「……あなた達を尊敬してるから、傷つけたくないから、力のことについて、ずっと言えずに抱え込んでいたんじゃないですか。それを言えずにいる自分を責め苛んでいるから……あなた達の非難を、何も言い返すことなく受け入れていた、そうは思えないんですか」


「!」


「そもそも……あなた達は、自分の境遇に配慮を求められるほど、あの人の境遇に、関心を持って接して来たんですか?」


 ジーンさんの、私の襟を掴む手が緩み……そっと、離れた。


「……カイトさんは『異世界人』です。本来のあの人は、戦争とは無縁な立場で、人死にに遭遇することすら珍しい、平和な世界で暮らしていた一般市民です」


「…………」


「そんな彼に、私たちは……アルフィードは、望んでもいない英雄技能を与え、持ち慣れていない剣を握らせ、逃げ道を塞ぎ、戦地に投入した」


「…………」


「彼にも、家族はいたはずです。恩師や友人、恋人だって……いたのかもしれません。それが……転移によって、二度と会えないかもしれない、遠い世界に呼び寄せられた」


「…………」


「それなのに、彼は我々の求めに寄り添い、罪人や魔族の命に対しても、情けを捨てなかった。そんな『優しさ』を持った人が……自分の想いと裏腹に『仲間の矜持を踏みにじってしまう』現実に、何も思い悩むことが無いと思っているんですか」




 私たちの間に、沈黙が流れた。


「ジーンさん、あなたは龍王とカイトさんの闘いを見て……現実的な技量として、自分が割って入れるような、そういう世界だと感じましたか?一瞬の油断が死に繋がる闘いに臨んだあの人に『一生懸命さに欠けててバカにしてる』なんて、言えるんですか?」


「……っ!」


「メルさんは、カイトさんが森王の攻撃から重傷を負ってまで命を助けてくれたことに、『借り物の力で余計なことをするな』なんて、言えるんですか?」


「…………」


「カトレアさんは……この世界で一人苦しんでいる仲間に手を差し伸べるより、それを見捨てて自分の信仰の正しさを示すことが、神の慈愛を体現する者として、本当に大事だったんですか?」


「…………」




「……甘えてきたんです、私たちは。求められる『勇者』の姿であろうと藻掻き、懸命に戦ってきた、あの人に……彼自らが望んだわけでも無い、勇者という『偶像』に」


「…………」


 彼女たちは俯いていた。

 自分たちの向けていた「期待」という呪縛の重み。それを彼に負わせていた事実に耐えられなくなったように。


「それでも独りで『勇者』を続けようとする、そんなカイトさんの味方になれないというのなら……」


 私は踵を返し、酒場の扉に向かっていった。

 一人ぼっちになってしまったあの人に、もう一度追いつくために。


「皆さんとは……ここでお別れします。これまで、お世話になりました。」


「……エリス」


 言うべきことは全て伝えた。

 ここまで伝えても、彼女たちがカイトさんを「助けたい」と思えないのならば……もはや背中を預け合う「仲間」として頼るべきではない。


「私は、カイトさんを見放したりはしません。たとえ、皆さんと道を違えるとしても」


 私は、酒場のドアを開き、再び聞き込みのため、外の通りに向かって歩き出した。


「私は……『勇者様のメイド』ですから」




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