#43 女神サマの祝福
――荒野での戦いを終え、俺は、真っ白で超然とした、謎の空間にいた。
それは、さながら「転生待ち空間」のような。
「……はは、終わりにもここに来ることになんのか。静かに眠らせてくれりゃいいのによ」
俺は何もない空間を歩き出す。
そして、視界の先にひらひらの布でボディラインちらつかせた、あの軟派な女神サマを認め、深くため息をついた。
「よお、半年ぶり」
「…………」
「ご期待に沿えず悪かったな。俺の異世界生活は、半年でゲームオーバーだ。次はもっとまともなチート野郎を選ぶこったな」
「…………」
……女神は口を開かない。
今度会った時に、あの時みたいな軽口叩いたら、絶対ボロクソに言ってやろうと思っていたので、拍子抜けだ。
ま、楽しみにしてた長期連載の終わった虚脱感って、こんなもんかもしれないな。ハマってるほど、しばらく何も手につかなくなるのはある。
……俺の人生にそんなハマる要素あったとも思えんけど。
「……散々な旅だったが、最終回ロスが発生する程度には、お楽しみいただけたみたいだな、女神サマ」
「…………」
「あー……、詰めてる時に無反応貫かれるとこんなムカつくのかぁ……。そりゃジーンも、火に油になるよな。はぁー……あいつらには、マジで、最後まで悪いことしちまったなぁ……」
……張り合いの無い女神サマを尻目に、俺はため息をついた。
本当はもっと恨み節を押し付けてやりたかったが……最後なのにそんなダルいことばっか考えて消えるのも……なあ。
それに……、実のところとして、言うほど嫌なことばっかりじゃなかった。「こんな世界、来なければ」とまでは、俺も言う気は起こらなかった。
「……ジーンは粗野な振る舞いしてるけど、姉御肌なところが強くて、メルやカトレア、エリスにも度々世話を焼いてたよなぁ。女所帯のパーティーで、俺じゃ気を回しきれない所も結構フォローしてくれてたんだと思うな。実際のところ、アイツがパーティーの影のリーダーって所はあったよなぁ。家では末っ子だったって言ってたし……もしかして妹が欲しかったとかも、あるのかもな」
「メルは……アイツ、結成当初は出生や学歴でマウント取る、鼻持ちならない所があったけど、本質的にはお嬢様なんだよな。俺のことお人好しの甘ちゃんみたいに言うけど、案外アイツも、周囲の期待に応えようとして無理してたのかもなぁ……。学歴社会の経験者って面だと、もうちょい色々話せば、打ち解けられたのかもなぁ……」
「カトレアは……アンタへの信仰心が強かったけど、実際のところは狂信者ってわけでもねぇんだわ。規範に沿うことで他人を、自分を、つらい運命から救って欲しかったんだろうな……。俺への当たりはキツかったけど、それでも、日本人の民間信仰について、肯定はせずとも理解はしてくれたし……決して『嫌なヤツ』ではなかったよ」
「…………」
「……エリスは、本当いい子だったな。付き合いも一番長いし、俺がボンクラなことだって知ってただろうに、ずっと支えてくれてさ……。やっぱり、一番心残りなのは、あの子を傷つけて、最後まで『勇者様』を貫けないまま、何も成せずに死んじまったことだよ」
「…………」
「……全部、アンタのせいにしちまいたいけどさ。まあ、結局チートって『才能』とまともに向き合わなかった、俺の責任か。……他に、道はなかったもんかねぇ」
「…………」
「はぁ……、後の、祭りだなぁ……」
「…………」
「それでも、大学の無気力生活と比べると……、それなりに本気で駆け抜けたし、あいつらと冒険した日々が楽しかったかのも、本音かな」
「…………」
「うん、最初にアンタに言われた通りでさ……案外、悪くなかった。楽しい旅にはなったと、そう思うよ」
「……やり直したい、のですか?」
「……おいおい、再走しろってのか?人間の人生弄ぶのも大概にしろよ?」
俺は、湧き出てくる呆れを込めて、女神を睨んだ。
「心残りはあっても、人生は一度きりだろ?それを、上手くいかなかったから最初からやり直しとか……ズルって次元じゃねぇだろうが。またあいつらの心を弄ぶぐらいだったら、俺はミンチになった方がマシだ」
「…………」
「俺の人生はここで完結だよ。現世に送り返してトラックでミンチにするなり、輪廻のわっかに放り込むなり、この世から完全に消し去るなり……他の奴と同じ沙汰を下せばいい。弄ぶのも、弄ばれるのも、もう十分だ」
「…………」
「俺の旅は、嘘に塗り固められてたけど……それでもみんなが大事だったのは、嘘じゃないんだ。それを何もかもなかったことにして、あいつらを都合のいい人形遊びの道具になんて……絶対したくねぇ」
「……やはり、あなたは、『勇者の器』でしたよ」
「……は?」
「私は……、『終の女神』は……、転生という事象は……、私の意思をもって実行されますが、その実態としては『システム』であり、そこに『自由意志』の介在する余地は、少ない」
「……俺には、お気楽お調子女に見えたけどな」
「私は所詮、『力を持った精霊』に近い存在なのですよ。契約や呪縛などの魔術的儀式と、信仰という広域の人類の共有する歴史と規範。それらをもってして『大母聖教会』は、私の力を『システム』として完成させた」
「…………」
「女神たる私も所詮、地球を、オメガルドを、見通す視点を持っているというだけで、結局は大いなる流れに弄ばれる道化に過ぎない、というわけです」
「……ノートPCとモデリングソフトは?」
「道化にも娯楽は必要なので」
「WEB小説より、もっと面白い名作読めよなぁ……あ、課金できねぇから見れねぇのか」
……なんだか、本質が「監禁された引きこもり」なのかと思うと、この女神サマへの怒りも失せて来たなぁ。
「……私の後悔は、先代勇者『西城 諌実』に英雄技能を与え、この世界に招致したこと。現世で非業の死を遂げようとした彼に、私は憐れみを覚え、この世界で二度目の人生を与えた。その結果起こったのは……魔族領域や周辺国家への侵略に端を発する、オメガルド全土を巻き込む動乱……」
「…………」
「彼は現世で、周囲が自分を大切にしてくれなかった経緯から、他者を、世界を怨んでいました。そして、彼の利用を目論む人間勢力も、その怨みの炎に焼かれ、魔族領域においても苛烈な排外主義の火種を残し……誰一人として、幸せになれたものは居なかった」
「……救いのない話だな」
「だから、私は、私に残された唯一の選択として、オメガルドで勇者召喚が行われた時には、その人間性を見なくてはならないと思っていました。そして、ついに、あなたを、見つけた」
「……どこに目つけてんだよ。冷笑屋の捻くれ者だぞ?……それに、こっちに来て、どれだけの魔族を、山賊を、英雄技能で殺したと思ってる。こんな人間が、正しい存在なわけ、ねぇだろ」
「けれど、あなたはそれに『悩み続けた』」
「…………」
「勇者という存在は、暴力と切り離して存在することはできない。絶大なる英雄の資質は、人としての『正しさ』を希釈し、己の欲のままに生きる誘惑を常に与え続ける」
「…………」
「だからこそ、あなたは『勇者』を演じるのに相応しい、繊細な心を持っていると判断しました。そして……私は、その選択を間違いとも思っていません」
「…………」
「あなたには人も魔族もない。手を取り合えるものとは手を繋ぎ、力なき誰かを守るためには、己の心身を傷つけようとも手を汚すことを躊躇しない」
「…………」
「だから、私は、あなたの行く末に期待しているのです。与えられた力を正しく使い、この『終の大地』に、進歩と安寧をもたらし得る存在に、貴方ならきっとなれるだろう、と」
「心残りが増えちまったなぁ……。エミリア=ターコイズや、アンナ=バイオレットとも、もう少し話す機会があればなぁ……。【森王】のリナ=ブラウンは……少し難しいかもしれないけど、お互い憎しみ合ったままってのは、やっぱりつらいよな……」
「…………」
「……っていうか俺、四天王の三人しか会ってないのな。最後の最期に妙に気になる謎が残っちまったな」
「…………」
「……だが、見ての通りゲームオーバーさ。ご期待に沿えずに悪いが……もっと器用で善いヤツの後任勇者に、後のことは任せるよ」
「……いいえ、まだです」
「は?」
「胸に手を当ててみてください。……感じるでしょう?あなたの『鼓動』を」
俺の心臓は、どくん、どくん、と脈を打っている。
まだ、生きてるのか……でも、これももうすぐ、止まるんだろう?
俺は全身を、魔族の銃に撃ち抜かれたんだ。放っておいても、出血多量で死ぬだろう。
「……【ハーレムバフ】について、説明をする時間が足りませんでしたからね。あなたは誤解したまま旅を進めていたようです」
そういや、【無自覚最強】も雑な説明で、実践を通して全容を把握していったんだったか。理解してない仕様はまだあるってことか。
「英雄技能【ハーレムバフ】は、貴方を想う仲間のみを強化するものではありません。あなたが誰かを想うほどに、その人がそばに居るほどに、貴方自身の力も強化される……『相互祝福』の力……」
――「俺を想う」?
こんな孤独な戦場で、何の関係が?
「だから、貴方は、ここで終わりではありません。あなたには、まだやらなければならないことが、残っているはずです」
俺の鼓動は、止まらない。
少しずつ、だが、着実に、そのリズムを安定させていく。
――まさか
「さあ、お行きなさい『勇者カイト』。あなたの物語は、ここで終わるものではないのですから」
超然とした空白世界が、まばゆい光に包まれ、俺の意識は、再び、あの世界へ、終の大地へ、引き戻されていった――
* * *
視界に飛び込んでくる、暗い荒野に浮かぶ二つの月。
俺の上体は、何者かに抱き起こされながら治癒魔法をかけられていた。
一帯には、銃を持ったまま「焼け焦げた」妖魔の死体。
自動操馭魔法の鞍を装着した「送迎馬」。
そして――
「――勇者様っ!」
オレンジがかった柔らかい発色のブロンド髪。
ウェーブのかかったショートヘア。
飾り気の少ないシックなメイド服。
宝石のように煌めく、穏やかな緑色の瞳。
――見間違うはずもない。
戦場で倒れた俺を介抱していたのは、他でもない、俺が追放した勇者パーティの庶務、エリス=ブライトだった。




