#42 弩杖《マジックライフル》
「――グルドンド侯爵閣下。右翼の射撃部隊の攻撃が、標的に命中したと報告が入りました」
「うむ」
陸騎龍に騎乗した蜥蜴妖魔の伝令兵が、戦車の上でハルバードを握る吾輩を見上げながら、戦果を報告した。
……人間領域の最終暴力装置とも言える「勇者」。
魔族領域の全ての者が恐れる「人間の暴の象徴」。
初動で弓兵隊を一掃する大魔法を放った奴は、多勢に無勢の中、数百人にも及ぶ我が兵を薙ぎ払い、投石器による攻撃や、大蜥蜴妖魔の突撃すらも捌いてみせる、圧倒的な武力を示して見せた。
さしもの吾輩と言えども、その姿には肝を冷やさずにはいられなかった。
それはもはや人間のそれではない。かの金環の四天王にも匹敵する、理外の存在がそこにあった。
だが、そんな「勇者」も、我々の最新兵器をもってして地に伏している。
――弩杖。
然る商人から設計図を入手し、その支援の下に職人を雇い開発した、狙撃専用の魔導武具。
その構造は、「魔石」を砕いた「魔紛」を金属の筒に詰め、中をくり抜いた木製の「杖」に装填し、引き金を引くことにより、遥か遠方の敵を狙撃することを可能とする兵器である。
技術としては、古代遺跡における「守護者」の光線と同様の物である。この出力を狭い面積に絞ることで、過剰な破壊を伴わず、極めて長い射程と弾速を実現している。弓と違い重力や風の影響も受けず、命中精度も極めて高い。
必要な訓練も弓と比べて簡易な物であり、魔紛を装填した金属筒の生産には手間取ったが、その問題を越えた今、我が軍は圧倒的な力を手に入れたと言える。
吾輩は確信した。
この兵器は――弩杖は、「新時代の力」である。
我がグルドンド家の治める候領には、大量の魔石を産出する山々が連なる。これは天の配剤に他ならぬであろう。
アルフィード東部の穀倉地帯。
我々猪妖魔が焦がれ続けた「日の光に恵まれた」肥沃な農地。
魔族領域を覆う大呪【永劫輪蝕】。
日照に制約のある魔族領域において、食糧の大量生産の手段を手中に収めた者は、多大な影響力を持つ。
我々はここに、魔族領域の連邦制から独立した、猪妖魔の独立国家を建設する。今回の侵攻で捕らえた人間の農奴どもを農耕に従事させ、収穫物を輸出し、魔族領域の富と名望を一手に集める。
食糧生産に携わる農奴どもも、人間の女を犯せばいくらでも生産可能だ。奴らは、我々猪妖魔の血を賜り、人間の身には余る強き身体を持つ子を成せるのだ。我々にとって利用価値のある存在になれることを、彼奴らも誇りに思うことだろう。
食料の安定供給を望む魔族領域の世論は我々を後押しし、魔王と言えども迂闊には手出しはできなくなる。
この弩杖を、我が領民に尽く配備した暁には、この世界において最も恐れるべき精強な軍が完成し、力による裏付けも万全となる。
そうなれば、忌むべき人間領域の国々はもとより、魔王からの独立も夢ではあるまい。
誇り高き我ら猪妖魔が、魔王「グレタ=イーヴリット」に……あの幼子の如き赤髪の小娘に、惨めに頭を垂れる屈辱から、ようやく解放されるのだ。
忌々しい極東の魔王の犬どもは、我々が開発したこの兵器の存在をまだ知らない。総力を挙げて量産された弩杖は、もはや魔族領域には存在しないのだ。
設計図を提供した協力者の手引きにより、これらの武器は既にアルフィード領に持ち込まれた。我が配下であるアイベリク家の立ち合いの元、多数の作物貯蔵施設の地下に、それらは隠されている。
穀倉地帯を制圧し、入植が完了次第、領民にはこれらの武器を持たせ、兵力として運用する。魔族領域と人間領域双方ににらみを利かせるのだ。
……忌々しいが、この計画の協力者は「人間」だ。
新国家における一部の権益を見返りとして、今回の侵攻と蜂起を影から支援する約束を取り付けている。
だが、奴らは一時的に利用し合う関係に過ぎない。
ことが終われば、我々はこの穀倉地帯の豊富な食糧をもってして国民を……そして、魔族領域の我が領地の鉱脈より弩杖を総力を挙げて増産し、最強の軍事大国を築き上げる。
そこに至れば奴らは用済みだ。武力を背景に恫喝し、渡した権益を取り上げてしまえば良い。まだ先は長いが、我が覇道の敷設は着実に進んでいる。
――我ら魔族が怨敵「勇者カイト」よ。
これより築かれる、栄えある猪妖魔の大帝国の礎として。
貴様すら知り得ぬ暴の極致、弩杖の初陣に立ち会えることを光栄に思い、この荒野で死に果てるが良い。
* * *
……俺は、地に伏せて息が整うのを待ちつつ、遠視魔法で状況を伺う。
俺を狙撃した武器。一見してはライフルに近いが……その先端は筒ではなく木の棒に近い。
つまりこれは、形こそ銃ではあるが、メルやカトレアが使っていたような「魔法の杖」だ。おそらく、排出された薬莢に魔力を充填して、引き金を引くことで光弾魔法に近い魔法を発動する武器だ。
ただ、その射程と弾速は護身魔法の光弾魔法とは比にならない。それこそ本物の銃のように、引き金を引くのと着弾は、ほぼ同時だ。文字通り「弓矢」と「銃」の違いって感じだな。
ただ、現状の俺は【無自覚最強】が常時発動可能な状況だ。
ガンミトラス大遺跡にて、森王リナの繰り出した視認不能の遠隔刺突「迅翼」。
あれを自分の手で受けることが出来たように、来る方向が分かればギリギリ回避もできる。障壁魔法でも三、四発は防ぐことは叶いそうだ。
……だが、おそらく配備されてる銃は三、四丁じゃ利かないだろう。俺が撃たれた時、巻き添え喰らった妖魔もいたので、俺に当たった二発以上に銃口が向いていたのは明らかだ。
実際、この軍勢の中にどれぐらいの「銃」があるのかは分からないので、迂闊に動けなくなったが……だが、考え方を変えれば、これはチャンスかもしれないな。
俺を狙った奴らは、大体二百メートル程度先か……。
射撃部隊は二、三十人……銃剣とか近接武器は装着してない。
でけぇトカゲみたいなのに乗った奴は、伝令兵か?奥と行き来してるな。
うーん、魔法の制限時間的には微妙だけど……いけるか?
……いや、悩んでる場合じゃねぇな。
死んでも「やる」って決めたんだ。最大限やれることを……やってやる。
俺は、地面に倒れた姿勢のままに現在も【ランク反転】で行使可能な魔法の詠唱を開始した。
* * *
……歩兵隊が、勇者の倒れた地点に到着したようだ。
今、折り重なった同胞の骸の山をかき分け、その死体を探している。
勇者の首級もまた、魔族領域においては民意の裏付けに利用できる。
いかに魔王が弱腰で戦争回避に走っているとはいえ、勇者の存在が魔族領域の潜在的な脅威であることには変わりはない。
現代に再び勇者が現れたと知られれば魔族領域は混乱に陥るであろうし、逆にその脅威を除けば民衆からは英雄視される。かつての「ベルゼアル=イーヴリット」のように。
いかに、グレタ=イーヴリットが強大で民にも畏れられる存在と言えど、民意を完全に無視した粛清を敢行するのは不可能だ。
ならば、吾輩が先んじてヤツの大義名分を潰し、民意を味方につけることで、労せず我が野望の成就に近づくことも叶う。
そのためにも、なるべく破損なく勇者の首は確保したいところではあるが……兵どもが奪い合って死体を損壊しないかは、危惧すべきところかも知れんな。
「――グルドンド侯爵閣下ッ!至急報でございますッ!!」
吾輩の思案を遮るように、伝令兵が駆け込み、大きな声を上げた。
ここから見る限り、死体の山を漁る歩兵には大きな動きは見られない。
だが……それでは……なぜ至急報が?
「……申せっ!」
「右翼の弩杖射撃隊、勇者の接近を許し……壊滅致しましたっ!」
吾輩は、慌てて射撃隊に視線を移す。
……そこには、つい先刻まで直立し整列していた、弩杖を持った蜥蜴妖魔の一団が、物言わぬ骸となり横たわっていた。
「ばっ……バカな!射撃隊との間には距離が……その間を駆け寄るものなど、誰も見てはいない!」
吾輩は、伝令兵の言葉を聞いて耳を疑った。
既に日は落ちたとはいえ、我々は、五千にも及ぶ我が軍勢は、その誰もが奴の動向を注視していた。にも拘らず、誰も奴の射撃隊への接近を目撃していない……っ!?
「陸騎龍で離脱し難を逃れた斥候の情報によりますと……虚空から突如勇者が姿を現した、と!」
「な、何を……」
吾輩が状況を理解するより早く、側仕えの魔術師が口を開いた。
「不可視魔法……でございますっ!」
「!」
自身の姿を消す魔法っ!
だが、あの魔法の制限時間で、あの長距離を移動するなどと……。
……いや、加速魔法を使えば、気付かれずに懐に飛び込むことは……可能か!?
だが、弩杖を装備した射撃部隊は、あの部隊以外にもまだ残っている。
動じるな。相手は勇者と言えども、一人の戦士にすぎん。
一刻も早く、奴に向けて、次の攻撃を――
――待て、
――勇者は、
――何処に、いる?
轟音。
魔力を高圧で凝集し、指向性を持たせ解放する、弩杖の発射音。
夜の荒野に響き渡るその炸裂音と同時に、吾輩の頬に、一筋の傷が走った。
吾輩は、後ろによろめき、馬車の上に腰をついた。
「ひっ」
吾輩は、裏返った自身の声を抑え込み、戦車の影に隠れるように身をかがめ、無言のままに身振り手振りで御者に命じ、大急ぎでその場を離脱した。
奴は――扱いなど知らぬはずの弩杖を……吾輩の頭を目掛けて撃ってみせたのだ。
* * *
――俺にかかった不可視魔法の効果が切れた。
「あーあ、ダメか……。この世界、射撃検定とかねぇしなぁ……」
【ランク反転】で向上するのは武道や魔法……銃の腕前は素の俺の実力だし、初めての射撃で、あんな遠い的は当てられねぇよな。
伝令の位置から予測は立ったし、上手く射程に入れば大将首を直に暗殺できると思ったが……狙撃は当てられず、間一髪で逃げられちまった。
時の運も引き込めるのが、将軍の器……ってことかね。
そして、俺は周囲を見渡す。
俺は既に、複数の射撃部隊から「銃の杖」を向けられていた。
俺は障壁魔法を展開した。
だが、奴らが引き金を引く前に、既に俺は確信していた。
この障壁は、奴らの飽和攻撃で突破され、俺はここで死ぬと。
……万事……休すだな。
障壁が割れ、光の弾が、俺の両腕を、両足を、胴を貫く。
さながらヘタクソな踊りを見せるように、被弾の反動で、俺は大業に四肢を振り乱し、脚をもつれさせて、その場に倒れ込んだ。
俺の身体から、血が、体温が、生命そのものが、流れ出る感覚。
夜空に浮かぶ、髑髏と狼の二つの月が、ぼやけていく。
ああ、いよいよ、俺にも、その時が来たか――
散々殺したからな……自分だけ死にたくないなんて、虫が良いだろ。
俺は、そっと、目を閉じた。
ま……、ミンチよりは……マシな死に様になれたかな――




