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#41 俺は何をしたかったのか

 ――思考に、砂嵐のようなノイズが乗る。


 留まること無き敵の攻撃。死を間近に感じる綱渡りのような攻防。

 脳は、身体は、チートによって突き動かされながらも、その不自然な力に振り回され、俺の意識は、少しずつ、精細さを失っていく。


 一瞬の攻防に感じる時間感覚は、徐々に引き伸ばされていき、俺は今、どこにいるのか、何をしているのか、それすらも見失いながら、ただひたすらに大地を駆け、敵を斬り続けた。


 無限にも感じる時間。それは走馬灯にも近い感覚、なのだろうか。俺は、死の瀬戸際での戦いを続けながら、気がつけば自分の人生を、幼少期から、順々に、見つめ直していた。



   * * *



 ――いつ頃だったかな。弟の「空良(アキラ)」が絵を書き始めた頃ってことは……俺は中学生に上がったばっかりだったかな。


 当時の俺は思春期ではあったけど、体裁を気にするガキだったし、両親にも「陸史(アツシ)(にい)にも噛み付いたりはしなかった、と思う。

 アツ兄は大学受験のために予備校に通い出して、俺もアツ兄の中学生の頃に通ってた塾に通い出したんだよな。


 当然、たかだか数年前のことだし、先生は兄貴のことも知ってた。優秀な兄貴のこともあって俺にも期待してる口ぶりだったな。

 ……でもまあ、俺はやっぱり凡庸な生徒で、好意的には接してくれたけど、期待をかけるのは同級生の他の子だったか。悔しくはあったけど……いつまでも優秀な兄貴を投影されなくて、少しホッとしたのを覚えてる。


 アキラは変わらずお絵かきが好きで、勉強しろとよく親に怒られてたな。この頃はまだ、紙をイラストに乗せて写す「写し絵」……トレスが多くて、アキラの当人の自作絵とは、品質の差が露骨だった。

 クラブ活動もマンガ部で、棒人間とかの漫画をよく書いてたな。小学生らしい、のびのびとしたギャグマンガだった。


 俺は、外聞は取り繕う方だけど、この頃から性格はひねくれてた。

 ……アキラには申し訳ないが、俺はアツ兄へのコンプレックスもあって、どこか弟のことを見下してる部分があった。「真面目に勉強しろよー」みたいなこと言ってさ。


 俺は、漫画を読むのは人並みに好きだったけど、絵を書いたりはしなかった。そのクセして、アキラの描く漫画を「子供の絵」として見ていた。

 ……今思えば、この時点ですら、俺の方がヘタクソだったかもしれないな。アキラの棒人間マンガ、めっちゃ読みやすかったもんな。


 ……でもアイツ、素直というか、人の言葉に裏表を見ないから、俺が漫画を見て含みのある笑いを漏らしても、純粋に楽しんでくれてると、そう思ってたみたいなんだよな。

 そういう、人間の醜い一面に引きずられることなく、素直に頑張って、頑張って……いつの間にか「マンガの絵柄」のイラストを描くようになってて。


 俺は、「大学受験も控えて忙しいから」っつって、いつの間にか厚手の原稿用紙を使って書かれるようになった、アイツの漫画を読むのを避けるようになっていった。


 ……受験のことも、言い訳なんだよな。

 俺は、「正しい努力」で前に進んでいる弟が、眩しくて仕方なくて。

 それを冷笑してさえいた「何者でもない自分」が、恥ずかしくて仕方なかったんだ。


 弟に対する過去の恥を振り払いたくて、俺はアツ兄と同じ国立大学を目指したが……模試成績を見ても、それは現実的ではなくて。それでも、ワンランク落とした国立を狙ったが、今一歩及ばず。

 合格発表の後、兄貴が車で俺を飯に連れて行って、「大学に入ってから真面目にやればいい」と慰めてくれたんだけど……それすらも、俺は惨めに感じてしまった。


 かくして俺は、兄貴と違って、高い学費を要する私立大学に入ることになった。……俺は、自分に「親不孝者」のレッテルを張った。


 アツ兄も、アキラも、両親も……俺のことは「真面目すぎる」「完璧主義」と評していた。

 自分に厳しいから、一度の失敗で必要以上に苦しんでいる、と。

 もっと楽に生きたらどうか、と。


 ……けれど、俺だけは、俺が「自堕落で臆病で小狡い人間」だと知っている。

 眩しく輝く兄弟に憧れて、安易にそれを真似したり、あるいは辛くなって目を背けたり、だらしなく逃げ出したり、それでも致命傷を負いたくなくて保険をかけたり。過去を振り返ると、どうにも見苦しくてかなわない。


 ……だから、せめて俺は、頑張ってる人を笑ったり、踏みにじったりしない、そんな人間であろうと思うようになった。羨望を感じる兄弟にも、俺の醜い面を見せず、気を使わせずに済むような、対等な関係を築いていきたかった。


 これまでの嫉妬心や冷笑グセを改めたいと思い、「受験も終わって余裕ができた」と、アキラの漫画を見せてもらうようになったり、勉強を聞きに行くのも遠慮してたアツ兄に就活について相談したり……。


 コンプレックスは消えたわけではないし、意識的に矯正した部分もある。

 けれど、それでも二人にはそんな俺の行動を、喜んでもらえた。そんな素直な二人だったからこそ、アツ兄とアキラは、俺にとって自慢の兄弟なんだって、そう思えるようにもなった。

 二人とも、俺に対しては優しかったし、ウチは他の家庭と比べても兄弟関係は良い方だったと思う。俺も、二人から「善き兄」「素直な弟」に見えるように、外面を取り繕った。


 ……ただ、それでも、二人からは「持たざる者」の俺に気を使うような、そんな雰囲気を感じて、対等な顔をして話している自分を恥じてしまう部分も、あった。

 結局、俺は自分の劣等感を完全に拭うことはできず、兄弟から見えない所では、悪友とつるんでだらしない生活を送る、自堕落大学生でしかなかった。




 ……もしかすると、俺が長らく家族の事を忘れるように走り続けたのは、二人の事を「思い出したくなかった」からなのかも知れない。思い返せば、家族のいない世界に来た俺の心の奥底に、「安堵」が無かったというと、嘘になってしまうと思う。

 現世では、行方不明かミンチになって、家族を悲しませてしまっただろうに、薄情な兄弟で……ごめんな。



 一方で、俺の仲間になってくれたジーンやメル、カトレア、エリス。彼女たちが、この世界で頑張って生きてるのを見てると、やはりチート勇者の自分は「ズルばかりする怠け者」にしか感じられず、羞恥心と焦燥を募らせるばかりだった。


 このままじゃ、いけないと思ってもいた。


 みんなの信頼に足る「勇者」にならなきゃと、そう思ってもいた。


 ……でも俺は、この世界においても「正しい努力」の仕方も、「他人の尊厳を尊重する」方法も、何もわからないままだった。使命のために能力を有効活用することにばかり囚われ、せっかく作れた繋がりを、台無しにしてしまった。


 俺が仲間に見限られたのは、「チート能力」のせいだけではないと思う。

 アツ兄やアキラは、才能を持っていても、俺に対して優しく、嫌な思いをさせてくることなんてなかった。

 妬み嫉みや劣等感に苛まれる無才な俺には、才能を持つ者の「余裕」というものを、実感を伴う経験として学べていなかったのだ。



 ……俺は「チート主人公」が……借り物の力を笠に着て、ちっぽけ自尊心を守るだけの、矮小な人間性のキャラクターが、大嫌いだ。

 才能を持つものは、相応の振る舞いをしなくては、他人を深く傷つける。能力ゆえの余裕があるのなら、その分だけ他人に優しくしなきゃ駄目だろ。


 ……俺は奴らのことを、決して好きになれないと思う。

 俺にとってチート主人公は「ああはなりたくない」という象徴的な存在だ。



 ……それで、だ。


 結局の所、俺という人間が、その「あるべき強者の姿」であれたのかと言うと……全然できてなかったわけで。結局、俺の精神性は、自分の忌み嫌っていた「WEB小説のチート主人公」に近いものだったわけだ。

 つまるところは同族嫌悪。冷笑の対象を「現実」から「フィクション」に向けただけのものだ。


 結局、俺は、振り払うことのできなかった自分のちっぽけさが、自分の「卑怯さ(チート)」が、たまらなく、大嫌いだったんだ。

 それを浮き彫りにするフィクションのキャラクターの存在が、堪えがたい苦痛だったんだ。


 卑屈で、他人も自分も信じることができず、余裕もなく、誰かに優しくもできず、それ故に健全な関係性を築けない。

 必死に取繕っても、見抜ける人間には見抜かれるし、家族でもなければ、見限られてしまうような。


 それが、俺という人間の本質だ。


 ――ロクでもない走馬灯だったな。

 本当に、俺は一体、何をしたかったのやら。



   * * *



 長い過去への旅を終え、現実に引き戻された俺は、左腕と腹に風穴を開けて、その場に倒れ伏せた。


 熱い。

 痛い。

 苦しい。


 激痛で意識が遠ざかるのに抗うように、うつ伏せになった俺は、歯を食いしばり、治癒魔法(ヒーリング)を唱え、筋肉と血管を繋ぎ合わせる。


 息も絶え絶えになりながら、俺は顔を上げる。そして、俺の体に加わった衝撃の方角に向けて、遠視魔法(テレサイト)を発動した。指で眼前に作った輪の中に、数百メートル先の景色が、シャボン玉の膜のように映し出された。




 ――おい、冗談じゃないぞ。

 この世界、剣と魔法だけじゃなくて「アレ」まであるのか……?




 ――それは、少しばかり折れ曲がった、長い一本の木の棒。

 固定された金属のプレートと持ち手の間には、人差し指を引っ掛ける小さな金具がある。それを構えた蜥蜴妖魔(ゴブリン)が、その武器の中間にある金属製のレバーを引くと、金色の円筒が射出され、地面に落ちてコロコロと転がっていく。


 それは、現代日本人に馴染みは薄いもので「存在だけは映画で知っている」という程度のもの。

 そして、現世人類の重ねてきた「業の象徴」と、瓜二つの武器。


 ――小銃(ライフル)


 それの形状に酷似した木塊は、その細長い先端をこちらの方角に向け、重なる猪妖魔(オーク)の死体に紛れた俺の姿を探して、左右に揺らめいていた。




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