#40 無双勇者の死闘
妖魔の軍勢が、俺の方に向かって殺到する。
やがて、射程に入った蜥蜴妖魔の弓兵が、高射角で弓を構え、俺に向けて一斉に矢を放った。剣や槍で武装した歩兵の頭上を放物線を描いて飛び越え、飛来する矢の雨。
俺は障壁魔法を展開しある程度の防御を行いつつ、これが割れた時に備えて、両手にショートソードを持ち替え、詠唱を進めた。
魔法の障壁が破られ、矢が飛来すると同時に、身をかがめた状態から体幹の捻りを解放し、その場で円を描くように二本の剣を振るう。
「御影流遁法『双刃車』」
飛来する矢の雨は、障壁魔法を張っていた間におおよそが地面に突き刺さった。障壁が割れた後も残っていた矢を忍術技能で叩き落した俺は、ショートソードを迫りくる歩兵隊の向こうにかざし、詠唱を完了させた大魔法を発動した。
「――火球神罰魔法」
――瞬間、空中に形成された膨大な質量を持った魔力球が、大地に向けて叩きつけられ、爆散した。
それは、大母聖教会における神威の象徴。山賊退治などといった局地的な戦闘では運用の難しい、俺たちの冒険の日々においては使用する機会のまったく無かった「対軍」の大魔法。
教会組織においても使用可能な者は限られる、極めて長い詠唱と、膨大な魔力消費が特徴の破壊の魔法。戦争規模の戦闘において、天賦の才に恵まれた信仰の厚い熟練の聖職者が、一日に一度打てるかどうかというレベルの、「奇跡」にも近い大魔法だ。
現時点で、唯一【ランク反転】の影響で効能が失われていない大母聖教会の魔法であり、【無自覚最強】の効果で使用しても魔力が枯渇しない、俺の「チート」ありきで行使できる、最上級の攻撃魔法だ。
……直近に迫っていた、百人規模の蜥蜴妖魔の弓兵隊は、落下した魔力球により叩き潰され、あるいはその千切れ飛んだ四肢を、原形をとどめぬ骨肉を、上空に撒き散らした。
………………
――今さらだが、もう俺は、日本にいた頃の俺じゃないな。
今、俺が放った魔法で、魔族の弓兵を何人殺したのか。
魔族は魔獣と違い、獣ではない。文化や言語能力を持つ、知的生命体だ。俺は今まさに、百人規模の彼らの命を、女神の与えた「英雄技能」を用いて、一瞬で鏖殺した。
もはや、親父やおかん、兄貴や弟と再会できても、前までみたいに気楽な気分じゃいられねぇ。武装した相手とは言え、今の俺は、人には過ぎた力を振りかざし、大量虐殺も厭わない、鬼みてぇな人間になっちまった。
……だが、この前近代の世界にあっては、人道を説いても通じる場面は限られる。差し迫った状況下では、鬼にならなきゃ何も守れやしない。自分の意思で殺さなければ、自分の守りたい誰かが殺されるし、奪われるし、犯される。
俺の守りたい人々。それは、アルフィードの穀倉地帯の奴隷であり、村落の農奴であり、べートリーの市民であり、国境警備の軍人であり……、なにより冒険を共にした仲間達でもある。
――俺のことは、もう仲間だなんて思わなくていい。身から出た錆だ。
だが、たとえ彼女たちに、ありがた迷惑だと思われようが、俺はみんなと一緒の旅を、共に困難を乗り越える日々を、決して無かったことにしたい記憶とは思わない。
悪態と衝突を繰り返して、それでも何だかんだ憎めなかったジーン、メル、カトレア。
太陽のように眩しく、いつも俺のそばに居て、支えてくれたエリス。
……つらいことばかりだったけれど、それでも、楽しいことだって少なくなかった俺の冒険の日々。「勇者」として過ごした半年間。
俺は、これを「何もかも無駄だった」と、嘘になんてしたくない。
だからこそ俺は、俺の意思でここに立っている。
この命にかけて、内地に迫る妖魔の軍勢から、一人でも多くの戦力を削ぐために。
「……やってやるよ」
俺は、奮い立たせるように覚悟を口に出し、ショートソードから再びロングソードに武器を持ち替えた。
やがて、敵の集団に向けて走り寄った俺と、重装備の猪妖魔の軍勢が衝突した。
* * *
多人数との泥仕合は臥狼一元流の本領だ。
奴らの手斧による斬撃を掻い潜り、隙間を縫うようにその首を刎ねていく。
武器を持つ腕を飛ばし、大地に立つ両足を削ぎ、心臓を突き刺し鼓動を止める。
迫りくる剣閃を紙一重で避け、重戦士の大斧を横に流し、同士討ちさせる。
右の敵の持った盾で、左の敵の攻撃を防ぎ、戸惑う隙に盾の持ち主の首を貫く。
盾から片手を出し、後ろに控えた一団を火球魔法で焼き尽くす。
殺す。
殺す。
殺し、殺し、ただ殺していく――。
善戦すれども、あからさまな「多勢に無勢」。
奴らは、下卑た笑みを浮かべながら、俺に迫る。
奴らの目は語っている。「いくら強かろうと五千人の軍勢に勝てるか」と。
だからこそ、俺の身体には、潤沢な魔力が行き渡っていた。
忌むべきチート【無自覚最強】は、かつてないほどに機能している。
……最後まで舐めていやがれ。その方がこっちも好都合さ。
「……俺は寂しがり屋なんでな。一人でも多く……道連れにしてやるよ」
俺は、目の前で斧を振り上げた猪妖魔の首を、その両上腕もろとも、ロングソードで真横に斬り落とした。
* * *
果てしなく続く敵の軍勢。
いくら殺しても終わりの見えない敵の攻撃。
時折攻めの手が弱まったかと思えば、上空から矢が飛来し、慌てて障壁魔法を展開する。
流石に、一撃で大規模破壊をもたらす手合いの大魔法の発動は、そう何度も許してはくれないようだ。
やがて、射かけられる弓は、敵の歩兵部隊が居ようといまいと、お構いなしになって行った。その分だけ「盾」に使える敵も増えていくので、戦術上はむしろ御しやすくはなったのだが、緩急もなく立て続けに迫りくる攻撃は、俺の精神を疲弊させていく。
歩兵どもを屠り、後方に控えた蜥蜴妖魔の弓兵たちに斬り込んだ俺に対して、何人かは恐怖に引き攣り、懇願するような視線を向けた。
思わず目を逸らし他の敵を斬りつけたのを見るや、その敵は背後から俺の肩目掛けて、ナイフを振り下ろした。俺は、振り向きざまにその両手首を斬り落とし、恐怖に引き攣る、その蜥蜴妖魔の首を刎ねた。
そんなことが繰り返されるうちに、俺の感受性は麻痺していく。
……こいつらは、穀倉地帯に略奪に訪れた悪しき妖魔どもだ。だが、その「悪しき」には俺の主観も大きい。
こいつらが、故郷に家族を残してきていたら?
今回の略奪品で飢えをしのごうとしているのなら?
過去に身内を人間に殺され孤独に復讐心を燃やす戦士だったら?
……そういった個々人の酌量すべき余地が、一瞬だけ頭に過っては、それを置き去りにして目の前の敵を殺し、次の敵に向かう。
俺は剣を止めるわけにはいかない。チートという歪な天才性に身を任せ、今日を懸命に生きる者たちの命を、稲穂を刈り取るように、慈悲もなく奪っていく。
当たり前の話として、殺しなんて好きなわけじゃない。
いくら居場所がなくなったと言ったって、平和な日本で暮らしていた日々に郷愁を感じないわけでも無い。
それでも、今ここに「俺にしかできないこと」は存在している。
後生大事にしていた「人間性」や「平穏」をかなぐり捨ててでも、成し遂げたいことが、確かに存在している。
――それが非道で見下げ果てた手段だとしても。
――報われることもなく、傷つくだけだとしても。
――それでも、俺はやらなくちゃいけない。
蜥蜴妖魔の弓兵隊と、増援に来た重装歩兵を斬り進む俺の視界が、突如暗くなる。
上空を見上げると、巨大な岩が、俺の頭上に飛来していた。おそらく、後方の投石機が、味方の損耗を無視して、攻撃を開始したと見える。
俺は、眼前で混乱していた猪妖魔の胸に蹴りを入れ、眼前に落下する大岩の下敷きにした。そして、その大岩にそっと手を当て、魔力を掌に集中させる。
「……衝撃魔法っ!」
側面からの衝撃で砕けた大岩が、散弾となって猪妖魔の重装歩兵に襲い掛かる。
無数の石礫は、妖魔どもの鉄板の鎧を貫き、腕を引きちぎり、頭蓋骨を陥没させる。
かすかに、木の構造物の軋む音が聞こえた。俺は次の投石に備え、その場を駆け出した。道すがらに俺に刃を向ける妖魔を、その剣で斬り刻みながら、俺は軍勢を斬り進む。
……もう、俺は何人殺したのか。
百人……二百人ぐらいか?五千人という分母を考えると、まだまるで足りていないのは確かだ。
摩耗した心は、もはや痛みすら感じない。一秒でも長く自分の命を長らえて、一人でも多くの敵を殺す。そのためだけに、粛々と動き続ける。
……もはや人間ではなく、殺戮のために運用される機械にでもなった感覚だ。
――それでも。
俺が「護りたい」と思った人たちの姿が、かすれて見えなくなったとしても。
ここでひとりでも多くの敵を、殺す。
今の俺には、それぐらいしか、やれることなんて、無いから――




