#39 魔王の謀略 × 人間領域侵攻
国境付近の猫魔人の領域にある砦の一室。
「どうぞ、鬼王エミリア閣下。魔王様との通信が繋がっております」
「ええ、では会議の間は人払いをお願いね」
「はっ」
猫魔人の耳を生やした兵士が、私の命を受け、その場から退散した。私は、会議室の扉を開き、中へと入って行った。
その部屋の中央には、多数の羊皮紙の積まれた机の上で胡坐をかき、資料に目を通しているノアと、魔王様の姿を映す巨大な水晶板が設置されていた。
ノアと私は人間領域の情報を集積するための本部を構え、部下の報告や悪魔の瞳の情報を、魔王様に伝達していた。
……と言っても、魔王様はこの砦にいるわけではない。悪魔の瞳の応用で、蝕の魔城と映像、音声を通信する水晶板の魔導器が、この部屋には設置されている。これを通して、魔王様と遠隔会議が可能なのである。
ゆくゆくは各部族の居城などにもこれを設置できればと思うが、現在は大掛かりな魔導水晶を用意するのは技術的にもコスト的にも難しく、四天王領の居城にのみ設置されているに留まっている。この水晶板もノアの居城から移設したものだ。
『アルフィードの地方都市においても、人狼衆の工作部隊の流した噂話は大分浸透したみたいだね』
若干くぐもったような音声で、魔王様の声がこちらに届いた。
「第一王弟が王都で勇者の武勇伝を拡散したのも追い風になりましたね。いち早く知った噂話は、人に話して自慢したくなるものが人情、といったところでしょうか」
「もちろん、そのあたりも踏まえた上だよ。人狼衆の構成員は、王都の市民としてすっかり馴染んでるんで、道場やギルドに顔の利く子も多いの♪」
ノアの直属の部隊「人狼衆」。これは「狼魔人」の特殊部隊……というわけではない。
人狼衆は、人間の姿への変身技能が特に優れる、種族混成の獣魔人たちで組織された、人間領域への潜伏、情報収集、工作活動を目的とする、ノア子飼いの工作部隊だ。
人間の国が「神狼」を、女神の化身や眷族として崇めることにちなんで命名されたものだ。正体が露見した時に警戒対象を狼魔人に誤認させる意図もある。
彼らの今回の任務は「人間領域への勇者の武勇伝の流布」と「各種道場やギルドへの働きかけ」だ。
「『これだけの働きをしてるのにF等級相当なんて、勇者様可哀そう!』って世論を盛り上げていったわけだけど、臥狼一元流や御影流遁法にも、勇者にイジワルした負い目があったからね。芯厳流の段位授与を引き合いに出して行くことで、割とすんなり話は進んでいったよ」
「……とはいえ、大母聖教会みたいな宗教権威は、そうやすやすとは腰を上げなかったわね」
「そこは、まあ厄介ではあるけど、教会は攻撃手段より補助魔法がメインだし、上級の神罰系の大魔法なんかは個人規模の戦闘で使える物でもないから、作戦行動までに無効化は必須でもないかなってね」
「……教会の魔族への警戒は、他の組織と比にならないからね。リスクとリターンを考えたら、今回は放置が順当かしらね」
「……どのみち、魔族領域に懐柔されたら、教会から破門はされるだろうけどね」
私とノアの報告を聞いた魔王様は「うむ」と口に出して頷いた。どうやら、私たちの働きは、魔王様の意に沿う結果になったようだ。
「それで、勇者一行は昨日べートリーに入ったんだけど、既に私の工作で町中は歓迎ムード。その後、おそらく【逆吊巧者】と【無銘の王笏】の出力を検証するために、勇者は女戦士と打ち合い稽古をして……」
「……その場で険悪な空気になり、パーティーは解散。最後まで残ったメイドの子も、勇者から解雇を通達され、そのまま別れたようです。【戦乙女の祝福】の脅威も去ったと考えて良いでしょう」
『……そっか』
「…………」
私たちは、どうにもばつが悪い気持ちになって、重い沈黙に包まれた。影で策謀を巡らし、離間を誘発したのは私たちの戦果ではあるけれど、それを成果として誇るのはどうにも座りが悪い。
『二人には、汚れ役を任せちゃって……本当にごめんね?』
「い、いえ……。これが私どもの仕事ですので……」
「う、うん。魔王様に言われた通り、私たちもちゃんと覚悟して任務を遂行してるんだから、魔王様は気に病まないでください」
『でも、ねぇ……』
『……キミら、勇者カイトのこと好きでしょ?』
「……は?」
「いや、なんで、そうなるんですか……っ?」
「私だって、いくら猫の姿とは言え、初対面の相手の体まさぐる変態のことを……」
『あ……いや、そういうことじゃなくて。言い方が悪かったね』
魔王様は、苦笑いを浮かべながら私たちを見た。
『情報部隊として、彼の人間性や、仲間への想いを間近で見てきたキミたちは、勇者カイトという人間に対して、他の子たちより思い入れが深いだろうってこと。親心……みたいな?そんな彼を傷つけたり、友人関係を破壊するのは、きっとアンナやリナ以上に罪悪感を感じるでしょ?』
「…………」
まあ、魔王様の言うことはもっともである。
勇者カイトという人間は、その双肩にかけられた使命や能力に反し、本質的には「恥ずかしがりで純粋な子供」に過ぎないのだ。
自分の力を「ズル」だと嫌悪し、自身の正義に、周囲の期待に恥じない人間でありたいと思いながらも、彼の使命はその「英雄技能」によってしか実現できない。
そのため、彼はこの世界に似つかわしくない繊細な心を傷つけながら、仲間を欺き戦っていくしかなかった。その結果、私たちの謀略によって、心の拠り所を奪われてしまった。
そんな彼の姿を見て、心が締め付けられる思いがなかったかというと、それは嘘になる。特に私は、青魔族の長として、子供を保護し託してくれた、彼に対する恩義を何も返していないにもかかわらず、それを仇で返そうとしているのだ。
『……彼を魔都に連れてきた後も、君たちが今回携わった任務については伏せておくよ。私の命令を忠実に実行したキミらが、勇者に憎まれるのは、私も心苦しい』
「…………」
確かに、そうした方が彼との関係はスムーズに構築できるだろう。仲間を大切に思えばこそ、私たちのこの企みが露見すれば、彼の信頼を得ることは難しくなる。
……だが、それでもだ。
「いいえ魔王様。お気遣いは嬉しい限りですが、配慮は不要です。今回の私の行動は、包み隠さず彼に伝えます」
『…………』
「……彼のパーティー解散の原因は『関係構築の上で重大事を伏せ、互いの信頼を裏切る火種を埋めたこと』にあります。今後、勇者を魔族陣営に協力させていく上で、こうした不義理の種をまくことは、彼の解散の二の轍を踏むことになる。我々のためにもならないでしょう」
「うん、私も特に隠すつもりはないよ。協力関係になる上で、私たちの汚い仕事を見る場面はあるだろうし、いつまでも取り繕える事でもないしね。こういうのは先に出しちゃった方が、お互いのためだよ」
心配げな表情を浮かべつつ、魔王様は納得したようにうなずいた。
『……そっか、うん。わかったよ。ふたりがそう思うなら、そうしてもらえると、私としても助かるよ。けど、恨みの根っこの部分は「すべてはこの魔王の企みだったのだ!」とでも言ってさ、私が引き受けてくからね』
「そんな……手を汚した我々はまだしも、魔王様の名誉を……」
「いや。先にも話した通り、私が命令を下したからこそ、その責任は私が負うべきなの。部下に汚れ役だけを押し付けてフォローもしない、無能な上司になりたくはないしね」
私たちは沈黙し、魔王様を顔を見た。
……グレタ様と言えども、鉄の心を持っているわけではない。
誰かを貶めることにも、裏切られることにも、傷つく感受性は持ち合わせている。
それでも、全ての責を引き受けんとする、その責任感に、情け深さに、それでいて目的を必ず遂行する頼もしさに、魔族領域の者たちは心酔し、彼女の力になりたいと望むのである。
――この作戦は、必ず完遂する。
私はノアと目を合わせ、静かにうなずいた。
『それに、さ。その分だと、君たちが勇者と仲良くしてくれた方が、その、さ』
「?」
魔王様は、くすくすと意地悪な笑みを浮かべた。
『……愉快な恋愛談義が期待できるかも?だしねぇ』
……こういう俗な所も魅力ではあるが、威厳が台無しになるので、今は控えて欲しい。
* * *
『さて、と。じゃあ、計画もいよいよ大詰めだ。勇者の身柄拘束について』
「そうですね、金環の四天王全員で行くことはないでしょうが……万が一を考えると、最低二人で確保に臨む方が確実かもしれません」
「連携を考えると、アンナとリナの武人コンビでゴリ押すか、私とエミリアで搦手を使うか……ってところ?人間領域で隠密行動とるなら、私たちかなぁ……」
『うーん、人間……というか勇者嫌いのリナを向かわせるのもね。……いや、信用してないわけじゃないんだよ?ただ、彼女の来歴的に、勇者関連の任務に割り当てるのは、ちょっと酷だし……』
「そうですね、現状の技巧と出力が低下した勇者であれば、正面から渡り合わなければ、如何にでもやりようはあると思います」
「そうだね。アンナとリナは人間領域の動向に警戒しつつ、予備人員として国境付近で引き続き待機してもらって……」
――突如、殴りつけるような大音で、扉がノックされた。
ノアは、冷ややかな瞳で出入り口に視線を送った。
「おいおい、他の四天王の来てる時は、会議室には人を寄せ付けるなって、普段から言ってるのに……」
「処断するの?」
「……今は繊細な時期だからねぇ。最悪……『例の件』に関与してたら処刑までも念頭に入るけど、まあ、疑いをかけるのもイヤだよなぁ。……エミリア、あとで『尋問』付き合ってよ。問題なかったら、厳重注意でそのまま解放するから」
「しょうがないわね……」
ノアは机から飛び降り、扉へと向かっていった。
「おい、今この会議室では……」
「『至急報』!『至急報』です、獣王閣下っ!」
「……?」
扉の前で、息を切らした兵士が彼女に情報を伝達し、次第にノアの顔色が変わって行った。
それと同時に、私の手元に「速文魔法」で転送された報告書が出現した。ノア達のやり取りから注意を移した私は、その内容を見て固まってしまった。
『……二人とも、報告を聞いてもいいかな』
私は、確認としてノアに手元の文面を見せた。ノアはただ無言でうなずいた。おそらく、部下の報告は二人とも同じだったのだろう。
「……緊急事態です、魔王様」
――猪妖魔と蜥蜴妖魔による、五千名規模の軍勢が、陛下の承認を得ず人間領域に侵入。
――アルフィード東部の穀倉地帯に向けて進軍を開始しました。
* * *
――乾いた風が頬を撫でる。
今の俺には、大切な仲間も、帰る場所も、身を守る「チート」さえ、もはや存在しない。
……ただ、ただひとつ。
実感の薄い空虚な「使命」だけが、俺を、猪妖魔どもの軍勢に向けて、突き動かす。
俺は、大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
―――― 我が名はアルフィード王国の勇者「カイト」ッ!
―――― 魔族より人類領域を護る、異世界より遣わされた理外の守護者ッ!
俺の放った「勇者」という単語を聞いた軍勢に、一瞬、どよめきが走る。
―――― この先は人間の世界ッ!貴様らの居場所はどこにもないッ!
―――― 一歩でも境を越え、大地を踏んだ者は、その生命、亡き者と知れッ!
―――― そうと知って尚、我らの安寧を脅かそうというのならば……
俺は、剣を抜いて、俺の名乗りを静聴する軍勢にその切っ先を向けた。
―――― 来るがいい、魔族どもッ!!
―――― この勇者が、直々に冥府に送ってやるッ!
……鬨の声が上がる。
――猪妖魔の軍勢が、俺の元に押し寄せる。いよいよ開戦だ。
さて、じゃあ、張り切って……
「……死ぬとするか」
俺は、ロングソードを構え、奴らと向き合った。
――――「勇者になろう」編へ、つづく――――
【次章予告】
一人になった勇者カイト。向かい合うは五千の軍勢。
「チート野郎」であることを嫌悪する彼の「最期の闘い」が幕を開けます。
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