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#37 伊勢海人《イセ カイト》

「イセヤン、光ってんよ」

「あ、ああー……」


 俺は、メダルをMAXベットから一枚賭けに変更し、赤い光を目安に三つのボタンを目押しした。一番右のリールには黒い横長の四角が止まった。

 ……REG(バケ)だ。


「相変わらずヒキ弱いなイセヤン。ノリ打ちにしなくて正解だったわ」

「……先行してんだから設定あるかもだろ」

「5スロに入るわけねーだろ。……ってか、5円でAスロ打って面白いか?」

「……お前がどうしてもって誘うから付き合ってんだよ。もう俺引退してたんだぞ」

「どうせ、代返任せてヒマしてんだろ」

「それにしたって、他に誘うやつぐらい……まあ、借金の件もあるし、もう居ねぇよな」

「…………」

「俺も金は貸さんぞ。消費者金融もさっさと完済しろよ」


 ……金の話をされて小さくなっている、隣のスロカスは、俺の同期の「黒木(クロキ) 大河(タイガ)」だ。

 親の影響もあって大学入学以前からホールに出入りしていたとかいう筋金入りのパチンカーで、バイトの給料日前には借金こさえてまで打ってるバカ学生だ。バカとしか言いようがない。

 そんなバカが、入学時のサークル見学の時に妙に意気投合して、つるむようになった相手だった。酒に煙草にギャンブルに、大抵のカスの遊びはコイツから学んだ。

 借金の仕方まで教えようとした時には、流石に縁を切ろうと思ったが、引き際は弁えているようで、以降は一線を引きつつも、腐れ縁は続いている。


「……あー、友達になるやつ間違えたなぁ」

「お前なぁ、本人の前で言うなよ……」

「縁切られないだけ、ありがたく思いな」

「……お前だって、俺以外に遊びに行く友達いねぇだろ」


 ……痛い所つきやがって。


 ……だが、まあ事実だ。こいつと付き合うことで、ヤバいやつと色眼鏡で見られてる所も無くは無いだろうが、それを差し引いても俺は、大学入学から上手く友達を作れなかった。

 サークル見学はいくつか回ったが、どうにも空気が合わずにどこにも入ることはなかった。


 こいつ……大河(タイガ)が、カフェテリアで一緒に飯食ってた一団とどうにか繋がりを作って、代返ネットワークには加わった。そこは素直に恩だが、コイツの素行の悪さで俺も避けられてる所あるのでプラマイゼロだ。

 彼らとは単位の面で協力関係で、今でも時折一緒に飯食ったり世間話もするが、あまり踏み込んだ話や、プライベートで一緒に遊んだりはしない。つかず離れずだ。


「まあ、みんなバイトやサークルや部活あるしなぁ。彼女いる奴は下宿でしっぽりやってるみたいだし」

「…………」

「まあ、俺と水が合うってのは、お前も似たようなお仲間ってとこだよ。クズ同士これからも仲良くやってこうや」


 ……俺は深くため息をつく。

「こんなはずじゃなかった」と言いたいところだが、現実問題として、他のメンツと飲みに誘われてもどうにも居心地が悪いというか、結局のところ、一番気兼ねなく付き合えるのがこいつってのは事実なんだよな。感謝もしてる。


 ……それでもやっぱり、「こんなはずじゃなかった」とは思うんだよな。


「なんで俺、こんな、やる気ねぇ学生生活送ってるんだろうなぁ……」

「……ん?思春期か?」

「うざ」


 俺はレバーを叩き、やかましい電子音をBGMに話を続ける。


「部活も、サークルも、彼女作るのだってさぁ。少なくとも受験勉強してる時は『これさえ終われば薔薇色の未来が』って考えてたけど、ふたを開けたら授業サボってスロ打ちとかさぁ……」

「そりゃ、お前に目的設定能力と、頑張る才能が無かったんだろ」


 直球で鋭角に切り込まれて、俺はウッと言葉が詰まった。


「遊びであれ、恋愛であれ、学業であれ、就職であれ、今何かに打ち込んでる奴はさ、入学した時点でやること絞って動き始めてたわけだし、惰性で生きてる俺らがそいつらと同じ結果を得られるなんて、そりゃ思い上がりだっての」

「…………」

「まあ、俺も大学入ったら思いっきり『打ち込む』って決めてたけどな、パチを」


「やりたいこと」に「頑張る才能」ねぇ……。


 ……まあ、確かにだ。

 俺に夢はない。だから、何かを手に入れるための必死な努力に、今ひとつ現実味が湧かず、惰性で生きてしまっているんだと思う。



   * * *



 俺の実家の経済状況は、中の上ぐらいに相当する収入帯だ。金が有り余っているわけではないが、子供三人を大学に入れることはできる。

 今日まで特に不自由があったわけでも無く、両親との関係も悪くはない。……授業サボってることを知られたら、流石に叱られもするだろうが、それでも親に迷惑をかけない、身を持ち崩さない程度の立ち回りは心がけている。


 だが、それでも、俺は両親に対して負い目というか、腰の引けてる所があった。それはまさに「頑張る才能」の欠如による所だろう。


 俺は三人兄弟の次男、兄と弟に挟まれた真ん中の男だ。

 兄貴は上場企業に勤めている。最近は、マッチングアプリで付き合い始めた彼女との結婚のために貯金しているらしい。

 弟は、高校に入ってから漫画家を目指し、出版社に持ち込みをしているらしい。夢に打ち込んでいるため浮いた話は聞かないが、本人から不満は聞いたことが無い。


 兄貴はシンプルに「やるべきこと」への努力がまっすぐな男だった。国立大学に進学後は、成績と課外活動を武器に就活で多数の上場企業から内定を獲得し、証券会社に就職したと聞いた。面倒見もいい人格者で、今年の夏から始まるインターンとかについて話を聞いてたり、なにかと頼りになる存在だ。

 兄貴はもはや、いくら劣等感を感じようが、噛みつくだけこちらが虚しくなってしまうような「優等生」だった。大学合格や就職の報を聞いた親父は「俺には出来過ぎた息子」と誇らしげにしていた。他人事ながら、言いたくなる気持ちはよくわかった。


 弟は対照的で「我が道を行く」男だ。クラスメイトや兄貴、俺に漫画を褒められたことが原初の成功体験になったようで、時間があればとにかく絵を描いてる子供だった。

 小学生の頃は漫画の模写を書きまくり、中学に入ってからはつけペンと原稿用紙を買って漫画を描きまくっていた。

 俺は、弟の前では理解ある兄貴のような顔をしていたが、正直「プロになれるわけでもねぇのに」と侮ってもいた。ネットの浅知恵で良識論振りかざすイヤな兄貴だったんだなと、後悔している。


 だが、気付けば弟は、俺も毎週買っている漫画雑誌の編集部に持ち込みをしていた。結果は惨憺たるものだったようで落ち込んでいたが、反面で俺は弟に「こいつは本気だったんだ」と戦々恐々としていた。

 そして、弟は即売会の出張編集をハシゴして名刺を集め、自分の作風から主戦場を定めたようで、ついには新人賞をとり、読み切りが雑誌に載ることになった。

 親父は「漫画家みたいな仕事は選ばれた一握りの人間しか~」と小言を言い、大学には行けと口を酸っぱくして言っていた。だが、弟の漫画が載った号の雑誌が、親父の書斎の本棚に置いてあることを、俺は知っている。

 複雑な感情もあるのだろうが、弟もまた「自慢の息子」なのだろう。


 対して俺は、親父から嫌われていたわけでも、無関心にされたわけでも無い。ただ、兎にも角にも凡庸な息子だった。

 親の勧めるレールの上で堅実に結果を出すわけでも、自分からやりたいことを見つけるわけでもなく、兎にも角にも普通。特段落ちこぼれではないが、何に対しても熱を持っていない。


 親父が俺を「自慢の息子」と思っていそうな振る舞いは、見たことはない。絶望しているわけでも、諦めているわけでも無いと思う。

 けれど、そうは言っても目に見える結果を出せていない俺に対して、兄貴や弟のように、わかりやすい賞賛なんてできなかったのだろう。

「頑張ったな」と褒めてもらえることはあった。だが、その「頑張り」が本当に正しいものなのか、眩しすぎる「正解」を見続けてきた俺には、確信が持てなかった。


 兄貴と弟の存在は、俺にとっては羨望の対象であり、同時に諦めを想起させる存在でもあった。「正しい自己認識と努力をしてきたのが兄弟、そうでないのが俺だ」と、常に自分に突き付けてきた。

 ……とはいえ、不良として堕落もしきれず、同期の頑張る姿に羨望の視線を送り、大河(タイガ)みたいな奴とつるんで、ちっぽけな堕落と引き換えに孤独を誤魔化す。そんな中途半端な存在が、今の俺の姿だった。



   * * *



「……『頑張りたくない』わけでも無いんだけどな。でも、周囲に努力で成果を勝ち取った人間がいると、自分の頑張りが取るに足らない感じがして、萎えちまう」

「別にいいじゃん、一位取らなきゃ生きられないわけでもねぇんだから」

「…………」

「漫研のさ、絵の上手い中村いるだろ?イラストサイトでブクマ四桁行ったとか、即売会で三百部売れたって話も聞くけどさ、素人目にもプロの絵と比べると『なんか足りないな…』ってなるだろ?それでも、俺ら視点では『すげぇ奴』じゃん?」

「…………」

「一撃で大成功する奴なんていねぇし、頑張ってる奴をバカにするヤツの方がバカなの。今できることをやれよ」


 ……こいつに正論説教かまされるとはなぁ。

 でも、その通りなんだよな。「一位以外は無価値」とか気軽に言う奴は多いが、上位に食い込むのだって相当骨だ。他人を妬むより先に、自分の順位を少しでも上げろって話だ。


 ……けど、身近に太陽みたいに眩しい人間がいる時、それを無視して頑張るってのもまた、難しいもんなんだよな。自分の欲しいものなら、なおさらさ。

 誰もが憧れる輝く人間。遠ざけ過ぎると闇に落ちるし、近づき過ぎると身を焼かれる。太陽ってのはそういうもんだ。

 結局、太陽になりたくてもなれない人間が大半で、そんな中で現実に折り合いつけて、妥協して生きるのが、穏やかな人生ってことなんだろうな。


「……ま、もう思春期のガキじゃねぇしなぁ……。自分の持ってるカードで、やれるところで折り合いつけてくしかねぇか……」

「まあ、秘めた力や、与えられたギフトで一発逆転なんて、WEB小説の世界だわな。現実見なきゃだろ」


 ……大河の例え話を聞いて、俺は「うえっ」という顔になった。


「……俺、WEB小説嫌いだから読まねぇっつってんじゃん」

「だから、お前に合わせてノーマル機打ってんだろ。最近のAT機の新台は異世界モノ原作の台ばっかだぞ?」

「……イヤな世の中だなぁ。チートだの転生だの、努力の真逆じゃん」

「そういう娯楽で気を紛らわせて、毎日現実で頑張ってんだろ。お前も、ウダウダ言うぐらいなら、スカッと発散できるもの見つけろよ」


 余計なお世話だっての。

 なよなよ主人公の成功ドヤ顔なんかで気晴らしになるかよ。


 ……そういや、弟が編集部からコミカライズの打診受けてるってのも、異世界系の小説が原作だって言ってた気がする。微妙に関係気まずくなりそうで、陰鬱だ。




「あっ、ランプ光ってんぞ、大河(タイガ)

「むっ……。あー……REG(バケ)だわ。今日は駄目な日だな……」


 ……駄目じゃない日があるかよ、俺たちに。




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