#36 「追放者」に…なろう。
……読者の皆様は、「追放系ストーリー」をご存じだろうか。
この物語を読み進めている人なら、「何それ?わからないな」なんてことは言わないだろう。そして、今の俺の立場こそ、追放を受けた主人公のそれに近いと思うのではないだろうか。
……ああ、それは、一面では事実だ。
パーティーのメンバーに、伝えるべき情報伝達を怠り、自身の存在意義を明示せず、誤解を広げ、不和を誘う。そうした物語の主人公は、元来パーティーメンバーと取るべきコミュニケーションを怠ってきたにも関わらず、その責任を仲間の不理解に転嫁した末に、かつての仲間を危険な死地へと叩き落す……というのが、俺の「被追放主人公」に対する所感だ。
……正直、こういった振る舞いは、自分の自尊心を守るために他者を弄ぶ、卑劣の類だと、俺は考えている。
そして、俺もまた御多分に漏れず、自分の英雄技能の詳細を、仲間に共有することを、ずっと避けていた。
……何故か?
単純な話、「恥ずかしかった」んだ。
自分の技術は努力によって身につけたものではない。ジーン、メル、カトレアは、今日まで各分野での大成を目指し、不断の努力を続けてきた。
……才能には産まれも大きく関わる。彼女たちも、軍人の名門であったり、地方領主の息女であったり、教会の運営する孤児院であったり、貧富だけではない「巡り会わせ」の中で、自分の誇りとする職域を手に入れた。
それも偏に才能とは言えるかもしれない。だが、境遇だけで能力は決定しない。彼女たちの力は、その裏付けとなる日々の積み重ねあってのものだ。そんな彼女たちを、俺は尊敬していたし、憧れも持っていた。
……だからこそ俺は、そうした彼女たちの歴史を、人生を、女神のチートで踏みにじっていた事が、恥ずかしくて仕方なかった。
……【ランク反転】?
……【無自覚最強】?
……【ハーレムバフ】?
……ふざけんな。
……そんな、軽薄な文脈で、他人の人生を踏みにじる奴を、誰が信頼するものかよ。
みんなが、俺のスキルを知り、パーティーを続けられないと去って行ったのは、必然だ。それは矜持や尊厳という感情面の話だけではない。
環境要因でチートが失われた今、役立たずの俺をリーダーに据えて冒険なんて、出来るわけがない。ただの感情的な結論ではない。現実も見据えた、極めて順当な状況判断だ。
ジーンも、メルも、カトレアも、これからも、これまでのように生きていける。
……今日までの冒険が、彼女たちの実績として箔になり、キャリアに良い影響が出るのなら……、彼女たちに迷惑をかけた俺の残せるものとして、十分だ。
そして、かたや、化けの皮を剥ぎ取られた俺。
反転して得られる「ランク」も、無自覚を気取れるだけの「無名さ」も、俺にはもう何もない。
所詮俺の本質は、現代日本でぬくぬく暮らしていたボンクラ学生だ。一人で戦いを続けられるわけではない。
……だから、俺は、最後の決断をしなくてはならない。
この世界で、俺が、一番信頼している人を――
――俺は、「追放」する。
* * *
「ゆ……勇者様……?それは、どういう……」
「言葉の通りだ、エリス。俺は、もう君と、旅を続けることはできない」
「……っ!」
エリスは驚愕し、言葉を失った。……やがて、その表情には、焦燥が浮かび上がる。
「で、でも……私はアルフィードの王命を受けた勇者様のために……」
「……だったら、なおのことだ。勇者としてのスキルを無効化され、仲間も失い、戦うことのできなくなった俺のそばに居る必要なんてない」
「でも……」
「……三人を仲間と思うなら、彼女たちの安全を確かなものにするために、俺のスキルの無力化と逃走っていう、やむにやまれぬ解散の事由があったことを、今すぐに国に弁明してやってくれ。それが君の役目だ」
「…………」
「……頼む。俺の、勇者としての、パーティーメンバーへの最後の指示だ。あいつらと……君の、これからのために、最後の働きをしてくれ」
傾いた日は、彼女の足元にかかるまで、俺の影を伸ばしていく。
やがて、エリスは俯きながら、震える声を絞り出した。
「……私は、王命だから、あなたについてきたわけじゃ、ない」
「…………」
「私は、勇者様の……『カイトさん』のお役に立ちたくて、王都を出て、あなたの旅に、ついて来たんです」
「…………」
「三人も、確かに、大事な仲間だと思っています。……もちろん、今回の件について、弁明も、報告も、連絡魔法で、国に伝えます。……それでも」
「…………」
「私は、勇者パーティーではなく、『あなた』を支えるメイドとして……、力と仲間を失ったあなたを、一人にすることなんて……絶対にできません……っ!」
……ああ。
俺は、なんて、勝手なんだろう。
こんな惨めで、卑怯で、臆病な俺のことを、彼女がそこまで大事に思ってくれたことに、心の奥底から「嬉しい」という気持ちが、溢れてくる。
まだ、彼女と一緒に旅をしたい。
これから、辛いことがあっても、一緒に多くの景色を見たい。
……そう、望んでしまう。
この世界で、一人ぼっちの俺を、そばで支えてくれたエリスに、これからも隣に居て欲しいと、そう、願ってしまう。
……でも、ダメなんだよ。
俺にはもう、チートもないし、チートを失った時に君を助けられる仲間も、もう居ない。
君に危険が及びそうになった時、俺は、もう、君を、助けることは、出来ないんだ……。
――だから。
「……君は、戦闘要員じゃないだろ」
「!」
俺は彼女に、吐き捨てるようにそう言った。
自分の不甲斐なさに対する不機嫌を、全て彼女に転嫁する、浅ましい卑怯者のように。
「君が今日まで俺たちと旅をできたのは、俺に反則的な加護の力があって、加護を受けずとも相応の力を持っていた仲間がいたからだ。四人の戦闘要員が、君を守ってきたから、君は命を落とすことはなかった」
「…………っ」
「……そして、仲間と力を失った俺はもう、非戦闘要員を抱えて旅をする余裕なんてない。ハッキリ言うよ。君は、今の俺にとって……」
……言いたくない。本当は、そんなこと、思っていないんだよ。
君が頑張り屋で、みんなのために走り回ってくれたことは、俺もよく知っている。
……でも、これを言わなきゃ、君は意地でも俺について来ようとしてしまう。
役立たずの俺の、危険な旅路に。
そんなことは……決して、させない。
「……何も持たない、今の俺にとって、君はもう、『役立たず』なんだよ」
「っ!!」
彼女の瞳に、じわじわと湧いて出た涙が、今にも零れ落ちそうになっている。
今にも沈みそうなほどに傾いた日は、彼女のブロンドの髪を、宝石のような美しい瞳を、刺々しさを感じさせるほどに強く輝かせ、俺の罪悪感を掻き立てていた。
……この世界に来て、これほど、最悪な気分になった出来事はない。
なんで、彼女が、こんな、悲しい顔をしなくちゃならない。なんで、傷つかなくちゃいけない。
……俺がこの世界に来なければ。
俺より、もっと上手くやれるチート野郎が、俺の役割を演じていたなら。
彼女は、これほどまでに傷つかずに済んだのだろう。
俺の思慮の浅さが、不甲斐なさが、彼女を傷つけた。
――なら、もう、二度と俺のことなんか思い出さくていいように、ただ深く、失望されるべきだ。
「……君は、もう俺の旅に必要ない。さっさと連絡魔法で迎えを呼んで、王都での勤めに戻るといい」
「……勇者、様」
「世話になったな。……けど、もう二度と会うことはない。会うつもりも、ない」
「…………」
俺は、彼女に背を向けた。
彼女がどんな表情をしているのかは、もうわからない。
……もう、見たくないんだ。
彼女が、悲しむ顔なんて、もう――
――――
「さよなら、エリス=ブライト。君の追放をもって……勇者パーティーは、解散だ」
俺は、夕日の沈んだ方角へ、一人、歩き出した。
俺を追いかける者も、声をかける者も、もはや誰もいない。
太陽のように眩しかった、彼女の姿を見失った俺は、この世界で、本当に、一人ぼっちになっていた――




