#34 凱旋 ~失われゆくチート~
金環の四天王の【龍王】と【森王】。
この二者の襲来により、アルフィードの国宝「裁の聖剣」が奪い去られたことで、俺たち勇者パーティーは王の御前で激しく詰問されることとなった。
……とはいえ、事前に行われた第一王弟派の官僚の聴取においては、激しく非難されたものの、謁見の間で本格的な糾弾を行ったのは、彼と政治的に対立する第二王弟の派閥の者たちだった。
この一件について、もっとも俺たちの失態に怒り心頭であろう第一王弟は、その内心とは裏腹に、俺を表立って非難することはできない。王弟殿下の二人は、自身及びその子息に王位を与えることを目的に動いている。そのため「勇者の失態」は対立勢力の攻撃に正統性を与える口実になってしまうためだ。
そんなわけで第一王弟派の貴族は、忌々しげに俺たちを睨みながらも、同時に俺たちを擁護するための弁舌を振るった。
「金環の四天王が、二人同時に越境しダンジョンに侵入したことは想定不能なイレギュラーであった」
「境界警備は辺境伯である第二王弟の職務であり、ガンミトラス大遺跡への魔族の侵入を許したのは第二王弟の責任」
「勇者殿はその不手際の尻拭いをすることになっただけである」
「むしろ、女神の加護を受けた『対魔族の兵器』としては、勇者殿の命を守り抜くことこそがその本懐であり、四天王二人を前に生きて帰還したことこそが、彼の功績と呼べるのではないか」
……賞賛されているが、当然ながら目は笑っていない。
というか、誰もこちらを一瞥することすらなく、血走った視線で喧々諤々と言い争いを続けていた。
俺たち勇者一行は、ただただいたたまれない気持ちで、小さくなって成り行きを見守るばかりだった。
……結局、国王陛下が仲裁する形で、俺の咎は不問となった。
どの道、対魔兵器という抑止力が魔族陣営に渡ったことは、アルフィードにとって脅威に他ならず、それを権力抗争のために弄んでいては、魔族領域の思う壺ということだ。
そして、俺たちには国宝『裁の聖剣』の奪還という、新たな任務が与えられることとなった。解散したのち、ジーンたちに対しても「今後このようなことがあれば任を降りて貰う」と、第一王弟派の使いから釘を刺されて、だ。
俺たち勇者パーティーの失態による所とは言え、一連の出来事は、確かに、確実に、俺たちパーティーの関係性にヒビを入れていた。
* * *
宮中での詰問に反し、俺たちパーティーの名声は王都で高まっていた。
……「人の口に戸は立てられぬ」とは言うが、国宝の一件こそ漏れていないものの「勇者一行が、四天王を二人も相手どって引き分けに持ち込んだ」という、勇ましいストーリーは、既に市中で流布していたのだ。
これまで、魔族領域への侵略を企てた西域の王国は存在していたのだが、いずれも金環の四天王には一切歯が立たず、悲惨な敗退を、屈辱的な講和条件を突きつけられてきたという。
そのため、勇者一行の惨めな敗北は、第一王弟派の手で「勇者伝説のプロパガンダ」として編纂され、自身の正当性を強調し民意を味方につける道具として活用されていたのであった。
王宮において半ば軟禁のように拘留されていたパーティーにとっては、一時的に現状を忘れさせてくれる出来事ではあったわけだが、俺の心の中には次第に「焦り」が生まれていた。
――このまま、勇者としての名声が高まれば、チートスキル【無自覚最強】が機能不全になる、と。
……だが、そうは言っても俺たちの闘う場は国境付近の都市近郊の村落がメインだ。王都と違って、人伝にではそこまで早く地方に伝わることはない。
俺は「まだ大丈夫だ」と、たかをくくっていた。
……いや、違うな。
俺は、ジーン、メル、カトレア、エリスに、自分の「チートスキル」の詳細を伝えるのが怖くて、これを後回しにしていたのだ。
いつかは伝えなくてはいけないことは解かっていた。これはパーティーの安全に関わる、共有必須事項だ。
どこかのタイミングで伝えなくてはと、俺は日々焦燥を抱えて眠れない夜を過ごした。……バカの考え休むに似たり、である。
そんなわけで、後ろめたさと悩みを抱えたまま、精神的に疲弊した俺は、気付けば皆を遠ざけるように、口数も減って行った。
少し前のように、依頼解決後に酒場でバカ話をして談笑することも減った。疲労を口実に、一人で部屋に戻ることも、徐々に増えて行った。その度、エリスに心配げな顔をされるのだが、それがまた俺の不甲斐なさを、情けなさを、際立たせていく。
――このままではいけない。
国境に近いべートリーへの乗合馬車での移動中、俺はようやく決意が固まった。
今日こそは、仲間たちに、俺のチートスキルについて共有しよう。その上で、今後の立ち回りやパーティーの方針を決めていこう。その決心がついたのだった。
――だが、既に、全ては遅かった。
俺たちがべートリーにつくと、市民は英雄の凱旋を祝福するような、祝賀ムードで、俺たちを出迎えた。
この世界には「伝信魔法」と呼ばれる高速通信手段がある。王都の噂も既に
辺境まで届いていたのだ。
仲間たちが照れくさげにその中を歩いていく背中を、俺は顔を青くしながら追いかけた。【無自覚最強】による魔力補正は、極めて小さい。
国境に近く、慢性的な侵略への危機感に怯える、街の人々の期待の視線が、彼らからの歓迎を受けて「自分たちのリーダーは頼りになる勇者だ」と再認識した仲間たちの信頼が、俺の心臓を貫いていく。
……俺は、チート野郎としての罪悪感と、力を失う恐怖に、吐きそうになっていた。ここにはもう居たくないと、顔面蒼白になりながら、宿への脚を進めていく。
ふと、傍らで心配げに俺を見ていたエリスが、その脚を止めた。
彼女は、虚空を見つめ、口元を隠し、何かを喋っている。
これは……「連絡魔法」でのやり取りだ。
やがて彼女は、意識を俺の方に戻し、満面の笑みで、俺を元気づけるように、語り掛けた。
「勇者様……朗報ですっ!」
「……?」
「勇者様の働きが、王都でも広く認められたようで――」
――「臥狼一元流」「御影流遁法」「ヴォンドゥーレ式舞闘術」「芯厳流闘拳道」から、特例措置として段位を、魔術師ギルドからC等級相当の特別資格を授与すると連絡が入りました!
* * *
「……おい、何の冗談だ。てめェ」
街のはずれの空き地で、ジーンは俺を見下ろしながら、怒りとも困惑ともつかない視線を俺に投げかけていた。
カトレアとメルは呆然と、エリスは信じられないものを見るような目で、俺の姿を見ていた。
ジーンに打ち合いを頼んだ俺は、剣を叩き落とされ、転倒させられ、その喉元に切っ先を突きつけられていた。武術の素人から見てもわかる、実力差から来た完全なる敗北。
「…………」
「ふざけんな、こんなもんじゃねェだろ、お前の剣はっ!」
「…………」
「おいッ!」
「じ……ジーンさんっ!」
俺の胸ぐらをつかもうとするジーンを制止する様に、エリスは駆け寄ってきた。
……俺は、もう、彼女たちの目を、真っすぐ見ることはできなかった。
遅かれ早かれ、仲間に伝えなくてはならないことを後回しにしたツケが、最悪のタイミングでその身に降りかかって来たのだ。
――俺のチート能力は、既に見る影もなく衰退していた。




