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#33 議題「無銘の王笏《アノニマス・セプター》」

「――『学習(ラーニング)』については把握したけど、『強化(バフ)』についてはどう思う?」


 私は、エミリアが果実水のグラスから口を離したのを見て問いかけた。

聞一知全(オール・ラーニング)」の解明は、「技」を司る学習(ラーニング)と、「力」を司る強化(バフ)の両輪。片方の解明でもすでに大きな意味を持つが、作戦の開始に際しては、その両者の対策を行い、十全の備えで望みたい。


「こちらについては継続調査中ですが、現時点でのとしては……『知名度』がその要因になっているのではないかと考えています」


 なるほど、知名度か……。


「なるほどね。『勇者の雷名がどこまで届いているか』で、彼の力に強化がかかる、と。英雄に相応しい技能というか……」

「あっ、それ違うんです」


 私が勝手に納得しているところに、ノアが割り込むようにストップをかけた。

 ……あれ、何か読み違えたかな?


「『知名度が高いほど強くなる』じゃなくて、多分『知名度が低いほど強くなる』んです」


 えっ……?

 ……えっ、いや、なにそれ。逆じゃないの?


「勇者の動向については、私の【悪魔の瞳(イビルアイ)】と、ノア達の潜入部隊で密着調査を行っていたのですが、彼らの任地について『王都と距離があるほど』彼の魔力に加わる強化の幅が大きいという結果になりました」


「王家の威光の届きにくい地方の村落とか、勇者召喚の話も知られてなくて『都会もんは信用ならん!』みたいな扱いだったんだよね。『知名度による強化』は想定してたから、ここでは弱くなるかなって踏んでたら、その逆。仲間たちの出張る暇もないぐらい、勇者が鬼強くなってさ。戦士の子もドン引きしてたよ」


「彼女が重戦士で、勇者が魔法併用の軽戦士だから、という違いもあるとは思いますが……それでもやはり異常な出力だったように思います。加えて、山賊たちも『勇者一行が山賊狩りをしている』と知らずに侮って挑み、即座に殲滅された形です」


 なるほど、知名度に対する逆補正か。英雄と認知されないほど強くなる。

 ……これ、かなりピーキーというか、女神は何考えてこんな英雄技能(チートスキル)与えたんだ?


「それでは、手柄立てて有名になるほど弱くなって、英雄としては本末転倒じゃないですか……」


 リナが呆れたような表情でつぶやいた。

 ……本当そうだよ。英雄って求心力を集める象徴みたいなもんなのに、活躍するほど弱体化って、明らかに噛み合ってないじゃないか。


「……まさにそれね。彼の活躍が人間領域で知られるほど、弱体化するみたいなのよ。おそらく彼のピークって、召喚当初の誰からも能力を知られてなかった頃なんじゃないかしらね……」

「そう思えば、シゴキをしてきた道場主に仕返ししてやることも余裕だったんだろうね」

「……仕返しして実力が露見しては、『逆吊巧者(ハングド・マスター)』のための仕込みが水泡に帰すのでは?」

「うっわぁ……、そう考えるとますます救えないなぁ。大母聖教会の女神もイジメに加担してるみたいじゃん……」


 ……まあ、このあたりはアルフィードの第一王弟が、あるいは召喚を担当した宮廷魔導士が、国王以上の求心力を勇者に持たせないために、制限のある強化(バフ)に留めるように、召喚に際しての要望を指定した可能性もあるかも。

 もともとアルフィードは勇者による建国神話がアイデンティティでもあるわけで、王制への不満が蓄積したら、勇者を担ぎ上げる勢力が現れるかもしれないしね。




「というわけで、これを『知名度』を条件に発動する恒常的な魔力強化と見て、我々はこの強化(バフ)を『無銘の王笏(アノニマス・セプター)』と――」


「……なあ、その能力の『発動条件』についての、感じたことがあるんだが」




 ……エミリアが当該スキルの仮称を提示するのと同じタイミングで、アンナが口を開いた。タイミングが被さってしまい、エミリアとアンナは気まずそうに顔を見合わせている。

 


「うん、補足事項?このタイミングが適切なら、アンナから先に聞いていいかな?」

「あっ……はい」


 エミリアは戸惑いつつもこくりと頷く。

 ……エミリアの迫真のネーミングが、発表タイミングを逸したことに、ノアがちょっかいをかけるように肘でつついている。この二人なんだかんだ仲良いんだよね。


「その……『無銘の王笏(アノニマス・セプター)』の発動条件について、エミリアの所見は『知名度』だって話だったけど……」


 あっ、ちゃんと使ってあげてる。

 割とフォローもできる子なんだよね、アンナは。


「私が実際にヤツと剣を交えた結論として、『知名度』とは少し違うと思うんです」

「ふむ……その根拠は?」


 実際に手合わせをした者の意見は貴重だ。今回の独断専行でキツく叱ることになったアンナだけど、とはいえそこで得た情報はしっかり活用しなくちゃでもある。


「そもそも、私はヤツが『エミリアと対等に戦える』ことを知っていて、奴が勇者であるということは、会話の流れから私の部下や、リナの監視兵も把握していたはずで。奴の勇者としての事績は既に把握済みで決闘を開始したんです」

「…………」

「決闘の序盤では奴の攻撃は一切私に通らず、奇計や工夫でどうにか食らいついてきましたが……それでも私の身体に傷を負わせるには至りませんでした。そこまでは『知名度』による所として、強化(バフ)が機能しなかったということで納得できるのですが……」




(そりゃ、アンナの身体に傷を与えられる戦士なんてそう居るわけないでしょ……)

(私だって、何の準備も無しに無理よそんなの……)


 話の腰を折らないように、ノアとエミリアが小声で話す。

 それを聞いてか聞かずか、アンナは自身の腕の鱗を引っ込めて、その手の甲から手首にかけてを、私たちに見せた。


「その後、ヤツは私の鱗越しに、大剣の斬撃で、この傷をつけました――」


 ――彼女の手の甲から上腕の半分にかけて、一本の傷痕が走っていた。




「――はぁッ!?」


 エミリアとノアはそれを見て驚嘆した。


 私も、今回の話についてはリナから軽く聞いてはいた。……正直、半信半疑ではあったのだが、そこには現実として「勇者が龍王に残した傷痕」が、くっきりと残っていた。


 アンナは膂力と防御力において四天王最強の存在だ。四天王と言えども【禁環封呪(エンゲージ)】を解かずに彼女に傷を与えることは、技巧特化のリナを除き不可能に近い。


「……これは、私の油断の結果でもありますが、それでも防御は成立していましたし、私の龍鱗や筋肉の耐久性が下がったわけでもありません。奴の一撃に相応の力が乗っていたのは事実です」

 

 ……皆、顔を青くして絶句している。

 私たちは、総じて「勇者カイト」という存在を甘く見ていたことを突き付けられたのである。


「……ただ、その直前まで奴の魔力総量からくる内功による膂力は、私の防御を突破できるものでないのも確かでした。だから、これは『無銘の王笏(アノニマス・セプター)』が、『知名度』ではない、その『真の発動条件』を満たし、急速にヤツの出力を底上げしたと考えれば、納得する所も多いんです」


「……真の発動条件?」


「それは、おそらく……『侮られること』です」


「!」


「私が、私の部下が、ヤツを憐れんだり、蔑んだことこそが、奴の魔力を強化した要因。そして、私がヤツを好敵手と認めたことで、その魔力が急速に失われた。そう考えれば納得のいく点が多いのです」


 アンナの言葉を聞いて、リナも納得した面持ちでうなずいた。


「……なるほど、私がヤツの仲間に放った『迅翼(はやぶさ)』も、本来なら人間が見切って防ぐことなど、できる手合いの技ではありません。それを可能にしたのが『無銘の王笏(アノニマス・セプター)』であり、私の勇者に対する『侮り』がその発動条件になったと見れば、それも腑に落ちます」


 ……私はアンナ達の考察を受けて、これがエミリアの報告と矛盾なく整合することを理解した。


「彼を知らない着任先の村人」

「彼を知らない盗賊」

「冒険初頭の知名度が低い頃の強さ」


 これらの状況は「勇者カイト」という存在が、『その辺のゴロツキと同じ若造』と取られ、侮られる状況が常に付随する。

 そして、実際の戦闘を行った二人が感じた「急速な魔力強化と喪失」。それが二人の勇者への認識と同期していたのならば、状況は説明可能だ。


 ……「完全」と言えるかはまだ分からないが、これで彼の三つの能力について、私たちは一定の結論に至った。


――――――――


戦乙女の祝福ブレス・オブ・ワルキューレ


 勇者のパーティーの女性メンバーに恒常的な強化を付与する。

 その割合は対象が勇者にどれだけ好感を持っているかによる。


逆吊巧者(ハングド・マスター)


 勇者が社会集団から認定を受けた技能を、習得し行使可能にする。

 その精度は制定された等級や段級位の最高と最低を反転したものになる。


無銘の王笏(アノニマス・セプター)


 勇者が「侮られている」状況に際して、強力な魔力強化がかかる。

 その影響は相対している敵や、味方など、距離の近い物の方が大きい。


――――――――




「……これで出揃ったかな」

「こうして見ると、なんというか、絶妙に噛み合わない技能の集まりですねぇ……」


 エミリアが呆れたようにため息をついた。


「……まあ、素直に運用したらうまく行かないと思うけど、手元に置いての活用方法や、スキルごとの不整合の回避手段は色々思いつくな。ますます……この男が欲しくなったよ。私はね」

「わぁ、魔王様大胆~っ♡」

「……余計な茶々入れないの」




 ――私は、深呼吸をした。


「……じゃあ、これらの情報を元に、勇者の篭絡作戦を具体的に詰めていくわけだけど、その前にみんなに心に留めておいて欲しいことがある」


 緩みかけた会議室の空気が引き締まる。


「この数か月、私たちは、この『勇者カイト』という男について、その素性を暴こうと動いてきた。人間への憎しみを投影したり、彼個人の善性に好感を覚えたり、彼の悲運に同情を感じたり、戦士としての矜持にかけて戦いを挑んだり……彼という人間を知ることで、色んな思いを、彼に対して抱いたと思う」


 皆は、私を見て無言で頷いた。


「……その上で、これから私たちが彼らにやろうとしていること。彼の『無力化』と『身柄の拘束』……『尊厳の破壊』と『誘拐』と言い換えてもいい」


 エミリアとノアがわずかに肩を震わせた。


「私たちは、この世界で彼が作った居場所を奪い、手元に置こうとしている。当然のこととして彼には恨まれるだろうし、自らの行いの非道さに迷いを感じるかもしれない」


 アンナとリナは、目を伏せるように頷いた。


「……だが、今の私たちは間違いなく彼の敵だ。我々魔王軍は、勇者という魔族領域にとっての脅威を除くため、全力を尽くす。彼と友誼を結べるかは、全てが終わった後の話。不必要に反感を持たせる意味はないが、それでも『赦されない』覚悟はして臨むこと」


 私は顔を上げ、皆を見渡した。

 彼女たちに……「金環の四天王(テトラクラウン)」の目に、迷いはなかった。


「……卑劣でなければ王は務まらない。卑怯者の誹りは私が受けよう。だから皆も、どうか私に最後までついて来てくれ。魔族領域の、永き安寧のために」


 私のもっとも信を置く臣下たち、「金環の四天王(テトラクラウン)」は、口を開くこともなく、静かに頷いた。




「では、作戦会議を始めよう。私たちの勇者対策における最終計画――」




 ――勇者「カイト=イセ」の英雄技能(チートスキル)の無効化と、その身柄の確保、魔族陣営への懐柔計画について。




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