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#32 議題「逆吊巧者《ハングド・マスター》」

「じゃあ、まずは聞一知全(オールラーニング)について、エミリアとノアの報告からみんなに共有しようか」


 私は二人に視線を送った。

 アンナとリナが遺跡で騒動を起こしているその間も、二人は私と連携し、調査を進めていた。私も、概要は「速文魔法(エクスプレス)」にて共有しているが、おそらく調査の進展も見られたはず。

 私の視線を受け、エミリアが紙の束を召喚し、私に差し出した。今回は調査の趣旨に合わせてシンプルにまとまっている。……良かった。


「まずは、聞一知全(オールラーニング)の発生条件とその効果について……」


 エミリアは、資料から私の目に視線を戻し、くいと眼鏡を直した。


「この能力は『学習』と『強化』の二種の能力が、異なる原則に基づき働いているものである、と私は推測します」

「ほう、というと?」


 皆の視線がエミリアに集まる。


「勇者の身体能力や魔力の増加は固定ではありません。……後ほど詳しく説明しますが、その力の絶対量は彼のおかれた状況により、その力は大きく増減もします」


 ふむ、精神的な状態や、変動しやすい特定の条件で発動する強化ってことかな。「戦乙女の祝福ブレス・オブ・ワルキューレ」に近いと考えると、それも納得かな。


「対して、技術自体はその影響を受けていませんでした。一度習得した内容であれば、彼の状況に関わらず行使可能でした。……このことから学習(ラーニング)強化(バフ)は独立した個別の能力であり、それぞれ個別の条件があると仮定し調査を続け……その糸口をつかみました」

「!」


 リナとアンナが、エミリアの言葉に反応する。エミリアの横ではノアも自慢げである。「情報」をフィールドに据えた時、この二人ほど頼りになる部下も居ない。




「では、まず学習(ラーニング)から。こちらの資料をご覧ください」


 そう言ってエミリアは、束の中から一枚の紙を抜き取り、宙に浮かべた。

 それを見て、ノアはふふんと胸を張る。


「私の部下が王都やべートリーで潜入調査した、勇者の資格に関する情報だね」

「……『資格』?」


 その資料に書かれていたのはこの記述。


――――――――


【勇者カイト=イセの取得資格、段位等一覧】


 臥狼一元流(ウルフィアン・アーツ):三級

 御影流遁法(ミカゲ・アーツ):三級

 ヴォンドゥーレ式舞闘術:三級

 芯厳流闘拳道:三級→初段

 シーフギルド検定:F等級→喪失

 魔導技師資格:F等級

 伝信魔術技師資格:F等級

 大母聖教会:洗礼(F等級相当の神聖魔法の行使が可能)


――――――――


「……全部最下級ランク、ですね」

「資格取得が趣味の道楽貴族のご隠居でも、もっと上を目指しそうなもんなもんだよなぁ」


 エミリアは、リナとアンナの言葉を聞き、続きを話す。


「当初は、初期の想定に従い『一を聞き、全てを知る』能力と考えて調査を進めていました。それであれば、各種道場や教育機関に長く在籍する必要はない」

「ふむ」


「……ですが、ひとつの違和感と、説明のつかないケースがふたつほどありました」


 エミリアは、皆ののぞき込むその資料の項目に、指を指し示す。


「等級制の『資格試験』を受ける必要性。シーフギルドの資格喪失。そして芯厳流の特例段位授与です」

「…………」


「まず、『一を聞き、全てを知る』が、文字通り手を付けた技術や知識についての『学習効率の最適化』や『知らない知識の保証』であるならば、魔術の類は資格試験を受ける必要すらなく、図書館にこもっていれば問題なく学習できるはずです」


「……それは、実技試験とかで実践する機会があるからとかじゃないのか?」


 アンナは疑問を投げかけた。


「……少なくとも、魔術師ギルドのF等級試験は、市民の魔術への体系的理解を促すためのものだから、試験に実技は存在しないわね」

「大母聖教会の簡易洗礼なんかも、市民の居住区を教会が把握したいって都合のもので、即日済ませられるものだね。初級の鎮痛や火傷の治癒魔法と公共サービスの提供を見返りに、お布施を取るためのものって感じ。勇者の場合は定住してないから、国が代理で支払ってるんだってさ」

「異界勇者の召喚魔法は大母聖教会も関わってるみたいだし、『女神の祝福を受けながらの冒険』って強調したかったんでしょうね」

「教会側も、魔術師ギルドに籍を置く彼が、神聖魔法まで使える資質があるとは思わなかっただろうね。形式的な洗礼のつもりだったみたいで、結構ざわついてたよ」


 彼女たちの言う通り、教会の洗礼は組織としての権威を示す意図で、国を通して要請されたものと見える。

 けれど、魔導技師試験は勇者としても特段受ける必要はない。実態として、資格を持たずに魔術師をやっている冒険者なんていくらでもいるはずだ。




「……そこで、ひとつの仮説が生まれました。彼の能力は『級位』を発動条件とする女神の契約によるものではないか。さらに言えば『低い級位』を持つことが、彼の能力を担保する上で必須のものではないのか、と。その仮定に基づくと、二つの『例外』についても見えてくるものがありました」


 エミリアに、会議室の視線が集まった。

 いよいよ「学習」の神髄が暴かれる、と。その期待の眼差しが。


「まず、シーフギルドの資格喪失。これは……冒険者ギルド的には非公認ですが、実質的には斡旋しているようなもので、グレーな技術領域の冒険技能です。おおよそギルドの運営する酒場に常駐する構成員を介し、裏路地の一室に案内されて契約するものですね」

「冒険技能の中でもアウトロー寄りだから国家承認はしてないけど、市街地での窃盗に使われたら溜まったもんじゃないからって、国が冒険者ギルドにお気持ちで圧力をかけて、間接的に管理してるんだよね」

「……ですが、シーフギルドはあくまで影の組織であり、国との癒着を見られるのは好ましくない。注目を浴びる勇者カイトがそれを表に出すのは、いっそう看過できない。そのため、おそらく双方の忖度により、カイト=イセはシーフギルドを除籍処分となっていました」


 ……そりゃあ、ね。

 私も四天王が特に任務でもないのに盗賊ギルドに籍を置いてるってなったら、沽券にかかわるから早く辞めて来いって説教するよ。


「これは、私との戦闘の半月後あたりの話ですね。以後、シーフギルドの一員ではなくなったカイト=イセですが……」


 しばしの沈黙の後、エミリアは続けた。


「私の仮説を裏付けるように、彼は以降の冒険で『シーフギルドの技巧』を利用していません。解錠・鑑定・斥候術・暗殺術などですね」

「…………」

「それらの技能は、魔法や御影流遁法(ミカゲ・アーツ)による代替が可能なものだったので、冒険には支障は出ていないようでしたが、魔力消費の無い肉体技巧を使う方が合理的な場面でもこれらを使うことはありませんでしたし、酒場でシーフを雇うかどうかの会議をしている場面もありました」


「……シーフスキルが失われた、と?」

「確定とまでは断言しかねますが、除籍と時期が完全に一致するので、その可能性は高いと思います。『級位や等級』を前提とするなら、籍を失うことで前提が成立しなくなる、というのは順当かと」

「ふむ……」


 腕を組んで思案を巡らせる私を一瞥し、エミリアはもうひとつの判断材料を提示した。


「加えて、芯厳流の特例段位授与も、この能力の仕様を判断する要素になると思います」

「徒手空拳の流派……三級から初段に上がったってヤツか」

「ええ。どうやら勇者は、剣術道場や忍術道場など様々な流派の門戸を叩き、その技巧を学習していたようなのですが……」

「……なるほど、多彩な戦術はこれによるところが大きかったのですね」

「…………」


 内容を咀嚼するアンナとリナに、エミリアは複雑な表情を見せた。

 そこに、補足するようにノアが口を挟む。


「それが、ね。人間領域の道場って貴族の子息の手習いみたいな部分あるじゃん?基本的に大人は段位まで進んで実践技能を獲得してくわけだけど、勇者カイトはもう年齢的には大人なわけで……」


 不思議そうな顔をするアンナとリナを前に、ノアはため息をついた。


「……ガキんちょや師範連中に、イジメみたいなシゴキを受けてたんだってさ」

「え、えぇ……?」

「そんでさ、一週間ほどで取れる基本の三級を獲得してすぐ退散するもんだから『根性無しの黒髪異人』のレッテルが貼られて、王都の笑いもの、ってワケ」


「あの勇者が、そんな扱い……?ひっでぇなぁ……」

「…………」


 アンナとリナはあんぐりと口を開けながら、状況説明に軽く引いていた。

 ……今の勇者は既に盗賊討伐の実績を上げているし、四天王アンナの一対一の決闘に応じ、その龍鱗を貫通するほどの腕前を見せた後だ。ギャップを考えると、それはまあ、信じられないだろう。


「……で、彼が勇者として出立するに際して、街角の掲示板で周知されたの。同じような扱いをしていた臥狼一元流(ウルフィアン・アーツ)御影流遁法(ミカゲ・アーツ)は、歴史と伝統ある門派ってことでどっしり構えてたけど、芯厳流は第一王弟の支援を受けてた新興武術道場だったから……道場主も肝を冷やしたんだろうね」

「…………」

「それで『我々は、彼の資質を見抜いて、あえて厳しくしたんですよー!』って、王弟にアピールして、勇者にもゴマをすって水に流してもらうために、本人のあずかり知らないことで勝手に段位まであげちゃったの」

「うっわぁ、みっともない……」

「人間領域の道場はしょうもないですねぇ……」


 ……ノアの軽い語り口もあるけど、実際のところ、相手を見てイジメるかどうか選んだり、掌返して権威に擦り寄るのは、そりゃみっともないよなぁ。


「まあ、そこは他山の石にしてもらうとして、これにより勇者の公的な認定ランクは向上。その影響で技術が伸びるか、変化がないかのどちらかと見て観察を続けていたのですが……」

「?」


 不思議そうな二人を前に、エミリアがノアに視線を送る。彼女は再び補足した。


「芯厳流闘拳道の段級位が向上してから、勇者カイトの徒手空拳の技巧は、達人のそれから明確に低下していたんだよ。内功の循環や遷移速度……十二分な魔力が供給されているにも拘らず、その身のこなしは『一般的な熟練者』のそれに落ち込んでいた。私も映像を見たから間違いないね」

「!」

「さながら『初段に進級したから弱くなった』みたいな因果関係があるみたいに……さ」


「……ノアの見解を受けて、私はこの英雄能力(チートスキル)を『公的機関に認定あるいは黙認された段級位や等級について、最上級と最下級の技巧を反転させる』と言ったものであると仮定しました」


 ……なるほど。

「認定ランクを反転させる」能力、か。「一を聞き、全てを知る」では説明のつかない所も、これでしっくり来るな。




「現在、我々は彼のこの能力を『逆吊巧者(ハングド・マスター)』と呼称しています」







「……やっぱり、『あべこべランカー』とかでよくない?」

「だから、そんな恥ずかしい呼称使いたくないってば……」




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