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#31 魔王の剣

「…………」


 ……魔王様の表情は険しかった。

 必然、陛下のそばに控える近衛兵達も、普段の芝居がかった儀礼的な謁見と違い、緊張感を持って我々を凝視していた。


「……先の早文での報告通り、古代遺跡(アーティファクト)裁の聖剣バスター・パニッシュメント』を回収して参りました。お納めください」

「……そうか」


 私は、「封印金庫(シーリング・チェスト)」をその場に差し出した。側に仕える青魔族(ブルーデーモン)の魔術師がそれを手に取り、解析魔法(アナリシス)を使用して、内容物を改める。

 私の言葉に偽りがないと確認した彼女は、陛下のもとにその箱を持って行った。


「……中身は後ほど改める。脇に置いて下がって良い」

「はっ」


 ……側仕えの魔術師とのやり取りの間も、陛下は龍王アンナ殿から一切視線をはずさなかった。

 別室で談笑混じりの会議をしたあの日とは全く違う、悲しみも怒りも超越した、冷徹な「無」の視線が、私の背筋を凍らせていた。


「して、龍王アンナ」

「はっ」

「……なにか申し開きは?」


 静まり返った謁見の間。

 歴戦の兵である近衛兵たちさえも、陛下の言葉から伝わる圧に、微かにその槍を震わせていた。




「何も、御座いません」

「…………」

「いかなる罰もお受けいたします。ご所望とあらば、この愚臣の首を魔都に晒して軍規を正し、陛下の新たなる治世の礎として頂ければと思います」


 アンナ殿は頭を垂れたまま、目を閉じていた。それはさながら、自身の無防備な首を、陛下に差し出すかのように――







「恐れながら、陛下」


 ……私は、考えるより先に口を開いていた。

 その行動に、明確な理由があったわけではない。陛下への忠心を捨てるつもりもない。

 ……だが私は、長きに渡り陛下に仕え、陛下の剣に相応しい戦士を目指し続けた彼女が、不忠者として断罪され、孤独のままにその命を失うことに、どうしても抵抗があった。


「……申してみよ、森王リナ」


 私は、浅くなった息を整えて、言葉を続けた。


「龍王アンナが勇者の力を増大させるリスクを犯したのは事実です。しかしながら、私が陛下に申しつけられていた監視を徹底しなかったことが、彼女の独断専行を許してしまった原因でもあります」


 魔王陛下は、無言で私に視線を移す。


「……そして、私自身も人間への憎しみという私情に流され、勇者に対し『森羅万世流フォレスティアン・アーツ』を開示してしまったこと。会議でも懸念された事項であるにもかかわらず、浅慮により陛下よりの言いつけを守れなかったこと……それは、私も同罪です」

「…………」

「リナ……」


 ……私自身、情に流されているのだろうとは思う。

 だが、祖母が、領民が、何より私が、心より敬愛するグレタ陛下の御力になりたい、その誉れに相応しい力を持つ自分でありたいという気持ち。それは、私も同じだ。

 それを「私欲」の結果として見限ってしまうのは、私の心にわだかまりを残す。


「……裁きは、公平であるべきでしょう。彼女に罰を与えるのであれば、同じ過ちを犯した私にも、どうか、同等の罰をお与えください」


 ……「罪」には「罰」を。それは覆らない。

 だが、それでも私は、翼騎龍(ウィング・ドラグーン)の上で言葉を交わしたことで、どこか距離を感じていた彼女が、愚直なまでに真っすぐな戦士であると知って、志を同じくする「仲間」なのだと、本心から感じたのだ。







「……ならば、卿らの罪は不問としよう」

「――っ!?」


 弁明をした私にとっても、陛下の口から出た言葉は、あまりにも意外な物だった。


「此度の卿らの働きにより、魔族領域の脅威である『裁の聖剣バスター・パニッシュメント』は鹵獲できた。この功績を踏まえれば、卿らの行動も――」

「なっ……なりません!グレタ様っ!」


 私が呆然とする中で、陛下の御言葉に食って掛かったのは、他ならぬ龍王アンナ殿だった。


「魔王の言葉は魔族領域の秩序そのもの!功名心にはやって、命令違反を犯した配下に咎めが無ければ、軍の秩序は保てませんっ!」


 ……彼女の言葉はもっともである。

 私も、彼女の罪を共に背負う覚悟で、命令違反の罪を減じて頂ければと愚見を奏上したわけだが、その罪をまったくの不問にするというのは、話が変わってくる。それでは兵への示しがつかないのではないか。


「……無論、命令違反における罪は罪。余も、卿らの言葉次第では、所領の没収や権限の剥奪、最悪は……処刑も念頭に置いていた」

「!」


 陛下の言葉を受けて、私たちの背筋が伸びた。


「だが、卿らの言葉を聞いて考えを改めた。自身の功績を誇示するでもなく、聞くに堪えない言い訳をするでもない。戦友を見捨てることも、罪を擦り付けることもなく、共に責めを負う覚悟で、魔族領域の安寧のため、己の首すら差し出す覚悟を見せた」

「…………」

「規律に厳格な森王さえ庇い立てをするほどだ。単純な欲による暴走などとは、余も思わんよ」


 魔王様は、無表情だった表情を朗らかに緩め、私たちに微笑んだ。


「大方、卿の行動も『魔王の懐刀に相応しくあらねば』という、矜持による所だろう?」


 ……アンナ殿は、内心を見透かされたことに驚いた様子で、ほのかに顔を紅潮させていた。


「……そのような忠義者を、この程度の不始末で切り捨てるほど、余は狭量ではない。その結果として余を侮り軽んじる者が現れるというのなら、余自らの手で、これを粉砕し、魔王としての威を示して見せよう」

「しかし……」


「龍王アンナよ」


 アンナ殿の言葉を遮るように、陛下は言葉を重ねた。


「……魔族領域には、まだ火種が残っている。泰平の訪れはまだ先の話。卿には、まだ働いてもらうべき場がある。もっとも信を置く魔族領域の武威の象徴、余の(つるぎ)として。引退を考えるのは、その後にしてもらおう」

「…………」


「龍王アンナ、森王リナ。此度の卿らの働き、誠に大義であった。……ただし、今後は独断ではなく余の判断を仰ぎ、その上で行動する心掛けを忘れぬこと。これよりは、より一層の思慮をもった働きを期待する」


「はっ」


 私たちは、陛下の寛大なる措置に深く頭を下げた。

 ……以後、この御方の期待に背くことは決してすまいと、己に誓いながら。



   * * *



 私たちは、陛下に先導されながら、いつもの会議室へと向かっていった。

 特務を担う四天王との会議は最重要機密であり、近衛兵たちも近づくことを禁じられている。

 鎧を着こんだ彼らを待機地点に残し、私たちは会議室へと歩みを進めて行った。


 奥から、メイド服を着た壮年の青魔族(ブルーデーモン)の女性が、私たちに頭を下げた。


「魔王陛下。龍王閣下。森王閣下……会議の準備が整っております」

「うむ」

「鬼王閣下と獣王閣下は既に到着しておられます。中でお待ちしております」

「ご苦労、下がってよい」

「承知いたしました」


 彼女は一礼し、その場を後にした。

 会議室の前には、魔王陛下とアンナ殿、そして私の、三人が残された。




「……罪には問わないけどさ」

「は、はい」


 魔王様が、砕けた口調でアンナ殿に話しかけた。

 先程の威厳ある魔王としてではなく、あどけない少女のような、柔らかい口ぶりで。


「心配しての忠告をちゃんと聞いてもらえないって、普通に落ち込むからね。それに、私がアンナのことを処刑したり、クビにしたいなんて、考えると思う?」

「……申し訳ありません」

「……主従ではあるけれどね、あの闘いを共に生き抜いて、幸せに生きられる国を作ろうって、一緒に誓った友をだよ。好き好んで失いたくは無いんだよ。私は」

「はい……」


 ……心なしかアンナ殿の体躯は、謁見の間で詰められた時以上に、小さく縮こまっているように見えた。年の近い友人に説教を受けて気まずい顔をする子供のように。それは、魔王や四天王の威厳とはかけ離れた雰囲気だった。

 私は、そのやり取りに対して、微笑ましい気持ちと、ささやかな嫉妬心を感じていた。


 ……私は、革命期にはまだ子供だった。

 魔王様とは戦友としての友誼ではなく主従による関係性のみで繋がっている。

 他の四天王と違って、私と魔王様の間には深い信頼は存在しない。どれほど、私が陛下に恩義を感じたとしても、私は「戦友の孫」であり、彼女たちと違って気安い会話の出来る間柄にはならないのだ。

 そのことにいささかの寂しさを感じながらも、私は現状に満足している。尊敬に値する主や同胞とともに、魔族領域の安寧のために働けることに、私は心から誇りを持っているのだから。





「でも、リナがアンナを庇ったのは大分意外だったねぇ……」

「えっ」

「……それは、庇う必要はないと伝えていたので、私も意外でした」


 思わぬところで私の名前が出た。魔王様にからかうような笑みを投げかけられ、少しばかり気恥ずかしい気分を感じる。


「まあ、命令違反は今後控えてもらうけど……二人がちゃんと仲良くなってくれたのは良かったよ。共同訓練にはそういう意図もあるんだからね」

「そ、そうなのですか……?」

「リナは、森羅万世流フォレスティアン・アーツの最高師範ってことで、うちの兵の間でも教えを授かりたいって者が多い人気者なもんで、これまで私とサシで話すことは殆どなかったんですよね……」


 それを聞いた魔王様は、腰に手を当てながら、ぷんすかと怒りながらアンナ殿に詰め寄った。


「ちょっと……そこは上手く調整してよ。連携だって信頼関係ありきなんだから。今回の件だって、二人がちゃんと密に情報共有してれば、こんな大事にはならなかったかもなんだよ?」

「返す言葉もありません……」

「じゃあ、これを機会に、二人とも魔族領域の武人として仲良く交流するように。いいね?」


 私は、陛下の言葉に戸惑いを感じつつも、どこか暖かさを感じさせる命令に、思わず笑みを漏らしながら、謹んで拝領した。

 ……やはり、この御方にはかなわないな。



   * * *



「……さて、じゃあ行こうか」


 かくして、「魔王様」の計らいで謁見の間から続いていた緊張を解きほぐされた、私と「アンナさん」は、会議室の扉に向かい合った。


「リナやアンナが国境線で待機している間に、エミリアとノアを交えて大分話も詰められたからね。今回のリナとアンナの情報と合わせれば、いよいよ確証も得られるだろうし、実行も近いよ」


「…………」


 ……「あの計画」か。

 正直、私の気持ちとしては、まだ飲み込みきれない部分もある。しかし、これも魔族領域の繁栄のため。ひとまず私心は捨て、果たすべき大義のために、敬愛すべき魔王様のために、存分に働こう。


 私たちは、会議室の扉を開けた。

 カーペットの敷かれた会議室では、「ノアさん」と「エミリアさん」が手に持っていた果実水を机に置き、私たちに視線を送っていた。


「それでは会議を始めようか。議題はもちろん――」




 ――アルフィード王国の勇者「カイト=イセ」の英雄技能(チートスキル)聞一知全(オール・ラーニング)」の詳細な検証について。







――――――――「動き出す計略」編へ、つづく――――――――





【次章予告】

  第一部もここで折り返しです。

  これより、勇者の身柄を巡り魔族領域の策謀が動き出します……!


  もし楽しんで頂けましたら、フォロー&☆評価を頂けますと励みになります!




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