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#19 議題「聞一知全《オール・ラーニング》」

「ふむ、本人にかかる能力強化、か」

「……ええ、彼の戦闘技術は、人間世界における達人のそれを、完全に凌駕しています」


 パーティーメンバーに力を与える他に、最低一つあるとは思っていたけど……なるほど、当人に対しては別のルールで強化が入ってるってことか。


「先日報告いたしました通り、私は勇者と一度剣を交えています。その時の所感ですが……あのまま白兵戦闘を続けていた場合、私は死んでいたと思います」

「ま、マジか……?」

「………………」


 アンナは面食らった顔をしている。

 エミリアは魔術の研究開発を得意としており、将として前面に出ることは、他の四天王より少ないけれど、さりとて魔族の将。

 その身体能力は人間の比にならないし、何より彼女自身も、武勇をもってして先代魔王の抱える四天王を誅した一人だ。その実力は折り紙付きであり、本人としても確固たる矜持を持っているはず。

 その彼女をもってしても「殺されていた」と言わしめるほどの腕利きか……。


「……【禁環封呪(エンゲージ)】を解いても難しそうだった?」

「いや、それは……今回の調査任務の上では不適切でしたので……」

「ああ、子供もいる中で使うべきじゃないのは、私もわかってる。あくまで『使える条件下で戦った場合』の仮定の話だよ」

「………………」




「……五分五分、ですかね」


 彼女の答えを受け、一同は静まり返る。私も、これは想定外の解答だった。


「なるほど。でも、彼の戦闘力の向上は白兵戦に特化したものだよね。どうしてそう思うの?」

「ひとつは、『発動前に殺される』可能性です。おそらく、彼は魔力の流れや感覚についても、戦闘中は非常に鋭敏になっています。私が『切り札を切る』事を察したら、リスクを覚悟で私の首を刎ねたでしょう」

「ふむ……察知力と機動力を生かした闘いで、機先を制するってことだね」

「あるいは、広範囲攻撃であれば即座に戦闘圏を脱出したり、矢の雨などは飛来するすべてを回避、あるいは斬り進むことで、接近戦の形に持ち込まれかねません」


 ……今回の勇者は、随分と暗殺向きの人材なんだなぁ。

 まったく、背筋が冷える。


「……なるほど。たしかに、それだとエミリアの【禁環封呪(エンゲージ)】を解いても、有利はとれそうにない、か」

「私の場合、対軍掃討の役割が主ですしね……接近戦を得意とする他の四天王においては、その限りではないかもしれませんが……」

「まだ懸念がある感じ?」

「はい。もうひとつの懸念は『強さの底が見えない点』です」


 ……?


「勇者の身のこなし、技術体系についてですが、剣士、槍兵、武闘家(モンク)舞踏家(ダンサー)盗賊(シーフ)忍者(ニンジャ)……あらゆる武術の系譜を想定して戦いましたが、どれとも共通点を持っているようでいて、どれとも違う」

「……独自の流派を修めてるってこと?」

「……というよりも、『混ざっている』んです。盗賊(シーフ)のように陰に潜み、舞踏家(ダンサー)のように舞い、武闘家(モンク)のように攻撃を流し、一流の剣士のように万物を切り裂く……それぞれの職能(ジョブ)の所作が、切れ目なく繋がっている感覚、というべきでしょうか」

「……『全ての武術を修めた上で、それを融合させてる』?」

「……あるいはもっと厄介かもしれません」

「………………」

「彼は、魔術師ギルドの呪文と、大母聖教会の呪文を併用できます」

「!」


 一同に緊張が走る中、アンナはあんぐりと口を開けていた。

「おいおい、流石にそれは……魔法の術理と、女神の信仰なんて、両立不能の最たる例じゃないか。確かに、それをやったっていう賢者(セージ)が歴史上存在したとは聞くけどさぁ……あらゆる武術を達人の水準で極めた上でなんて、いくら何でもだろ……」

「……その埒外を成立させるのが、女神の加護を一身に受けた存在。『勇者』ってことなんでしょうね」

「うわぁ……反則(チート)も、いい所じゃないか……」


 ……確かに、アンナの言う通り、この能力はあまりに隙がない。剣も魔法も達人級になる万能化(オールラウンド)が、彼の能力という事か?


 いや、確かに英雄技能(チート)は埒外の力だが、それにしても違和感がある。

 最初からすべてが与えられ過ぎている。


 女神の加護とは言え、流石にまったくの無から、こんな万能人材をノーリスクで創出するのは、出来過ぎだと思う。というより、真に完成された「最強」として産み出されたのなら、この数か月で魔族領域に侵攻せず、仲間を作って人間領域で手をこまねいていることに、違和感がある。……何故だ?


 私は、勇者の能力の輪郭に……どこか綻びの気配を感じた。

 その尽くを崩壊させ得る、そんな糸口が存在するような予感。


 ………………




「彼は、魔族由来の魔法は使った?」

「い……いえ、使いませんでしたね。元より、私たちの魔法なんて、人間世界では禁呪の類ですから……」

「魔法の他に、魔族由来の武術の動きとかは?……身体構造の違いはあるし、全ては無理でも、エミリアと切り結んでいる時、『魔族ならもっと効率的にさばける』って場面はなかった?」

「えっと…………」

「……あっ、そういうのなら、結構あったと思います!」


 エミリアが沈黙する中で、ノアが口を開いた。


「私も【悪魔の瞳(イビルアイ)】の映像見てましたから。人間だからって大して気にしてなかったけど、言われてみれば『あくまで人間の武術』って感じでした。……私やアンナ、リナなら、同じ技術を収めてても『ここはこうする』って所は多かったと思うなぁ」

「……まあ、そりゃ人間の武術に準拠してるなら、そうだろうさ」


 なるほど、やはりそうか。勇者の技術は「人間の武術」の術理の先にある。それは対魔族に特化した戦術という点では合理性こそあるが、それでも完全無欠の武術の達人というわけではない。




「もしかすると、だから過信は禁物だけど……勇者の武術や魔術に関する英雄技能(チートスキル)は、何かしらの条件付きで『人間界の技術体系』を限度いっぱいまで引き出せる、って物なんじゃないかな?」

「!」

「エミリアとの戦闘で、大規模な破壊魔法や飛翔魔法などを使わなかったのも、状況がそれを許さなかったとか、今回の勇者が善性よりの価値観で子供の身を案じた……っていうのはあるかもだけど、この観点でも説明つくと思うんだ」

「……そうか、『魔族の魔法』を使う術を持っていなかったためと考えれば、腑に落ちる感じですね」

「思うに『学習(ラーニング)』が彼の力の本質なのかも。一を聞いて百を知るような、ね」

「なるほど」


 エミリアが納得する横で、リナが口を開いた。


「……となると、奴は人間界の剣技や魔法を使用した組み立てでしか戦えない以上、我々近接優位の四天王が、【禁環封呪(エンゲージ)】を解いて、出力を上げた状態で挑めば、勝機があるということですか?」

「……むしろ、懸念が一つ増えたかもしれないなぁ」

「?」


「……【戦乙女の祝福ブレス・オブ・ワルキューレ】と同じだよ。何かしらの条件を満たせば、彼は、魔族領域の力を……【森羅万世流フォレスティアン・アーツ】や【獣形遁法(ビースト・アーツ)】みたいな魔族の諸流派や、最悪【大量破壊魔法(デストラクション)】なんかまで学習(ラーニング)して、自在に使いかねない危険性がある……ってこと」


 私の言葉を受け、皆は絶句する。

 ……結局、勇者をこのまま放置するわけにはいかないが、かといって刺激することも危険ということだ。


「……まあ、これも最悪のケースだね」


 私は、果実水をグラスに注ぎ、喋り続けで乾燥してきた喉を潤した。


「実際、戦闘中にエミリアの魔法が、即座に真似されなかったのを聞くと、習得には複雑な条件があるのかもしれないし、単純に人間界の技術体系に限定された能力なのかもしれない。……ただ、全容が不明瞭な今は警戒するに越したことはない、ってこと」

「………………」

「エミリア、ノアは引き続き情報収集。この【聞一知全(オール・ラーニング)】の能力の全容を解明し、対策を練ること。アンナとリナも、引き続き有事に備えて、兵と自己の鍛錬を継続してね」

「……了解しました」




   * * *




 四天王は、各々不安を抱えたように、ため息をつきながら、会議室を後にした。

 ……ただ、一人だけ、他の子と空気が違う子がいる。


「……アンナ」

「!」


 私の声かけに、びくりと肩を震わせながら、彼女は大きな尻尾を翻し、私を見た。


「なんでしょうか、魔王様」

「……武人として、ワクワクしちゃってない?」

「そっ、そんなことは……」

「……いい?くれぐれも、刺激しちゃダメだからね」


「……承知しました」




 ……多分これ、絶対問題起こすな。

 リナに速文魔法(エクスプレス)を飛ばして、目を離さないように伝えておこうか。




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