#18 議題「戦乙女の祝福《ブレス・オブ・ワルキューレ》」
盆地に広がる「魔都プシュリオール」を望む山々。その中でも、突出した最高峰の頂に、「蝕の王城」は存在する。
そして今、謁見の間での儀礼を済ませた私と四天王は、いつものようにくつろぎの会議室へと移動した。
――議題はもちろん「勇者」について。
私は、冷蔵チェストから果実水を取り出し、皆に渡した。
リナはまだ緊張気味だが、他の皆はリラックスした雰囲気のままに、四天王との勇者対策の会議が始まる。
「じゃあ、エミリア。ノア。調査結果を聞いていいかな?」
「はい。では、資料にまとめましたので、まずこちらに目を通して頂ければと思います」
「うんうん」
私は、エミリアの仕事の手際の良さに、満足げに頷いた。
いつものように彼女は、要点をまとめたわかりやすい資料を準備していることだろう。
エミリアは、カーペットに移送の魔法陣を展開し、羊皮紙の束を……紙の束を……束を……束…………多くない?
「こちらが、私たちが部下とともに『勇者カイト=イセ』の行動を逐次監視し、その行動記録をまとめ上げた資料となります」
「いやぁ、一ヶ月ずっと密着調査したしねぇ。もう、勇者の異界でのあだ名や暮らしぶり、好きな食べ物や娯楽書物まで、もうわからないことはないよ♪」
「彼の睡眠時間や武器の手入れ、御手洗いに立つ平均回数まで……多少の誤差はありますが、高精度で予測できるだけの情報が集まりました」
えぇ……?
私、そこまでやれって言ったっけ?
……いや、まあ確かにさ。生活や価値観みたいな所を把握してれば、暗殺にも懐柔にも有効とは思うけどさぁ。こんなに私生活を暴かれてるってのは、敵とは言え、流石になんだか気の毒になって来るよ……。
「ふふ、魔王様も私たちの仕事ぶりに、開いた口が塞がらないみたいだね……」
「潜入と情報処理は、私たちの専門ですからね。本気を出せばこんなものです」
二人は、自慢げに胸を張っている。微笑ましい……のか?
「……本気過ぎるだろ」
「明らかに、任務を逸脱した熱量が乗っていませんか?」
……やっぱり、微笑ましくはないよなぁ。
「うーん……、まあ情報は多いに越したことはないし、まあ、良くやってくれたよ……二人とも」
「魔王様も、ちょっと引いてるじゃねぇか……」
「……で、まあその辺も大事だけどさ、一番重要な英雄技能について、何かわかったの?」
「はい。……この辺りについては勇者も仲間に秘匿しているようで、予測の域を出ないのですが」
「まあ、会話や状況的にある程度は絞れたよね?」
……よかった。勇者の尻を追いかけてただけじゃなかったんだね。疑ってゴメン。
「……じゃ、報告よろしく」
「まず、確定で存在していると思われるのが『味方の戦闘力向上』の環境技能です。彼は『バフ』とも呼んでいましたね」
「……ああ、『ステータス表示』って独り言言ってた時のやつだね。空中で指ひょいひょい動かして、ぶつぶつ言ってたね」
「恐らく、ステータス……個々人の能力を数値化した概念が存在し、勇者のみがそれを確認できる仕組みがあり、これに補正をかける力があるのかと思われます。事実として、魔法的素養に欠けているであろう、同行者のメイドですら、一般市民の範囲を逸脱した魔力の行使が可能なようでした」
「あー、むしろあのメイドの子、他のパーティーメンバーと比べても、ひときわ飛び抜けた感じだったよねぇ。戦闘訓練とか積んでないから、戦いの場でどうこうって感じじゃないけど、頭脳労働や力仕事、生活補助魔法についても、一般的なメイドのそれよりかなり優秀な感じになってたよね」
ふむ……仲間の能力向上か。
基本的には魔力的な加護を与える感じで、それを身体操作や思考力にも転用可能って感じかな。
「配分について考えられるのは、任意の割合での割り振りか、何かしらの基準に基づいて自動で割り振られるかですが、前者の可能性は低いと思います」
「だねぇ。合理的に考えれば、戦闘要員にもっと力を割り振るべきだし、メイドに力を割きすぎだよね」
「……恐らくですが、パーティーメンバーとの相互信頼の度合いによって、この加護の効果が変動するのではないか、というのが私たちの考察です」
「……まあ、ねえ?見た感じでも、あのメイドの子……勇者に惚れてるだろうし、さ」
……ん?何か雲行きおかしくない?
真面目な話であって、恋愛談義とかしてるわけじゃないよね?
「逆に、メイドに加護の力が集中している事実が、多少パーティー内での不和に繋がっている印象もありますね」
「勇者側もシステムを詳しく話してないみたいだし、えこひいきしてるように見えてそうだったよね」
「加護の信頼の基準が、『対象から勇者』『勇者から対象』『双方向』のどれかは、要検証ですね。ただ、勇者側もメイドに心を許しているようなので、おそらく双方向かなとも思われますが……」
「………………」
……えっ、何この空気。
変に気まずい感じだから、黙らないでよ……。
私は、空気を変えるべく、疑問を彼女たちに提示した。
「……じゃ、じゃあさ。なんで、仲間を女で固めてるんだろうねぇ?ほら、変に色恋沙汰になったりしたら、パーティーとしても戦いづらくなるじゃない?」
「ふむ、そのあたりは王国の意向や人材面の都合……あるいは単純に勇者が女好きなだけかもしれませんが、能力の発動条件もありそうです」
「ほほう?」
よかった……。
ちゃんと仕事として、考察してるみたいだね。
「恐らく、女神の加護の条件が『女性であること』なのではないかと。人間の身体構造と膂力を考えると、魔族より男女差は顕著ですし、女性に限定することは不合理です。……女を囲って遊びたいだけとするには、仲間の選定も各分野の一流の娘たちのようなので、違和感がありますしね」
「そもそも、あの勇者も奥手そうというか、パーティーメンバーとの軋轢で小さくなってる所あるし、全然楽しそうな感じしなかったね」
「……というわけで、この能力は『女性パーティーメンバーの好感度による能力向上』と仮定し、【戦乙女の祝福】と呼称しています」
「うーん……、やっぱカッコつけすぎというか、【モテモテ・パワーアップ】とかでよくない?」
「……真面目な会議の場で、そんなふざけた呼称、使いたくないわよ」
なるほど、これはたしかに脅威だが……
「……これ、魔族にも適用されるのかな?」
「!」
「……あー、いやさ。私も現四天王も、みんな女じゃない?だったら、この勇者を手元に置いて、信頼関係を結べば、かなり大幅な戦力増強に繋がるんじゃないかなー、って」
「魔王様……」
リナが、私に険しい視線を送る。
……いけない、少しばかり、悪ふざけが過ぎたか。
「ああ……思い付きだからさ。『アレ』への有効打になるかって、ちょっと期待しただけ。現状ではそんな危ない橋を渡ろうってわけじゃ……」
「可能です」
「えっ」
間髪を入れないエミリアの返答に、私は呆気にとられた。
「ノアの部下……人間への悪感情の少ない女性猫獣人を、監視下で猫の姿で勇者と接触させたのですが、彼女の魅了魔法の効果範囲が、明らかに伸びていました」
「………………」
「現実問題として、魔王軍が彼を手元に置くことが出来れば、あらゆる場面での活用が可能、というのが魔都の魔導技師である私の見解です」
……これは、冗談のつもりだったが、思わぬ拾い物になるかもしれないな。
戦闘においてはもちろん、エミリアの太鼓判とあれば、技術開発についても有用かもしれない。
……だが、それでもだ。
魔族領域には人間を嫌悪する者は少なくない。過激な排外主義者に限ったことではなく、一般的な市民感情としてもだ。魔都には、これまでの戦乱でこの地に残った人間の捕虜の子孫や、政治的な事情で人間社会を逃れてここに来た者たちが、居住地域として「人間街」を形成している。
彼らもまた、同じ魔族領域の住民として、国民として権利を認め、自治も任せているが、それでも周囲からの差別意識は拭うことはできない。
……無理もない。それほどまでに、「勇者」とは、この魔界を恐怖の底に突き落とし、癒えぬ爪痕を残してきた、長い闘争の歴史があるのだから。
リナは、険しい瞳で、ノアやエミリアを見つめている。
……リナの生い立ちもまた、人間に翻弄された者であり、この提案については受け入れがたいものがあるのだろう。
……日和見だが、これは保留だな。
「うん、まあ、状況はわかったよ。……けど、甚大な被害をもたらす可能性もある制御不能な力を、腹の内に抱えるわけにもいかない。反逆や分断の火種にもなるしね」
「……そうですね」
「……とはいえ、【戦乙女の祝福】が、国家運営の視点で魅力的というのもわかる。だから、彼の持つ『他の能力』を完全に無力化し、我々の制御下に置くこと。それが彼を引き込む最低条件。そこをクリアできたら、私も彼の在住のための調整を一考するよ」
「………………」
……リナは激昂するでもなく、私を見て沈黙していた。
心の内から納得しているわけではないようだけれど、それでもこの子は「理」が通じる、聡い子だ。
それに、私の提示した条件についても、実現に困難の伴う険しい道だということも、よく理解しているのだろう。
「……それじゃあ、今後のためにも続きを聞かせて貰おうかな。勇者の持つ、他の英雄技能についても、ね」




