#11 人さらいの隠れ家を壊滅せよ!
「……動くんじゃねぇっ!ガキを殺すぞっ!」
洞窟の奥から現れた盗賊は、幼い少女にナイフを当てて、俺たちに怒号を飛ばした。
奴と俺たちの間には、十数メートルほどの距離がある。ジーンや俺が間合いをつめて斬りかかろうにも、その前に奴の凶刃は少女の喉元を引き裂くだろう。メルの火球魔法や光弾魔法も、子供を巻き添えにする可能性がある。……迂闊には動けない。
「へへ、武器を捨てなよ……勇者サマ?こんな小さな女の子を、見殺しにしたくはないだろう?」
「…………」
俺は、剣を横にして、男の足元に向かって放り投げた。
武装解除を見届けた男は、俺の投げた剣に視線を移し――
「照明魔法――」
カトレアの放った照明魔法が、俺の投げ捨てた剣の刀身に反射し、盗賊の目をくらませる。男に隙が出来たその一瞬、俺は詠唱を完了させ、剣を投げ捨てた右手を、そのまま奴の首元に向けた。
「――斬撃魔法」
右手から、真横に一閃の斬撃が走る。
飛来した剣閃に刎ねられた男の首は、さながらボウリング玉のように、後方にごろごろと転がって行った。
* * *
「お嬢ちゃん、怖かったな……もう大丈夫。村に帰れるよ」
震えながら泣きべそをかく少女に、俺は手ぬぐいを渡した。
麓の子供を狙った人さらい……奴らの潜伏していたこの洞窟には、奴隷商との契約書が保管されており、証拠も固まった。これを国軍に提出して、不法奴隷商は摘発されることだろう。
………………。
……奴隷商に不法もクソもあるかよって思うが、それがこの世界だ。
この前近代的な世界に、まともな人権意識など、期待できようはずもない。
「……カトレア、メル、ジーンは、この子を村まで送ってやってくれ。それが終わったら、ジーンは国軍に証拠を提出。国王軍のコネクションもある君なら、うまく取り次いでもらえるだろ」
「……アンタは?」
「………………」
「あーハイハイ。埋葬ね。好きにするといいよ」
「……郷土の風習なもんで、手間かけさせて悪いな」
「別に……帰り道ぐらい、私一人でも安全に送れるし」
相変わらず、カトレアは怪訝そうな顔で俺を見る。大母聖教会に与せぬ信仰ってのは、やっぱり不愉快なんだろうな。死生観や宗教観の違いは、聖職者相手だと、どうしても軋轢になる。日本の火葬とかの話したらめちゃくちゃキレそうだ。
……より正確に言うと、倫理や宗教観だけじゃなく、衛生感の面でも死体を野ざらしで放置するのは良くないと思うんだが、細菌やウイルスの概念を知らない相手にうまく説明できるかも怪しい。
やっぱり、現代日本との文化や文明のギャップは、埋めがたいもんだ。
俺は、皆に指示を出した後、片膝をついて少女を振り返り、ゆっくりと語り掛けた。
「いいかい、お嬢ちゃん。三人とも……ちょっと……大分怖いかもしれないけど、頼りになるお姉さんだから。無事に村に帰してくれる。安心して大丈夫だよ」
「……天然で失礼よね、この男」
* * *
俺とエリスは、盗賊どもの死体の両手両足を掴み、表に掘った穴に放り込んでいく。
……連中の大将首は、国軍で行う手配犯の首実検のためにジーンが持って行ったが、今あの子と一緒に生首入りの麻袋持ち運んでるのか。……相変わらず慣れないな、この倫理観。
「……いつも、手伝ってもらって悪いな。エリス」
「いえ……、勇者様一人で埋葬するのも大変でしょ?」
「でもさ、エリスもこの世界で育ったんだから、俺の故郷の風習に合わせる必要はないんだよ?」
「…………」
エリスはいい子だ。
けど、それでも彼女の倫理観はこの世界で育まれたものであり、俺のやってる盗賊や妖魔の埋葬なんて、三人と同じで奇行に映っていることだろう。
……それでも、俺のそばで助けてくれていることには感謝が大きいが、気を遣わせてしまっているようで申し訳なさもある。
「……私の育った村でも、山賊が出たことがあって」
エリスが、口を開いた。
「両親や兄弟も、近所の方も、国軍の討伐後は、『そのままにしておけ』って言ってました。使えそうな所持品は剥ぎ取って」
「…………」
戦国時代の野伏みたいなものだな。
……明日も知れない庶民にとっては、そういうものなんだろう。
「……でも、やっぱりどこか、気持ちの整理はつかないところはありました。きっと、ジーンさんやメルさん、カトレアさんも……冒険者になったばかりの時は、同じ気持ちはあったんだと思います」
「そう、なのかな」
「……それでも、厳しい世の中で生きていくためにはそれを押し込めないとって、情に絆されちゃいけないって、そうやって今日まで生きてきたんだと思います」
「…………」
……俺も、甘いってことか。
確かに、ならず者の埋葬にかまけて、無駄にパーティーを分断してる現状を考えたら、そんなことしてる場合かってなるよな。
やっぱり、この世界に馴染むために、もっと郷に従って生きなきゃな……
エリスは、死体に土をかぶせる手を止め、俺の顔を見た。
「だから、勇者様が、罪を犯した人も埋葬したいって、そういう気持ちを持ってること……私は、大事にしたいんです」
「……えっ?」
「勇者様の居た世界は、平和で優しい世界だったって。命は誰のものでも大事にされてたんだって。それって、とても……素敵なことじゃないですか」
「…………」
「私たちが、子供の頃に持ってた気持ちを、今でも持ち続けてるなら……私は、あなたに、そのままでいて欲しいです」
「…………」
「……もちろん、一番大事にして欲しいのは、あなたの命です。けど、あなたが大事にしたいもの、私も、大事にしたいです」
「……そっか」
……冒険を続けていくなら、いつまでも平和ボケのままではいられない。
当然のこととして、非情な現実を踏まえて、俺の立ち振る舞いもこの世界に合わせていくべきだろう。
けれど、俺が日本で育んだ価値観を、その一欠片を、エリスは大事に思ってくれている。
俺にとっては、その言葉が、間違いなく救いだった。
「……ありがとな、エリス」
「いえ、私こそ……」
俺たちは、掌で救い上げた土を、死体に被せていく。
「私のしまいこんでいた気持ち、思い出させてくれて……ありがとう、ございます……勇者様」
骸を埋める俺たちを照らす日は、少しずつ、西へと傾き始めていた。
* * *
生い茂る森の中、樹の枝の上で翼をしまった私は、目標を肉眼で捕らえた。
お付きのメイドと一緒に、自分の殺したであろう無法者の死体に、せっせと土を被せる男の剣士。
かの街中で、ノアを腰砕けにしたという、女泣かせの優男。
「ふふ……噂に違わず甘い男ねぇ……勇者『カイト』くん?」




