#49 もうひとりの「転生者」
終の大地において「言葉の壁」は、ほぼ存在しない。
この世界における「言語」は、人魔領域双方において統一されたものが使われており、方言による差異こそあれど、意思疎通が不可能な程の言語的断絶は存在しないからだ。
だから、さきほど俺の発した【転生者なのか?】という言葉は、グレタに伝わるはずがない、もしかすると言葉とも認識されない、そんな意味不明な発声のはずだった。
――俺はそれを「日本語」で問いかけたのだから。
『……どうして、わかったんだい?』
返って来たのは、一年ぶりに聞く懐かしの故郷の言葉。
そう、「日本語」だった。
この時点で、グレタは俺の問いに答えたも同然である。
この世界で「日本語」を知る者など、「転移者」か「転生者」しか存在しないし、魔族という「日本人」と明らかに異なる身体を持つ彼女は、必然「転移」をしたわけではない。
――確定だろう。
グレタ=イーヴリットは「転生」でこの世界にやってきたのだ。
『……確信ってほどじゃないけどさ、色々「そうじゃないか」って思うことは多かったかな』
『……ふむ、聞きたいな』
俺は久々に話す自分の日本語に、若干の座りの悪さを感じながら、続きを話す。
『まず、先代勇者「西城 諌実」の存在かな。コイツは名前からして完全に日本人だし、実際、半年前に女神の空間で簡単に説明受けたんだけど、コイツもオメガルドに転移してきたって聞いた』
『ああ、彼も英雄技能を持つ転移者だったね』
『そうなると、「勇者」と対を成す「魔王」についても、転移や転生を通しててもおかしくないかなって』
俺の考察を聞いて、グレタは首を横に振った。
『……それは半分正解、ってところかな。私個人は転生者だけど、魔王全員が転生者ってわけでは無いよ』
『えっ、そうなの……?』
しまった、ドヤ顔で的外れな見解を話してしまった。
『うん。……というよりも「勇者」という枠組みが、種族的に絶大な魔力を持つ「魔族」に対する人間の対抗措置として確立したシステムみたいなものでね。ゆえに、その王である「魔王」と戦うことが求められていく……って感じかな』
『なるほど……』
『……私のこの世界での出自については、当面は黙秘させて貰うよ。私の力に関わる所が、敵に伝わってしまっては、何かと都合が悪いというのは、【禁環封呪】の件とも通じるところだね』
『…………』
……思えば、「彼女の出自について知りたい」という俺の行動も、敵への情報漏洩のリスク増大に繋がるかもしれない。
だが、「グレタが転生者かもと気付いた」ことは、グレタに伝えた方が、リスクの把握と対策にもつながる。
これは、必要な報連相の範囲だろう。
『……けど、割と確信を持って聞いて来たみたいだし、他にも要因はあった感じかな?』
『んー……、他は状況証拠かな。魔都の発明品……鉄道とか活版印刷とか家電みたいな、そういうのが地球の物に酷似してるあたり。あとは、グレタや四天王が話すとき、時々故事成語が混ざったりするじゃん。「兵は詭道なり」とか「彼を知り己を知れば百戦殆からず」みたいな』
『ああ……』
『……まあ、「呉越同舟」や「四面楚歌」みたいな地名入りのものは、流石にこの世界向けにアレンジされてたけど、あんまりにそのまんまのは気になったな』
『……部下に、オメガルドにないことわざや訓話を話して、固まっちゃうことがあってね……その辺は「王城の書庫にある古文書に書いてあった」って誤魔化してるよ』
『あるある……だけど、誤魔化し方は魔王らしいな』
『はは……』
苦笑いを漏らすグレタの表情は、どこか穏やかで、普段のそれとは少し違う、肩の力の抜けたものだった。
かく言う俺も、この会話を通して、心の中にあった一つの「重し」が抜けたような、そんなところがあった。
――彼女は、俺と同郷の存在であり、俺の故郷を知る存在ということ。
それは、俺の感じる慢性的な孤独を埋める事実だった。
『……あ、あと「シュリンプ」。「伊勢海老」から連想しただろ』
『……たしかに、これは露骨だったねぇ』
* * *
『……っつっても、グレタの転移タイミング考えると、結構時代は隔ててるだろうな。戦後の日本生まれってことになるのかな?……いや、転生ってことは、生きてた時代はもっと前だろうし、戦前もあり得るのかな』
『「戦後」か……まあ、凄惨な戦いだったとは聞いてるよね』
……存外に重い話になるかもしれない。
『でも……生前は重い病気にかかって早逝したからなぁ。サナトリウムって知ってる?』
サナトリウム……結核の療養所だったっけか。
『私は、肺の病の治療のためにそこに入ってね。ずっと隔離されてたから、世間のことは新聞でしか知らないね』
『…………』
『まあ、郷愁はあるけど……幼い日の憧憬ってぐらいかな。もうこっちでの暮らしの方がはるかに長いからね』
『……そっか』
……それでも、子供の頃から病気ってなると、もっと外で元気に遊びたかっただろう。
けれど、この世界も決して穏やかな生活を営めるほど安定した社会ではないわけで、「楽しく人生のやり直し」とは行かなかっただろうな……。
……あれ?
なんかちょっと違和感あるな。
グレタの前世は「戦後生まれ」で……死因は「結核」。
……結核ってたしか、戦後すぐに治療法確立したんじゃなかったっけ?
彼女曰く「幼い頃から隔離された」と「戦後生まれ」というあたりを踏まえ、エミリアたちと同世代と考えると、どうも俺の認識する時代背景が合わない。
『……転生は大戦の後、だよな?』
『……?まあ、そうだけど』
『……ってなると、復興期?』
『……本土は戦場になって無いよ?大戦でも、その前の戦争でも』
……あれ?
何か根本的な認識がズレているような……。
パラレル世界の日本……ってわけでもないと思うが……。
『……「国連」って何の略か知ってる?』
『「国際連盟」でしょ?』
『ああ……』
……なるほど。ボタンの掛け違えだ。
彼女の言う「先の戦争」は、おそらく「日露戦争」。「大戦」は「第一次世界大戦」だ。
想定する「時代」のずれ……彼女の産まれは五十年では済まない、もっと昔。
――おそらく、
『……年号は?』
『うーん、大昔で曖昧になってるけど……私が尋常小学校に通ってる頃に、陛下が御崩御なされたから……』
過去を思い返すように、グレタは少しばかり考えて、言葉を続けた。
『……うん。「明治」から「大正」にかけてだね。こっちでは元号も使わないから、大分懐かしいよ』
――彼女は、令和から百年以上前の日本を生きた少女だった。
* * *
『……いやぁ、あっちの世界も、随分と変わったんだねぇ』
グレタは、彼女の死後の日本や世界の社会情勢を聞いて、口を開けていた。まさしく「隔世の感」だろう。
四天王の年齢や近代的な魔法機械の存在から、俺の中で「彼女は昭和中期ごろに転生した」という固定観念を持っていたのだが、その前提にずれがあった。
だが、改めて考えると、百年前のテクノロジーでも、この世界にとっては稀有な技術ではある。石油エンジンや銃、電気も技術として存在していた時代、それは既に「近代」ではあった。
物理法則や埋蔵資源に差異はあれど、社会発展に貢献する技術や考え方はいくらでもあったのだろう。
『けど、大正って俺のひいばあちゃんの世代だよ。もっと古風な言葉話すもんだと思ってたけどなぁ……』
『そのあたりは、オメガルドの言葉を介して話してたから解かりづらかったんだろうね。……あと、女性を面と向かってお婆ちゃん扱いするんじゃありません』
『……すいません』
俺が頭を下げると、彼女はそれを見てけらけらと笑っていた。
……本当に怒っているようではないようで、少しばかり安心した。
『……しかし、便利な世の中になったというか、キミもやけに色々知ってるもんだって思ったけど、そうかぁ……「動画」ねぇ』
『映画は大正時代にもあったんじゃないの?』
『……健康だった頃は、活動写真を見に行く機会もあったけど、そこまで身近ではなかったかな。声を読み上げる弁士も必要だし、療養所では縁遠い存在だったよ』
『あー、サイレント映画の時代か……』
確かに、手元でスマホを開けばカラー映像と音声が気軽に見られる時代とは別物だし、そんな時代からすると「豆知識解説をショート動画で配信」なんて、意味不明だろう。
『……現在のオメガルドで、そこまでの仕組みの再現は不能だけど、動画の持つ情報の娯楽性と没入性は魅力的だね。映像と音声記録の技術は魔導研究所に開発を促そうかな。ガス抜きや愛邦教育にも有用そうだし』
俺の説明不足な言葉だけで、その有用性を理解できるのは、グレタの地頭の良さを感じる。
……プロパガンダに使う気満々なのは、まあ生きた時代と、王という立場ゆえだなぁ。令和の転生者に魔王は務まらないだろう。
……しかし、やはりというか、戦前教育を受けて育った彼女が、日本の敗戦について聞いている時は複雑な様子だった。
戦後復興後はそれなりに平和に暮らしているという話には、安堵も感じられたが、同時に「羨望」を感じさせる部分もあった。
――人は、産まれる時代を選ぶことはできない。
たまたま産まれた時代の中で、社会の中で生き残るために、自分の取れる行動をとることだけが、市井の人間にとってはせいぜいだ。
少なくとも俺は、オメガルドの住人にとっても、グレタの前世の時代にとっても、いささかのんきで、のほほんとした、そんな時代を生きてきた。
……俺の前世の話に触れた時は、流石のグレタも「おいおい…」と呆れた視線を送っていた。「親の金で大学行くなら真面目に勉強しなよ」と彼女の目が語っていた。……反論の言葉もない。
……それでも。
そんなダメ学生でも、生きることを許される世界であって欲しい。
理不尽な力による抑圧や搾取を「あって当然」とする世界になって欲しくない。
……建前であったとしても、市民が自分の思いを国政に反映させる手段が存在していたあの世界を、やっぱり俺は愛おしく思うし、この世界もそれに近づいて欲しいと願っている。
産まれる時代は選べない。だが、それでも、勇者という「生き方を選ぶことが許される」立場になった以上、俺は「誰でも自由に生き方を選べる世界」を、この世界に敷設したい。
……皆は甘ちゃんと言うだろうが、やっぱり俺は、それでいいと思う。
平成生まれの甘ちゃんが安心して暮らせる世界こそが、俺の理想なんだから。
* * *
『……長らく話し込んじゃったな』
『うん、けれど、久々に故郷の話をできて、私も楽しかったよ』
『……ああ、俺もだよ。また機会があったらさ、昔話に付き合って欲しいな』
『ふふ、昔話は年寄りの独壇場だよ?』
『……返しに困る自虐的なジョークはやめてくんない?』
グレタの意地悪な笑顔を見て、俺は苦笑を漏らしながら、部屋に向かって歩き出した。
これから先も、俺の殺生の道は続いていくだろうが……まあ、がんばっていくよ。
できることならグレタにも、俺の育った日本の様な世界を、その目で見てもらいたいと思うから。
* * *
「――ステータス表示」
私は、彼と距離が開いたことを確認し、手元に窓を出した。
……これは、彼の【戦乙女の祝福】を調査する過程で知った、転生者の力。仲間の能力を査定し文書化する、理外の力。
私の転生時点では「彼女」から、これについての説明はされなかった。
彼の話を聞くに、おそらく後世の娯楽作品を模して追加されたものと思われる。
そしてそれは「転生者」「転移者」が漏れなく使える、共通の能力だった。
……うん。
やっぱり、彼の英雄技能【戦乙女の祝福】による魔力の増大はエリスは十倍以上。ぶっちぎり。
そして、リナがそれを追い上げ、少し離れてエミリア、同じあたりでノア。アンナも近衛兵やメイドと比べるとそこそこ向上してるなぁ。
……人の心は数字ではない
けれど、それでもやっぱり気持ちの強さに多寡はある。
……それを覗き見るのは悪趣味だ。
けれど、やっぱり私としては、ずっと一緒にやってきた仲間である彼女たちには、どうにか幸せになって欲しいし、その為なら、ズルいことだってやる。
……「みんなは」ね、ちゃんと恋にまっすぐ、がんばりなさい。
――宙に浮かぶ査定の窓。一覧化された先頭の項目。
私にかかる【戦乙女の祝福】の補正。
私は、目に入ったその数値を見なかったことにして、そっと窓を閉じた。
……自分の心まで数値で推し量ろうなんて、大概に野暮なことだろう。




