#47 ただいま、魔王城
手合わせを終わらせた翌日、俺は城下の離宮から騎龍の駅逓所に向かい、翼騎龍に乗って、壁のような山並みの上にそびえたつ、黒い城に向かって飛び立った。
修行に一年はかからなかったが、季節は冬を越して、麓の木々もすっかり彩度を落としていき、やがて新芽が芽吹き出していた。
……まじめに修行中ということで、あまり触れなかったが、実はこの修行は、年を跨いでいる。
俺は寒くなってきた頃から、適温魔法を使うようになっていた。
ジャンヴォルンは「なんてことはねェ」と強がっていたが、山から吹き抜けるプシュリオールの風は応えたのか、いつの間にかしっかり頼るようになっていた。
……短パン小僧でもあるまいし、意地を張っても仕方ないしな。
そんなわけで、壮行パーティーは時期的に、忘年会の趣もあった。
この世界の暦も、現代日本と同じ北半球仕様である。
当然、この世界に「クリスマス」はないが、元旦はリナとアンナは、統治領や魔王城で新年の挨拶や儀礼で、その間は鍛錬を休みジャンヴォルンとゆっくりしていた。
そこから、年明け早々に胸糞悪い事件の解決に向かうことになったわけで、祝賀気分は台無しだったが。
……まあ、助けた子供たちのいた頃の離宮は賑やかだったな。
いささか情が移り、あの子たちが親元に帰る頃は寂しさも勝った。
あの子たちの心的外傷を思うと「良かったなぁ」などと気楽なことは言えない。だが、俺たちとの短い日々で、少しでも辛い過去の思い出を和らげられたらと願うばかりだ。
そんなわけで、修行はエミリアとノアに引継ぎ。
雪降る日もある冬を越え、春の訪れとともに修行完了を魔王に報告に向かう、今に至る。
「――寒ッ」
……日差しの温かさに油断して適温魔法をかけずにいた俺は、上空の風に身震いした。
「上空だからねぇ。魔王城は結界も張ってるけど、雪が積もってる所も残ってるよ」
……先に言ってくれないかなぁ。
隣で翼騎龍に乗るノアは、ちゃっかり獣人形態、全身を暖かそうな体毛で覆っていた。
アンナはもともと温度差には強く、リナはエミリアの適温魔法で防寒対策は万全のようだ。
俺は、かじかむ手で手綱を握りながら、適温魔法を発動し、寒さを和らげる。
……発動から安定に時間がかかるから、しばらく寒いんだよなぁ。
「しかし、修行は半年かぁ。俺の転移もこのぐらいの時期だったし、この世界に来て一年経つんだなぁ……」
俺は、ここまでの出来事を反芻していた。
現代日本では対面することのない命の危機や殺生。
それを通して、結ばれたり、手放すことになった人々との縁。
「……異世界に、郷愁を感じますか?」
リナは心配げな表情を浮かべる。
……センチな気分が顔に出ていたか。
「……ホームシックは無いわけではないけど、それでもこっちの世界に対しても、里心は湧いてきたしなぁ」
俺の異世界生活は、いささか胃もたれのするほどの密度を感じる、慌ただしい一年だった。
けど、それでも俺は、この世界で暮らす現状を悲観はしていない。
現世で出来なかったこと、残してきた人々への後悔はあれど、それでも俺はこの世界で出来ることをやっていこうという、前向きな気持ちを持っている。
それはやはり、この世界で出会った人の繋がりがあるから、と言う所に尽きるだろう。
中途半端に終わった現代日本での生活に後悔があるからこそ、俺はこの世界での人生を後悔したくないし、関係を投げ出したいとも思えないんだよな。
…………
「くすくす……」
俺を眺め、ノアが性格の悪い笑みをこぼす。
「……なんだよ」
「エリスに会うのに緊張してる?」
「!」
「この世界に来て最初に出会った女の子と、半年も離れ離れだったんだからねぇ。そりゃ、愛想つかされてないか心配なんじゃないのぉ?」
適温魔法とは無関係に、顔が熱くなる。
この、からかいキャットが……っ!
そんなの……不安だって、あるに決まってるだろ……っ!
ずっと隣で親切に支えて、魔族領域にまで着いて来てくれた子を、修行で半年も放り出して……それで修行の師匠はみんな女性って、あの子の目にどう映ってるのか、不安ばっかだよ!
アルフィードであの子に「女性パーティーを組んで旅に出る」って話した時の、俺を見る乾いた視線が、今も忘れられないんだよっ!
あの子から「女癖の悪い男」と軽蔑されてないか……も、そうだけど!
見知らぬ土地で孤独じゃないか、要らぬ心配をかけてないか、ずっと気がかりで……でも、魔王城に顔出す暇があったら、修行に身を入れなきゃ本末転倒だろ!?
彼女に速文魔法を送ろうとして、薄情な物言いになってないかとか、浮ついてないかとか、逆に気を揉み過ぎて変な文になってないかって、何回書き直したことか……っ!
「……お、落ち着きなよ、カイト」
……あっ
……図星を突かれて取り乱した俺は、そんな感じの情けない言葉を、声に出してしまっていた。
金環の四天王の視線が集中し、気まずい沈黙が流れる。
恥が……上塗りされてしまった……。
「まあ、その、本当に不安なんで、あんまりイジらないでください……」
「う、うん……ゴメン」
盆地に広がる「魔都プシュリオール」。その眼前にそびえる連峰。
魔王陛下への謁見……並びに、不安に満ちたエリスとの再会は、間近に迫っていた。
* * *
近衛兵に案内され、俺達は謁見の間に通された。
俺たちは、横並びになりしばし魔王を待つ。
……最初の謁見の時、金環の四天王は「向こう側」で俺と対面したわけだが、それは特例的な措置だったらしい。
というのも、四天王も名目としてはグレタによって封じられた所領の「王」であり、いくら彼女たちが親しい戦友であると言えども、魔王の謁見においては「馳せ参じる」側であるためだ。
あの時は、魔王城に勇者が謁見に訪れるということが、長い魔族領域の歴史においてもかなりのイレギュラーだった。
そんな「勇者」の行動を警戒し、確実に魔王の命を守るという意味でも、魔族最強の戦士たる四天王に、脇を守らせるのが適切だった、ということだ。
つまり、今回四天王と並び、魔王に拝謁する形を取るということは、俺は彼女たちと同じ立場にあると、魔王に……ひいては王城の関係者にも、正式に認められたということである。
隔世の感というか、状況はもう半年前とはまるで違っている、ということだ。
「黒蝕の魔王、グレタ=イーヴリット陛下が、御目見えになられます!」
奥に控える近衛兵が、大きな声で報告する。
俺たちは、その場で、ゆっくりと膝をついて、頭を下げた。
玉座の脇からふたつの足音が聞こえる。
やがて、魔王は玉座に座り、もう一人の女性がその脇に立つ。
それを確認し、俺たちを代表する形で、エミリアが口を開く。
「……金環の四天王並びに、魔族領域の盟友『勇者カイト』、黒曜計画の完了について報告すべく、陛下の御前に馳せ参じました」
「うむ」
魔王は、威厳を感じさせる声で、エミリアの言葉に応える。
「半年に渡る修行、誠に大義であった。面を上げよ、金環の四天王……そして我が盟友『カイト』殿」
――眼前には、半年ぶりに顔を合わせた、二人の女性の姿があった。
威厳を感じさせる紫の服を身にまとった、美しい赤いストレートヘアーを棚引かせる、大きく歪曲した角を持つ一人の少女。
脇に伴うのは、筆記用具を手に持った、オレンジがかったブロンド髪の栄える、シックなメイド服を着た女性。
「それでは、報告を聞かせてもらおうか」
かくして、俺たちは儀礼的なあいさつを終え、この半年の成果についてを、魔王に報告した。
* * *
――謁見の間での報告は最低限。
おおよその内通者は先の一件で排除したとはいえ、やはり「貴種選民独立自治同盟」の目も懸念される中、具体的な戦力や情報の共有については、他の者の目もある中では行えない、ということだ。
人払いを済ませた後、俺たちは「ITベンチャーの休憩室みたいな部屋」……もとい、重要機密戦略会議室へと向かう。
対組織の具体的な戦略は、これからもこちらで行うことになるだろう。そのため、俺たちは王の現れた通路を通り、人気の少ない廊下を移動中だ。
俺の前を、グレタと四天王が歩き、隣にはエリスが歩く。
…………
……気まずい。
魔族領域に……魔王城にやってきた頃の俺たちは、冒険の日々の延長線上であったため、「仲間」としての自然な距離感をもって、お互いを認識していた。
特に心理的ハードルもなく、素直に話せていたはずだが……今の俺は、何から話せばいいのか、適切な距離感はどの程度なのか、よくわからなくなってしまっていた。
それは、先程、翼騎龍の上で、ノアにからかわれて取り乱したからというのもあるが……。
加えて、再会の前に、謁見という儀礼的な過程が挟まったことで「やっと会えて嬉しい!」という気持ちの高ぶりを抑えて乗り切ったことで、いざ話が出来る機会が訪れた時、何から切り出せばいいのか、迷子になってしまっていたのだった。
彼女は、俺と別れてから魔王城でグレタの侍女を務めていたという。
最近では、一定の読み書きも出来るということで、グレタの指導の下で書記官に近い役割を担う場面も出てきたらしい。
彼女は、アルフィードに居た頃とは違った形で、自分のキャリアを形成し始めている。
それは、いつも一緒に旅をしていた俺たちが、離れていた半年ほどの期間で、別の道に向かって歩き出したような。
別の学校に進んで、他のコミュニティで友達を作った元同級生と、何を話せばいいのかわからなくなるような、そんな感覚だろうか。
……彼女だって、俺と話したくないわけでは無いと思う。
いくら、俺が女性に囲まれてテンパる情けない男とは言え、エリスが「私と離れてた間、他の女性と楽しく過ごしていたようですね」なんて悪態をつく子だとは思えないし……。
……正直、まったく言われないのは、かえって後ろめたいというか、無関心なんだろうかとソワソワする、みっともない気持ちもあるけれど。
ともあれ、エリスも、俺と同じ気まずさを感じているのかもしれない。
……だったら、相手から声をかけられるのを待つより、俺からちゃんと話すべきだろう。
……よし。
「あの」
「あの」
……タイミングがぶつかってしまった。
「す、すみません……勇者様から、お先にどうぞ」
「えっと……」
思わず、譲り合いをしそうになったが、多分気まずい応酬が続くだけだ。
何より「気まずいから、エリスから先にお願い……」なんてヤツに、彼女の「勇者様」は務まらないだろう。
「……その、さ」
「…………」
「半年ぶりに……エリスに会えて嬉しいよ。グレタのそばで立派に働いてるみたいで、安心した」
「…………」
「エリスは、俺の最初の仲間で、ずっと一緒に冒険してたから……正直、長く会えないのは寂しかった。だから、謁見の時に久々に君を見て、ホッとした。……ごめん、上手く言葉に出来なくて」
――エリスは、口を開かない。
……実際の所、だ。
俺はこれから先、任務で大陸を駆けまわることになるんだろうけど、エリスと「旅の仲間」だった頃のように、また一緒にいる時間は取れるんだろうか。
そのあたりを考えると、俺と彼女のこれからは、修行中と大して変わらないようにも思える。
俺の思いとは裏腹に、「エリスと穏やかな時間を過ごすこと」は、遠い夢なのかもしれない……。
「勇者様」
「……うん」
「その、私もずっと……、あなたに、お会いしたかったです。修行は、つらくはありませんでしたか?」
……肉体的につらいことは相応にあったけど、やめたくなるほどではなかったな。四天王への相互理解も深まったし。
それに、エリスを守り切れなかった「あの日」を繰り返したくない俺にとって、実力がつくことは、確かな歩みに感じられたんだ。
「大丈夫。もう俺は、俺のことを大事にしてくれるエリスを、悲しませるようなことはしないし、させないよ」
「…………」
「俺は、これからもずっと、君の『勇者』だよ。だから、一緒に頑張ろうな」
「……はい」
エリスの返答。俺は、会話の中で彼女の顔を見てはいない。
……顔を真っ赤にしていることは、容易に想像がついたからである。
(ちょっと、エミリア、ノア、リナ……顔赤くして黙らないでよ……気まずいでしょ……)
(うーむ、敵は難攻不落ですねぇ……)




