#46 「真の仲間」になろう!
――龍王の拳が、俺に迫る。
空中に跳躍していた俺は、背筋を海老反りにして、その腕にまとわりつくように回避行動を行いながら、影を編んで作った木剣でアンナの首に斬り込む。
それを予期したように、彼女の首筋には赤い鱗が表出する。
渾身の力を込めたその打撃は、硬い鱗に弾かれるが、俺は影の密度を籠手に集中させて、反作用の衝撃を防具に回し、手首への負担を軽減する。
横薙ぎに俺の身体を振り払う右腕の動きに合わせ、俺は背筋を戻して衝撃の緩和を行いつつ、その反動を使ってアンナから数メートルほど距離を取る。
俺は、影を編んで作った「幅広の木剣」を「レイピアを模した木剣」に変形させた。
そして、ネコのように空中で体幹を捻って着地姿勢を取り、バックステップで距離を開けながら、突きの姿勢を取った。
それを止めにかかるように、こぶしを握って駆け寄るアンナ。
「――梟っ!」
体幹を捻るアンナの回避。
だが、右脇を掠めた遠隔刺突は、空中で軌道を旋回させて、彼女の背後に回り込む。
それを予期したように、アンナの腰に展開される鱗。
俺の放った剣閃は、その軌道を急速に上に向けた。
そして、彼女の展開した鱗の目と逆方向に、鱗の隙間に差し込むように、木剣の遠隔軌道が突き刺さった。
「――くっ!」
不意の衝撃を受け、一瞬だけ表情を歪め、アンナはその瞳を赤く滾らせた。
「――そこまでっ!」
殺意にも近いアンナの闘志を遮るように、リナは勢いよく右手を上げた。
その「横槍」を受けて、アンナは我に返ったように、ぎゅっと握りしめた拳を緩め、その場におろした。
魔族領域での修行開始から、半年と数か月。
ついに俺は、龍王アンナとの打ち合い稽古で、彼女に有効打を与えることに成功した。
* * *
「いや〜、ついに、アンナから一本取れるようになったねぇ……」
メットを解除して汗を拭き、水を飲んでいる俺の横で、けらけらと笑いながら、ノアは声をかけてきた。
アンナは、振り上げた拳の降ろしどころとして、俺とエミリアが影で編んだ数体の木人形をへし折り、ストレス発散中だ。
「……言っても、膂力も技巧も、金環の四天王のそれに及ばないわけだしなぁ」
……木人形も、人間の背骨以上の強度はあるはずだし、直撃喰らったら、俺もああなるんだよな。
やっぱり、「試合」じゃなく「殺し合い」でアンナと向かい合うのは、もう御免だ……。
……俺は、育成スケジュールの修了として四天王の全員と立ち会って一本を取った。けれど、これをもって「四天王より強くなった」とは今一つ思えない。
そもそも、今回の手合わせだって、ガンミトラスの時のように「龍鱗剣」を持ち出して打ち合ったわけでもないわけで、前提として「殺し合いにならない」ように、俺の現状に合わせた調整をした上での立ち合いだ。
すべてを踏まえた総合的な戦闘力は、やはりアンナに軍配が上がるだろう。
「相変わらず卑屈ねぇ。アンナに有効打を入れられる者なんて、魔族領域にもほとんどいないんだから。素直に達成感に浸ればいいのに」
エミリアは、ため息をつきながら、俺を見た。
「いや、そりゃ嬉しいけどさ。それで満足するのも違うというか、みんなと対等の戦士になれたわけでは無いし、道半ばだろ」
そもそも「一本取った」というのも、幾度もの敗北の上でどうにか一勝をもぎとったというだけの話に過ぎない。
達成感や喜びはあれど、有頂天になれるわけもない。
「……第一、みんなは『奥の手』だってあるだろ?アレ使われたら絶対勝てないし、やっぱり、まだまだだよ」
エミリアとノアは顔を見合わせた。
「……【戴冠】のこと?」
「ああ、猪妖魔領で、姿を変化させて敵軍を殲滅してただろ。巨大な龍とか、黒い大型獣人に姿を変えたりとか、軍勢を影の剣で追尾殲滅したりとか、何キロも先を剣で狙撃したりとか……アレを見た後だと、俺の力なんて微々たるものだろ」
そんなことを話していると、木人形をぶち壊し終えたアンナがこちらに近づいて来て、話に加わった。
「……あれはさ、そう簡単に使えるものじゃないんだよ。鍛錬の最終目標に据えるものでもない」
「えっ……」
「考えてもみなよ。魔都に敵の潜伏先の建物を発見したとしてさ、私が市街地で大海龍に姿を変えて暴れたら……どうなる?」
…………
……都市機能が止まるな。
「……つまり【戴冠】は、対軍かつ、周辺への被害が懸念されない、極めて限定的な状況下でしか使えないんだよ。私たちは、『体制側』の戦士であり、市民への被害を手段に組み込む『無差別破壊』の様な戦い方は出来ない。必然『普段の姿』が、わたしたちの行使可能な、現実的な実力ってことになるのさ」
……なるほど。
たしかに、俺もあの戦いで大母聖教会の大魔法「火球神罰魔法」を使ったわけだが、それまでの冒険でこの魔法を使うことはなかった。
それは、パーティーメンバーに対する引け目とかそういう話も……ないではないが、それ以前に「そんな危険な魔法を使う場面が、どこにあるんだよ」って話で。
例えば、人質を取られる場面で、超威力のぶっぱ魔法を持ってることは、大して意味をなさない。
もっとも、あの時の戦場のように、使用が可能な状況が発生すれば、そうした手段を持っている方が状況を打開できる確度は高いが、大抵の場合では戦闘圏を数メートル内に絞った、タイマンや多対一の向けの剣術や魔法があれば充分ではある。
納得して頷く俺に、ノアが補足する。
「今回の修行における、カイトの育成方針もそれだよね。魔王様はキミを戦略兵器としてではなく、全環境対応型の戦士として仕上げたかったの。だから、エミリアの扱える魔法の中でも、破壊を目的としたものより、戦士としての経戦能力や、潜入に向けた応用性を高める影編魔法を選んだんでしょ」
「……なるほど」
「それにね、【戴冠】は下準備とか発動時間とか、制約も多いから、あまり頻繁に使うようなもんじゃないの。私やエミリアみたいな機動力や魔力にリソースを割いてるタイプでも、短期決戦が求められる時の切り札に使ってるに過ぎないのさ」
「……というか、魔王様の魔法に依存する力でもあるから、使用には承認が必要だし、純粋に私たちの実力だとも言えないしね。あまり対抗意識を持つところでも無いわ」
……そう考えると、隣の芝が青く見えてただけなのかもなぁ。
変に無いものねだりをせず、今ある力に満足した上で、それを上手く活かして立ち回る機転を身に着けていくことが肝心か。
「カイトさん」
機を見て三人の話に加わるように、リナが口を開いた。
「確かにあなたは、一つ一つの分野を見れば、全力を出した金環の四天王に及ばない、というのは事実です。それは【戴冠】という理外の力を除いても、身に染みた実戦経験における機転などの差で、応用的な発想が一歩遅れてしまう、などといった形でも現れるでしょう」
「…………」
「自身の未熟は、未熟であるほどに気付けないものです。ここは、より多くの実戦経験を積むことでしか補えないでしょう」
……流石に、リナの指摘はストレートで、胸に刺さる。
いかんせん、チート持ちという立場上、理外の力である【戴冠】にばかり気を取られ、自分の未熟さを直視できていなかったということだ。
恥ずかしいけれど、自覚をさせてくれたのは、本当ありがたいことだ。
「……けれど、」
リナをなだめようとする、ノアやエミリアに先んじるように、リナは続きを口にする。
「アンナさん、ノアさん、私が複雑な魔法を使えないように、エミリアさんが近接戦闘を苦手とするように、人には出来ないことも多くあります。あなたの力は、そうした『苦手』を克服するための導き手とも言えるでしょう」
「…………」
「それはつまり、味方の『できないこと』を支える役割を常に担えるようになる、ということです。あなたは、万能の戦士の資質を持ちますが、それでも一人で闘うわけでは無いんですよ」
……そう、か。
俺は「一人でも最強」を目指す必要は無いんだな。
考えても見れば、直近の敵拠点の壊滅任務も、リナとアンナ、ジャンヴォルンと協力してあげた成果だ。
一人でも戦える力は、あるに越したことはないが、四天王と言えども、常に一人で闘うわけでは無い。状況によっては、自分の強さより、仲間のサポートが重要になる場合だって、ある。
人間領域での冒険の最後、ジーン、メル、カトレアとの別れがトラウマになっていたからかもしれないが、俺は、周囲の人たちが俺を「仲間」と認めてくれるかに、不安があった。
……命の危機に際して、ジャンヴォルンに助けてもらえるかに不安を持っていたのも、今になって思えば「もっと兄弟弟子を信じてやれないのか?」と言いたい。
「……謙虚で向上心があるのは、あなたの美徳です。けれど、あなたが思う以上に、あなたは周囲に認められているんですよ。自分を蔑まず、誇ってください」
……そう、だな。
いつまでも、過去にとらわれていても仕方ないんだよな。
少なくとも、この半年の修行期間を通して、金環の四天王は、もう俺の敵ではなくなった。
彼女たちは、俺の師であり、友であり、背中を預け合うべき戦友だ。
そこに、変な引け目を感じて、壁を作るべきではない。
……顔を上げて、前に進もう。
彼女たちの横に並び立つことを恥じない、そんな自分になれるように。
俺の存在を誇らしく思ってもらえる、彼女たちにとっての「真の仲間」になれるように。
俺はリナに、アンナ、エミリア、ノアに、頭を下げた。
「……ありがとう、リナ。みんな。俺に力を与えてくれて」
今日までの鍛錬は、魔王であるグレタの命によるものだ。
それでも、彼女たちが勇者である俺の存在を受け入れ、仲間として共に歩もうと、手を差し伸べてくれたから、今の俺がここにある。
「……まだ、俺は未熟者だけど、それでもさ。これから、みんなと一緒に、がんばるよ」
「……ええ。がんばりましょうね。カイトさん」
乾燥した冷たい風が頬を撫でる、黄金色の草原。
その景色とは対照的に、若草の様に鮮やかな黄緑をしたリナの瞳は、そっと柔らかな微笑みを、俺に投げかけていた。
(……うわー、リナの笑顔、ほっぺ赤くしちゃって)
(手合わせでも、一人だけ群を抜いて強くなってたし、【戦乙女の祝福】の効果、露骨だよなぁ……)
(勇者への気持ちひとつで、軍事力が左右されるなんて……一体どうなるのかしらね、この国は……)




