#43 アイベリク侯・爵位授与
――爵位の授与は、一般的には臣下を王都に召喚し、謁見の間で取り行うのが通例だ。
王たる者、軽々しく王都を離れ、臣下の元に出向くことなど、そうありはしない。
此度の爵位授与式典は例外である。
先のグルドンド候の暴走により、カイローンの軍に大きな損耗が生じたこと。侯爵の戦死に際して治安も乱れ、民も疲弊していること。
それを踏まえ、爵位を授与するアイベリク家当主を魔都まで参勤させることは、領内に混乱を招くので懸命ではない、という判断だ。
……もっとも、これは建前であり、実態は「カイローン丘陵自治区に魔王軍の武威を誇示するため」である。
これより、龍王軍と森王軍は、混血猪妖魔に訓練を施し、辺境治安部隊を編成して統治にあたる。
猪妖魔領で常態化している人間領域侵犯や、連邦法の逸脱を取り締まる魔王直属の兵として彼らを配置すること。それを、アイベリク家当主に衆目の場で認めさせるために、此度の行幸は行われている。
* * *
「……んだがね」
龍王アンナは、魔王からある程度距離の空いた場所で、腕を組みながら、祝宴を催しているホールを見渡す。
オレと師匠も、龍王と並ぶように立ち、成り行きを眺めていた。
小一時間前、魔王グレタの前で跪き、勅許状の読み上げられる中で、忠誠を誓い爵位を授かった「ヴォンレイズ=アイベリク」。
奴が主催を務める祝宴に参加する形で、魔王グレタはホールの上座に座り、運ばれてくる料理を食っている。
……が、祝宴に参加する連中の会話の流れは、常にヴォンレイズのオッサンを引き立てるように誘導されている。
魔王そっちのけで、わざとらしくヤツを褒めたたえたり、おべっかを使う連中ばかりだ。
……反面、魔王に送られる視線は、どうにもイヤな湿度を感じる陰湿なものばかり。
昔、オレに対して「プロシューダ様の息子」と、わざとらしいおべっかを使って、遠回しなイヤミを抜かしていた、道場のガキどものように。
……つまるところ、魔王は、この場において圧倒的なアウェーであり、「恐れ多い」という建前の元で、爪はじきにされ、舐められてるわけである。
初めての謁見で、魔王にブルって膝をついたオレからすると、いささか信じられない光景だが、魔王の側も相手方を威圧しないようにと、魔力の封印を普段よりも強めて、この式典を執り行っていたらしい。
……そのため、連中にとって魔王は、戦闘力を持たない、ちっこい「ガキ」にしか見えていない、というわけだ。
グルドンドの軍を壊滅させた、森王と龍王も同席してるってのに、怖いもの知らずなこった。
……が、まあ奴らは、速攻で戦線から退避したって話だからな。ヘタレ過ぎた結果、逆に怖いもの知らずになってる、ってところだろうか?
あるいは、「貴種選民独立自治同盟」という後ろ盾を持っていることで気が大きくなっているのか。
……虎の威を借るのは良いが、目の前にいるのはその組織を壊滅させることに燃えるバケモノで、テメェらはお目溢しで生かしてもらってるだけだってのにな。
……オレも含めて、猪妖魔全般に言えることだが、目先のことしか見えてない連中が多すぎるというか、率直に言って、後先考えないバカが多いんだよな。
身体がデケェ分、気が大きくなって調子に乗りやすく、実際に痛い目を見るまで学ばない。親父殿もそうだし、オレもそうだった。
宴は進み、アイベリク家の用意した余興として、二人の道化が、上座の前で小芝居を始める。
道化どもは、それぞれグルドンドとアイベリクの勢力を演じているらしく、それぞれの家の紋章を模した絵の描かれた前掛けをしている。
おおよその内容は「愚かな旧体制のグルドンドを下し、賢いアイベリクは、魔王に臣従し、永く栄えましたとさ。めでたし、めでたし」だ。
……面白ェか、これ?
実家をバカにされたのはわかるが、しょうもなさ過ぎて怒る気も起こらん。
……のだが、横の森王と龍王の両閣下は、オレ以上に血管を浮かせていた。どうやら、小芝居の最後に「この場でもっとも偉大なお方に、忠誠を誓います」と、ヴォンレイズのオッサンの方に跪く演技をしたのが、逆鱗に触れたらしい。
奴は、道化に向かって「間違えるでないわ、無礼者が」などと注意したが、その表情は半笑いだった。要は「わざと」ってことだ。
つまり、ヤツは道化を使って、魔王に「ここで一番偉いのはテメェじゃなく、オレなんだよ」とアピールしたわけだ。
……しょーもな。
貴族のパーティーってのは、こういう陰険で遠回しなイヤミで、マウント取り合うもんなのか?
出世欲、萎えてくんなァ……。
「いやはや、我が道化が、陛下に粗相を致しました。申し訳ありませぬ」
「……構わぬよ、道化に当たり散らすとあっては、王たるものの器としては、いささか矮小であろう?この祝宴は、卿が余を歓待し、その忠誠を示すものなのだから、些末なことに腹を立てる狭量な姿を見せていては、余の立場も無かろうよ」
「陛下の寛大な御心には、感服するばかりでございます」
「しかし……道化師か。学識のある道化であれば、耳に痛い提言をさせることも叶うやもしれぬ。王たる余としても、宮廷に道化を囲うのを考えても良いやもしれぬ。まこと興味深い余興であった」
「気に入って頂けたようで、恐悦至極でございます」
相変わらず、アイベリクのオッサンは不敵なニヤニヤ顔で魔王を眺めている。
……まあ、魔王サマも、イヤミ言われてることぐらいわかってるわな。
師匠も龍王も、流石に魔王があの態度である以上、ブチ切れたりはしないだろう。
……だが、だ。
舐められっぱなしで済ませて良いわけもない。
魔族社会は実力主義、いつどこで下剋上が起こるかわからん。
それで、上と下から挟まれるように潰されたのが、オレの親父殿なわけだが……アイベリクの連中も同じように調子に乗って、イタチごっこになるってんじゃ、仕方ねェ。
……だからこそ、今日ここで、示しをつけるって意味でも、連中に誰が主人であるかを「わからせる」必要がある、ってわけだ。
「……時に、アイベリク新侯爵」
「……はっ」
「余も、此度の祝宴に際して、貴殿の働きを讃える余興を用意しておる」
「……陛下、みずからですか?」
「うむ。余も所詮は成り上がり者の王ゆえ、堅苦しい催しは苦手でな。……きっと、楽しんで頂けることだろう」
――魔王グレタは、オレたちに視線を送った。
いよいよ、始まるようだ。
敵と内通していたことまで、すべて暴かれているにも拘らず、調子に乗り切っているアイベリクの連中への、魔王直々の「忠告」が。
「……いやはや、宴席で偉大なる陛下に気を遣わせてしまっては、我が家名に傷が残りましょう。お気遣いは嬉しい限りですが――」
「魔器召喚魔法――」
引き続き場を仕切ろうとする、アイベリクの言葉を遮るように、魔王グレタは右手を真上に上げ、詠唱を完了させた。
……宴席にどよめきが走る。
宴の場において魔法の使用は、武器を手に取るにも等しい行為だ。
「!」
……そして、展開された魔法陣から召喚され、魔王の手元に落ちた「それ」は、正に「武器」そのものだった。
――「弩杖」。
「……そ、それは」
「……おや?この玩具を、ご存じなのかな?アイベリク候」
「えっ……あっ、い、いえ……」
ヤツは、口をもごもごとさせて言い淀んだ。
そして、奴の臣下たちも、その奇怪な「杖」を見て、誰一人として動くことは出来ずにいた。
それは、「弩杖」の力を恐れたから……ではない。
ヤツらは、この武器を、「武器だ」と認めることはできない。
グルドンドに唆された被害者を気取るヤツらは、「弩杖」の存在を「知っていてはならない」のだ。
……無論、この武器の製造にアイベリクが関わっていることは、鬼王エミリアの得た情報から、魔王は完全に把握している。
その上で、あえて奴らの前でこれを見せつけることで、ヤツらの慢心を揺さぶってみせた。
さながら、「余を、何も知らない莫迦だとでも思っているのか?」とでも、詰め寄るように。
「……持っておれ、ジャンヴォルン」
「はっ」
魔王は、オレに弩杖を投げて寄越した。
撃たれるのではないかと、冷や汗まみれになっていたアイベリク当主は、詰まっていた息を少しばかり吐き出した。
「ふふ、グルドンド候の製造していた『最新兵器』だそうだ。どうやら、あらかじめ聞いていた通り、アイベリク家はこれについて、『関知していない』ようだな」
「はっ……はい、そのような杖、私どもは見たことも、聞いたことも……」
「……ふむ、そうか。それは困ったな」
「……は?」
「ジャンヴォルン」
「はっ」
「どうやら、この場に居る者は『これ』について、本当に何も知らないらしい。ここは、実演が必要だろう」
「…………」
宴席の給仕たちが、隠し持っていた剣に手をかけるより先に、オレは弩杖の照準を合わせ、引き金に指をかけた。
「――撃て」
「御意」
――ホールに響き渡る轟音。
眉ひとつ動かさない、森王と龍王。
目を見開き、口をあんぐりと開けるアイベリク候。
――上座で、頭から血を流し、倒れ伏せる者。
それは、魔族領域の盟主「黒蝕の魔王」グレタ=イーヴリット、その人だった。




