#9 「ネコちゃん」と遊ぼう!
「よーし、じゃあパーティー共有アイテムは揃えたし、装備は各自で必要備品を調達してきて。領収書はエリスに渡して、ゴールド銀行に振込してもらう流れで。……解散!」
俺の号令を受け、パーティーは各々の用のある店に向かっていった。
転移からはや三ヶ月。正直まだ三人とは「仲が良い」とは言い難いが、それでも一定の信頼関係は築けてきたように思う。
力の調整もうまく出来るようになってきたし、過度にカマトトぶらなくても「常識的な範囲で」戦えるようになったため、前ほどギスギスする要素も無くなり、「ハーレムバフ」の効果も安定してきている。
……恋仲でもあるまいに、ハーレムって表現、気持ち悪いよな。
そして俺も、流石に山賊やゴブリン討伐でゲロを吐くことも無くなった。人間、慣れってのはある。それでも、死体を埋葬する俺の姿は、仲間たちからすると奇妙に映るようだ。
彼女たちの「罪人にかける情けなし」という、ドライなスタンスは、俺にとっていまだ相いれない所ではある。お経を唱えれば仏になって極楽に行ける、悔い改めれば天国に行ける、ってのが地球基準だからな。
この辺は「宗教観の違い」と言いたいところだが、僧侶のカトレアの前で異教徒ムーブするのは正直気まずい。想った以上に宗教観ってのは、深い断絶になるもんらしい。日本人も、根っからの無宗教ってわけじゃないんだな。
まあ、敬虔な僧侶なら埋葬ぐらいしてやれと思うが。こっちの女神は愛を説いてないのか?
……説いてなさそうだなぁ。
そんなわけで、装備調達を済ませた俺は、広場でぼんやりと空を眺めていた。
この異世界には、大小の月がふたつ。「餅つき兎さん」の代わりに、「狼」と「髑髏」みたいな模様が刻まれている。善悪二元論の象徴みたいになっていて、狼の紋章を掲げる国や家柄は枚挙に暇がないようだ。かたや、魔族は髑髏を押し付けられているらしい。かわいそうに。
……うん、流石にいつまでもホームシック感じてるのも建設的じゃないし、こっちに馴染んでいかないとなぁ。三人にもウジウジした男と思われるだろうし……エリスにも心配をかけてしまう。本当、やさしい子だと思う。
彼女を危険な旅に連れて来たくはなかったけれど、こと戦闘以外において、彼女の能力はパーティーの兵站を一手に支えていると言っても差し支えない。
ぶっちゃけ、チート頼りの俺もそうだし、パーティーの三人とも、戦闘しか頭にない……言い方は悪いが、脳筋の集まりだ。金銭管理、経理処理、食料調達と調理、宿の予約など、エリスの担当する「戦闘以外」の庶務は、間違いなく「無くてはならないもの」だ。縁の下の力持ちってこういうこと言うんだろうな。
………………
「……ん?」
俺の視線の先に、ベージュと白の縞模様の子猫が、ちょこんと座ってこっちを見つめていた。猫ってあんまり目を合わせたがらないもんだけど……異世界の猫ってそうでもないのか?
……かわいいな。
「おぉ、猫ちゃーん。ほれ、こっち来い」
「にゃーん」
……あっ、逃げた。
………………
みんなとの合流は宿にチェックインするタイミングになるし、夕方ぐらいまでは暇だよなぁ。
……うん、血なまぐさい異世界の癒しだ。ちょっとばかり、この野良でも追いかけてみるか。
怖がらせないように、少し視線を逸らして、距離を取りながら、な。
* * *
猫を追いかけて路地を進んでいく。石れんが造りの高い壁の合間を縫って、奥へ、奥へ。
……中世世界の暗い路地を単独行動ってのは、いささか無防備な感じもあるが、まあ剣は持っている。無法者に襲われても何とかなるだろう。
やがて、路地を抜けたその先。開けた空間。
追いかけて行ったベージュの猫は、積み重なった木箱の上に鎮座する黒猫に一瞬視線を送り、その場から逃げ去った。
静寂に包まれた薄暗い路地。脇から差し込む、一本の日の光の筋に照らされて、ある種の神秘性さえも感じさせるその猫は、置物のようにじっとこちらを見つめていた。
艶やかな黒い毛並みに、鮮やかなオレンジの瞳。吸い込まれるような鋭い瞳孔は、一瞬たりとも俺から視線を外さない。
ふてぶてしさ……よりも、威厳や迫力を感じさせる存在感。こいつが……このあたりのボス猫か?
俺と目を合わせたその黒猫は、一瞬、とても猫には似つかわしくない、口角を釣り上げた笑顔を浮かべたような、そんな気配がした。




