#0 転移より半年後、アルフィード東部の国境線にて
――俺は今、開けた荒野を臨む物見やぐらの上にいる。
これは、アルフィードの国軍によって建設された、緩衝地帯から人間領域への魔族の侵入を見張るための設備だ。
……だが、肝心要の国軍はこれを放棄して撤退している。そんなわけで、俺が有効活用している、という次第だ。
眼前には「猪妖魔」の大軍……「数えきれない」と表現したいところだが、それではいささか当事者意識に欠けるというべきか、他人事みたいになってしまう。
……うーん、体育館に入る全校生徒が五〇〇人ぐらいとすると、その十倍……五千人ほどかな。現実味のねぇ数字だ。
軍団はおおよそ五〇〇人の半分……二五〇人ぐらいが一塊になって、綺麗に整列している。
後方の部隊は鎧とか着てる雰囲気ないな……弓とか魔法とかで武装してんのかな?
あとは投石器……接敵中に岩ブン投げられるのは警戒しないとな。味方ごと巻き込んでまで投げて来るかはわからんけど……現代倫理なんて通用しない世界だしな。
あとは、騎兵はいないが、一部の「猪妖魔」や「蜥蜴妖魔」は、ドラゴンというか、大トカゲみたいなのに騎乗している。時々聞こえてくる、地鳴りみたいな唸り声はアイツらの咆哮かな。近所迷惑な連中だぜ。
――乾いた風が頬を撫でる。
昨日、浴びるほど飲んだ酒の酔いもすっかり抜けて、身体は十分まともに動く状況だ。俺は、やぐらの梯子をゆるく掴み、するすると下へと滑り降りて行った。
降りた先の、砂を含む風が流れていく大地。
――隣を任せられる粗暴な「戦士」も、
――砂っぽい空気に文句を垂れる育ちのいい「魔術師」も、
――世を乱す魔族に怒りを燃やすお堅く敬虔な「僧侶」も、
――そして、
――俺の一番信頼していた「あの子」すらも、
――誰一人として、やぐらの下にはいなかった。
「……はは、寂しいけど自業自得か。こんなになってまで、誰が俺に着いてきてくれるよ」
今の俺には、大切な仲間も、帰る場所も、身を守る「チート」さえ、もはや存在しない。
……ただ、ただひとつ。
実感の薄い空虚な「使命」だけが、俺を、猪妖魔どもの軍勢に向けて、突き動かす。
――けれど、これで良かったのかもしれない。
もとより俺は、WEB小説みたいなチート無双が大嫌いで、ハードボイルドな主人公に憧れていた。人間の魅力は責任の後についてくるものだと信じて、その真に「強い」生きざまに憧れていた。
そう考えれば、俺みたいな元ボンクラ大学生に、こんな晴れ舞台は、出来過ぎなぐらいだ。
だったら、最後まで演じてやろうじゃないか。……「勇者様」を、さ。
俺は、大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
―――― しかと聞けッ!悪しき妖魔の群れよッ!
―――― 我が名はアルフィード王国の勇者「カイト」ッ!
―――― 魔族より人類領域を護る、異世界より遣わされた理外の守護者ッ!
俺の放った「勇者」という単語を聞いた軍勢に、一瞬、どよめきが走る。
無法者が相手とは言え、勇者の雷名は有効というわけだ。
……このまま帰ってくれねぇかな。
……くれねぇよな。
弱気になった自分に内心自嘲を漏らしつつ、俺は再び息を吸った。
―――― この先は人間の世界ッ!貴様らの居場所はどこにもないッ!
―――― 一歩でも境を越え、大地を踏んだ者は、その生命、亡き者と知れッ!
―――― そうと知って尚、我らの安寧を脅かそうというのならば……
俺は、剣を抜いて、俺の名乗りを静聴する軍勢にその切っ先を向けた。
―――― 来るがいい、魔族どもッ!!
―――― この勇者が、直々に冥府に送ってやるッ!
……鬨の声が上がる。
やべぇ、大将首が一人で現れたみたいな空気にして、かえって士気上げちまったかも。
………………
……まあ、いっか。
どの道、帰る算段なんてねぇんだ。もう先に馬も返しちまったしな。
俺の異世界の旅の締めくくり、最後の最後なんだし、ちゃんとカッコつけて幕を引くってのも、悪かないだろ。
――猪妖魔の軍勢が、俺の元に押し寄せる。いよいよ開戦だ。
さて、じゃあ、張り切って……
「……死ぬとするか」
俺は、ロングソードを構え、奴らと向き合った。




