雑文純文「その部屋で泣いてはいけない。何故なら君の涙はダイヤモンドよりも美しいから僕の心が揺らいでしまう・・」
その部屋では、今ひとりの女性が泣いていた。その手元には涙で文字が滲 (にじ)んだ書きかけの手紙があった。
そう、女性は付き合っていた男性に復縁を願う手紙をしたためていたのだ。
そんな彼女をひとりの影の薄い男性が黙って後から見つめている。しかし、女性はその事に気付いていないようだった。
何故ならばその男はこの部屋に憑いている呪縛霊だからだ。
だからと言って実害がある訳ではない。そもそも女性はこの男の存在を認識していないし、男もポルターガイスト現象を起こせる程の霊力を持っていなかった。
そう、あくまで男はそこに『いるだけ』の存在でしかなかったのだ。
『知覚できないモノはいないのと同じ』
これは某素人小説投稿サイトで読まれ具合が一桁の作品と共通する厳しい現実と同じだ。
まぁ、幽霊の中にはその事を逆手にとって様々な場所を覗きまくるやつもいるらしいがそれだけだ。そもそもそんなやつは幽霊仲間からもハブられるので一生?『ぼっち』である。
死んだ後もずっと孤独・・。身からでた錆とはいえ凄まじい罰である。
だが、この部屋に憑いている男は場所に囚われているとは言ってもその行動範囲は広かった。その気になれば世界の果てまで移動する事ができたのである。
但し3時間33分以上部屋を離れていると、次の瞬間強制的にこの部屋に戻されてしまうらしいのだが・・。
そして幽霊の癖にこの男はこの部屋の女性に恋をしていた。勿論幽霊なので見守る事しか出来なかったのだが、それでも男は幸せだったらしい。
勿論男は女性のプライバシーを尊重している。なので決してお風呂タイムを覗いたりしなかったし、女性が着替えを始めたら部屋から出て行った。
ただ、女性が恋人を部屋に招いた時は、嫉妬心からなのか相手をストーカーし事細かに相手の身元調査をしたのは致し方ないことであろう。
そしてその相手がどうしようもないやつだった事を確信した時はとても落ち込んだ。
そう、実は女性の相手は結婚詐欺師だったのである。だがその事を女性に警告する術を男は持っていなかった。
なので女性は真実を知らないまま貢ぐだけ貢いだのち捨てられたのだ。
しかし真実を知らない女性は自分がいたらなかったからだと自責し、至らないところは改めるので戻ってきて欲しいと女性の誕生日に相手から贈られたダイヤモンドの指輪がはめられた指先にて手紙をしたためていたのである。
勿論その指輪は本物ではなく、アメ横辺りで1980円で売られているパッチモンだった。つまり偽物である。
だが、その事を知らない女性にとっては値段に関係なく大切な宝物なのだろう。なので相手に捨てられても外す事が出来なかったようである。
だが手紙を書き終え封をしたところで、筆を持つ女性の指が止まった。そう、何故ならば女性は相手の住所を知らされていなかったからである。
その事に女性は再度涙する。そして泣き疲れてしまったのかそのまま眠ってしまった。
そんな彼女に対して幽霊の男は何もしてやれないもどかしさに苛立っていた。そう、幽霊故に物体に干渉できない男は眠る彼女にタオルケットすらかけてやる事が出来なかったのだ。
そんな自分の不甲斐なさを男は呪った。そして少しでも女性を慰めたいという気持ちから、触れる事も出来ないくせに彼女の涙を拭おうとした。
しかしその時奇蹟が起こった。なんと涙に濡れる彼女の目元を形だけでも拭おうとした男の指先で彼女の涙が真珠へと変化したのだ。
しかもその真珠は七色に輝いている。そして七色に輝く真珠とはその昔、聖女が伝説の勇者に贈ったとされる、どのような願い事でも一回だけ叶える事ができると言われている『レインボーパール』に違いなかった。
その真珠を男は震える指先で摘んだ。そう、摘んだのである。本来物体に干渉出来るはずのない幽霊が触る事が出来たのだ。
そして真珠を手にした時、男の中で何かが変化した。そう、男は『チカラ』を手に入れたのである。ただ、そのチカラを行使するには対価が必要となる事を男は自然と理解した。
その対価とは地獄へと堕ちる事である。だが、男は躊躇わなかった。そして直ぐにチカラを行使した。
但しそのチカラを男は結婚詐欺師に対する『ざまぁ』などには使わなかった。そう、男は女性に相応しい新しい恋人を女性と引き合わせる事にチカラを使ったのである。
後日、女性は真珠の導きによってひとりの男性に巡り会った。そして女性は忽ちその男性に恋をした。
まぁ、その男性は経済的には微妙なやつだったが、誠実であり何より女性に巡り会った途端に、真珠のチカラとは関係なく女性にぞっこんになった。
かくして女性と男性は付き合い始めた。その事がモチベーションになったのか、男性は内包していた真の実力を発揮しだして経済的にも裕福になり、稼いだお金で指輪を購入し女性にプロポーズした。
ただ、その指輪の台座にはめられていた宝石がダイヤモンドではなく真珠だったのは単なる偶然なのだろうか?
そんなふたりの様子を見守っていた幽霊の男は満足げである。何故ならば女性の幸せが男の幸せでもあったからだ。なので最後に男は女性に祝福の言葉を掛けると、次の瞬間地獄へと旅立っていった。
そして場面は変わりここは地獄である。本来ならば死者は死後7日毎に各部署の王たちから7回+再審3回も生前の罪を裁判されるのだが男には裁きが下されなかった。
何故ならば男は『弥勒菩薩 (みろくぼさつ)』様の化身だったからである。つまり人ではなかったのだ。ただ、人の姿にて人の世でその時が来るのを待たれていたのである。
そして弥勒菩薩様のお役目とはお釈迦様が入滅なされた時点から56億7千万年後っ!にお釈迦様の教えが衰えた時を見計らってテコ入れをし、仏の教えを再度人々に説いて回る事なのでした。
もっとも弥勒様が人々をお救いくださるのは56億7千万年後っ!なので今はまだ待機期間です。
だから弥勒菩薩様は地獄にてその時が来るのを待たれる事にしたのでしょう。これぞ『地獄に仏』のリアル版です。
そう、仏様は天から蜘蛛の糸を垂らすだけではないのです。亡者と共に苦しみを共用し慰めるのも仏様の別のお姿なのです。
ですが弥勒菩薩様も人に変化していた時の記憶があるので、時々浄玻璃鏡という現世を覗き見れる鏡を使って女性のその後を見守られているようでした。
まぁ、ここら辺は幽霊だった時の習性が残っているのかも知れません。とは言え56億7千万年を生きる弥勒菩薩様にとっては人の一生はあっという間です。
なので暫くすればまた、地獄の裁判で順番待ちする女性に会えるでしょう。勿論女性は弥勒様からの口入で即決天国行きなのは言わなくても解るはず。
まぁ、ここら辺も『地獄の沙汰も縁次第』という事ですね。
-お後がよろしいようで。-