投げられた運命
第一章:アイドルの甘えはもう通用しない
2045年、結婚出産義務法が完全に定着した社会。
22歳になると、国家による強制ペアリングで結婚・同居・出産が義務化されるこの世界で、
あざとかわいさで男性ファンを虜にしてきた「LOVEYOU」の**雛乃(ひなの・22歳)**にもついに通知が届いた。
> 【通知】あなたの割り当てパートナーは「朝倉 豪」
登録職業:プロレスラー(IWJヘビー級王者)
「え?ガチの……筋肉バカ系? うそ、あたし、もっと優男とか希望だったんだけど……」
雛乃はスマホを握ったまま、あざとく口を尖らせた。
だが、“希望”など通用しないのが、この制度の冷たさだった。
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第二章:出会いはリングのように
初対面。
朝倉 豪――190cmを超える体格、広すぎる肩幅、低すぎる声。
「……お前、ほんとに22か? 子どもみたいな喋り方すんな」
「は? なにそれ、初対面で失礼すぎでしょ!?」
「悪い。俺、礼儀とかより“結果”重視なんで。ルール通り、子ども作る。それだけ」
雛乃は絶句した。
アイドルとして、いつも甘やかされてきた。
自分の「かわいい」が通用しない相手が、この世にいると知らなかった。
「こっちはアイドルなんだよ?ファンだって――」
「知らねえ。俺、女の涙より、背中の筋肉の方が信用できる」
最低だ。
でも、彼の目は真っ直ぐで、嘘のない“本物”だった。
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第三章:身体と心の境界線
> 【警告】性交渉未履行。3週間以内に生殖実績が記録されない場合、国家介入措置へ移行されます。
通知は冷酷に、二人の間に“義務”を突きつけてくる。
雛乃はベッドで、両膝を抱えたまま震えていた。
「ねえ……どうして、こんなことになってるのかな。あたし、ただの女の子なのに」
その夜、豪は静かに言った。
「俺はお前を殴ることも、無理やり触ることもしねえ。でも――覚悟ができたら、自分から言え」
「言えるわけないじゃん……怖いよ……」
それでも、数日後。
雛乃は自ら豪の部屋をノックした。
「……お願い。怖いけど。義務ってだけじゃないの。ちゃんと……優しくして」
その夜、彼は一度も強く抱きしめず、ただ何度も雛乃の髪に口づけを落とした。
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第四章:リングの外に立った時
妊娠が発覚した。
「あたし、お母さんになるんだ……」
震える雛乃に、豪はぽつりとつぶやいた。
「勝手に、嬉しいと思ってる。……すまん」
雛乃は泣きながら笑った。
彼のぶっきらぼうで不器用な優しさが、今は心に響いていた。
しかし、撮影や活動はできなくなり、ファンからも「裏切り」と叩かれるようになった。
「産むだけで価値がなくなるの……? あたしって、なんだったんだろう」
泣く雛乃に、豪はリング用のタオルを肩にかけてこう言った。
「お前、リングに立ってたんだろ?ステージだろうが、社会だろうが――降りてからが、本当の勝負だ」
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第五章:義務として、もう一度
出産から10ヶ月。
第二子の義務が通知された。
「……あたし、もう壊れちゃいそうだよ」
泣きながら抱きつく雛乃を、豪は静かに抱き上げた。
「なら、壊れた分、全部抱えてやる。俺はそういう戦い方しか知らねえから」
再び“制度の夜”がやってきた。
でも今度の夜は、傷口をなぞるような痛みではなく、静かに分かち合う祈りのようだった。
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最終章:運命は投げられたけど
第二子を出産したあと、国家から選択書が届いた。
> 【通達】あなた方の義務は完了しました。今後の継続は任意です。
「……離婚届、出す?」
冗談めかして言った雛乃に、豪はこう返した。
「出してやんねえよ。俺の人生で、唯一ちゃんと投げられた“運命”なんだから」
雛乃は笑いながら泣いた。
「じゃあ、また甘えるね。……甘やかしてくれなくても、そばにいて」
「リングの外でも、最後まで組んでやる」
彼らは、制度で結ばれた“タッグ”から、本物の“パートナー”へ変わっていた。
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―完―