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無邪気  作者: いしまめ
第一章
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 そんな新歓の荒波の端で、僕は何もできずに、「テニスサークルTAR」のヨレた看板を申し訳なく掲げていた。この小汚い看板を誰かが見つけてくれることを祈ることすらしていなかった。

 

 最初から挑むことなく、ただただ人混みを俯瞰してみる。スーツ姿の流れ、やたら派手さのみを追求した髪色、やたらでかい笑い声。ほとんどナンパのような絡み方に、まんざらでもない様子の新入生の女子。見ているだけで相当疲れてきた。

 茫然と立ち尽くす肩に、軽い衝撃が走る。

「おい山下! ちゃんと話しかけろよ。」

 同期の桐生がからかってくる。小突かれた左肩の痛みは、桐生の存在感に似ていた。桐生はその派手な金髪の見た目の通り、コミュ力が高く、男女ともに好かれやすい。大体どのグループでも中心にいるような人。それなり以上に発言力が強く、多少のわがままでも許される。

「無理だよ。りゅうちゃん、、、」

「大丈夫!適当に話しかければ、全然余裕。」

 激励か自慢なのかわからないが、その笑顔言い切ってきたら、そんな気もしてくる。桐生の周りには珍しく人がいない。大体こういう時は既に誰かを捕まえている。

 さっきも、すぐに新入生の女の子たちを捕まえていた。その様子が、あまりにも慣れているので、ナンパやキャッチで培ったものが発揮されていると、謎に上から感心していた。あの女の子たちは上手くいったのか。

「そういえば、さっき話しかけに行った女の子たちは?」

「紗英と、実希に引き継いだわ。文学部っていうし、あと、まぁ女の子やからなあ。」

「それもそうか。あの子たちなら、うまくやりそう。」

「ま、入ってくれたらええけど。」

 そのまま、会話は消えた。でも、騒然としている勧誘の嵐のおかげで息苦しさはない。桐生もただただ新入生が新歓に巻き込まれている様子を眺めていた。やっぱり多少疲れているようで、なんか安心した。

「お前も休んでないでそろそろ行ってこいや。」

 へらへらしながら、ヤジを飛ばす。

「えっ、ちょっと難しいな、、」やんわり断る感じを出しつつ、頼りない感じで笑って見せた。

毛頭行く気もないというか、行く勇気なんてでない。あの流れに飛び込むまではいいとしても、「でかい声で話しかける。」ことが大前提の状況で、頑張って声を出したとしても、絶対に無視される。


 結局桐生は、ここで二人話してても仕方ないからと、新入生の波に割って入っていく。別に強制もしないところが桐生のいいところでもあると思う。諦めているっていう感じかもしれないけれど、それはそれで楽だから別にいい。僕は人込みをねじ込みながら進んでいく桐生の背中をまじまじと見つめ、人の波に消えてなくなるまで見届けた。それで不甲斐なさは少しだけ払拭できた。

 自分のコミュニケーション力なさをちゃんと自覚して、もう一度人込みを俯瞰してみる。今度の人込みは不思議に穏やかでなんの敵意を感じない。

 その穏やかな凪を見ながら、ちょっとばかし懐古してみる。


 僕もあの新入生と同じように、一生懸命に馴染もうとした。なんとか人並みに頑張って、合格した大学。そこまで声を大にして、威張れるほどではないけど、僕にとっては人生で一番うれしくて、何度も大学のパンフレットを見直した。でも、入学のオリエンテーションが近づくにつれて、僕にはキラキラした大学生活はやっぱり無理なような気がして、不安だったのを覚えている。

 そんな中、僕もあの新歓の流れに呑まれながら、新歓の洗礼を真っ向から受けた。その勢いは凄まじく、逃げたかった。でも、事前に高校の先輩から、この新歓の仕組みを教えてもらっていたため、何とか食いしばって逃げなかった。今ではその行為が正しかったといえると思う。そこから、僕なりの充実した大学生活が始まったのだ。頑張って張り切った新歓期間は、空振ることが多かったが、それなりに楽しめて知り合いも増えた。

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