23
「私が主役のパーティを開くだなんて、どうしてですか?」
私の誕生日はまだずっと先だし、何か特別なことをしたわけでもないのに。
まさか、誘拐帰還おめでとうパーティーとか? ……勘弁してよね、縁起でもない。
「僕の誕生パーティーには、君が参加できなかったからな」
彼の言う通り、私が誘拐されていた間にルイスの誕生パーティーは行われた。
ルイスは『妻が攫われているのにパーティーを楽しむことなどできない』と、パーティーの中止を申し出たそうだが、ヴィヴィアンがそれに対し強く反対したという。
建前上では『既に準備が始まっているから』とか、『それを台無しにするということは皇帝陛下のご意向に背いている』だとか適当な言葉を並べたというが、恐らく、ルイスのことを妻が誘拐されている中でも自身のパーティーを優先する冷血な人間だと周囲に思わせたかったのだろう。
そんなことをしても、皇帝陛下からの寵愛を手に入れたルイスが皇太子になることはもう明確だというのに。本当に、諦めの悪い人だ。
結局、皇帝陛下からの後押しもあり、ルイスの誕生パーティーは中止することなく開催された。しかし、ルイスは主役にも関わらず、初めの挨拶だけを行うと、すぐに私の捜索に戻ったそうだ。
そんな話を、エリーが前に話してくれた。
「僕が戦地に行っている間、君が主役のパーティーを一度も開いていなかったそうじゃないか」
そりゃあ、夫が戦地で苦しい思いをしているのに妻である私がパーティーを開いて贅沢三昧! というわけにはいかないだろう。
それに、私がパーティーを開くと言いだしたあかつきには、ヴィヴィアン皇后からの圧でプチッと潰されることだろう。
「君は元々、システィーナの大切な姫だったんだ。姫であった時は、君が主役のパーティーくらい何度も行っていただろう? 今まで僕が居ない間、散々迷惑をかけた。これからは、なんでも君の好きにしてくれていい」
ルイスは心から私を楽しませようと考えているのだろう。
しかし、残念ながらシスティーナ王国で私が主役のパーティーを開いたのは、私の誕生日の時だけ。
「私に、皇宮主催のパーティーの主役が務まるとは思えません」
「心配する必要は何も無い。君の好きなようにすればいいんだ。たとえどんなに失敗しようとも、貴族の連中は誰も、君を咎めることはできないさ」
皇帝陛下はルイスを誰よりも可愛がっていて、あなたはもうすぐ正式な皇太子になるはず。そんなあなたの妻である私に、文句を言う人間が貴族たちの中に居ないでしょう。しかし、それはあくまで貴族だけであって……。
「……分かりました。できる限りのことを、やってみます」
嬉しいはずなのに。どうしても、彼からの好意を感じる度に気分が重くなってしまう。そんな自分が、気持ち悪くて仕方ない。
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お気に入りの、ローズの紅茶を淹れて、可愛らしいティーカップに注ぐ。
花の香りがふんわりと広がり、カップに浮かぶ小さな薔薇が目を楽しませてくれる。
――薔薇。小さな、薔薇。
ふいに、夫の声が脳裏をよぎった。
『ロゼッタ、君にプレゼントだよ』
ルイスは、私のことを本当に大切にしてくれる。彼の言葉も、行動も、全てが誠実で優しい。
けれど、誰かに大切にされると、いつかその想いが消えてしまうのではないかという不安を生まれてしまう。
(こんな弱気じゃ、ダメよね)
心の中で自分に喝を入れるように思い直したが、胸の奥に残るかすかな不安は、簡単には消えてくれそうになかった。
「はぁ……」
深く息を吐き出して、ため息と共に気持ちを落ち着かせる。
「どうされました、ロゼッタ様。もしかして体調がすぐれないのですか?」
不意に声をかけられ、顔を上げると、レティシアが心配そうにこちらを見つめていた。
「いえ、ごめんなさい。少しぼーっとしてしまっていました」
軽く首を横に振って答えると、レティシアは「それならいいのですが」と、不安そうな顔を崩さないまま言葉を続けた。
「それより、先ほどから気になっていたのですが、そちらのブレスレット、とても素敵ですね。一体どこの商人から仕入れたものですか?」
レティシアの視線の先には、先日ルイスから贈られた大量のプレゼントの一つのブレスレットがあった。
サファイアの宝石と、シルバーの装飾がとても美しく、私の左手首でキラキラと輝いている。
「ごめんなさい、これはルイスからの頂き物なんです。その為、どこから仕入れたものなのか分からなくて……」
「まあ、あの皇子が……。人間誰しも、恋をすればロマンチストになるものですね」
くすくすと楽しそうに笑うレティシア。
「なんだか、自慢しているようになってしまって恥ずかしいです」
「あら、そんなことはありません。ロゼッタ様はもっと自慢するべきです」
「そうでしょうか、そんなことをしたらまた皆さんに嫌われてしまいそうです」
苦笑いしながら答えると、レティシアはきっぱりと首を振った。
「皇子妃のあなたが他の人間の意見など気になさらなくて構いません。あなたに無礼を働くものは、一度処罰するべきですわ」
何度目になるか分からないこのやり取りに、私は困ったように眉をひそめることしかできなかった。
レティシアの言葉には一理あるのかもしれない。けれど、それを実行に移すことは、私のキャラに合わないから出来ないのだ。
「ところで、アレックス公子から聞きましたよ。フォンディア公爵家がブレイス男爵家の件の調査に参加して頂いていると」
「当然です。ロゼッタ様は私の大切な友人ですし、それに今回の件は私の長年仕えた使用人も関わっていることです。我がフォンディア家としても、大人しくはしていられません」
毅然とした声で語るレティシア。その正義感に満ちた姿勢には、思わず感嘆してしまう。
ヴィヴィアンからの手が、もしかしたらレティシアにまで伸びてしまうかもしれないというのに……。本当に正義感にあふれた人だ。外見だけでなく、中身まで美しい。
「ロゼッタ様は、ブレイス男爵家に居た子供たちのことを気にかけていらっしゃいましたね。パーティーが終わったあとにでも、帝国病院へ会いに行かれてみてはいかがですか? 皇子妃として外出が難しいかもしれませんが、私がロゼッタ様に謁見の申し込みをすれば可能でしょう」
「それは私にとって大変ありがたい提案ですが……」
迷いを見せる私に、レティシアが優しく微笑む。
「ご安心ください、私が全て手配いたしますから」
「レティシア公女……!」
(あぁ、レティシアったら本当にいい人! こんなに親切にされると、思わず涙が出ちゃいそうになるわ)
「それにしても、かなり長い期間の治療になるみたいですね」
「ヘアンの実の効果は本当に恐ろしいですからね。身体の制御が効かなくなったのは、初めてのことでした」
「……まさか、ロゼッタ様も口にされたんですか?」
レティシアの驚愕した声に、私は思わず目を瞬かせる。
(あれ? 私、言ってなかったんだっけ? てっきり、レティシアには話していたと思っていたわ……)
「ええ。ですが少量ですし、一度だけなので心配なさらないでください」
「……やはり、あの男爵を生かしておくべきでした。本当に申し訳ございませんロゼッタ様」
レティシアは深刻な表情でそう呟く。
その「生かしておくべきだ」という発言は、恐らく拷問を……おほん、いいえ、何も気づかなかったことにしておこう。
「レティシア公女、どうか謝らないで。ほら、見ての通り私はピンピンしてるでしょう? ね、こんなに元気なのに謝られたら困っちゃうわ」
軽くウィンクを添えて笑顔を見せると、レティシアは一瞬目を丸くした後、小さく肩をすくめて笑った。
「ロゼッタ様はいつも私のことを褒めてくださりますが、私こそ貴女様を見習わないといけません」
「やめてください、私は本当に気にしていないんです。だから、レティシア公女もそんなに気を使わないで。これ以上ルイスを心配させたくないの。あの人、こういうことを聞いたらきっと事を大きくするはずだから」
「分かりました。ロゼッタ様がそうおっしゃるのなら、皇子には秘密にしておきます。」
「ありがとう」
私はレティシアの手を取ると、彼女に向かってにっこりと微笑んだ。
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そうして、あっという間にパーティー当日がやってきた。
朝早くから、容赦ない使用人たちによって叩き起こされ、準備が始まった。
これまで何度もパーティーや宴会に参加してきたけれど、ここまで忙しいのは初めてのことだった。
(これが主役の忙しさってやつなの……!?)
湯船には香油が滴らされ、ふんだんに薔薇の花びらが浮かべられる中、せっせと身体を磨かれる。
顔にパックを貼られ、髪にはヘアオイルを塗られ、さらには浮腫とりのマッサージまでされる始末。
ルイスが事前に贈ってくれた、私の持つドレスの中でも群を抜いて豪華なドレスを着て、これまた大きなピンクダイヤモンドの装飾品を、惜しげもなく身につけさせられた。
「如何でしょうか?」
鏡の前で全身を確認すると、あまりにも完璧な仕上がりに思わず感嘆してしまった。
流石は皇宮の使用人たち。手のひら返しの凄い所には腹が立つけれど、技術だけは文句のつけようがない。
エリーは肩を上下に揺らして息を整えている。小柄な体でちょこまかと動き回りながら、一番忙しそうにしていた彼女には感謝しかない。
「本当にお美しいですよ、ロゼッタ妃。本当に薔薇のようなお美しさです」
「ありがとう、嬉しいわ」
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準備を整えた私は、急ぎ足で彼が待っているであろうサファイア宮の東廊下へ向かう。
華やかなドレスの裾が揺れ、香油の甘い香りが廊下に漂う中、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
二つ先の角を曲がった先。目の前に現れた光景に、私は息を呑んだ。
そこには、まるで絵画から抜け出したようなルイスの姿があった。
高貴な佇まい、整えられた髪、そしてその穏やかな微笑み。廊下に射し込む柔らかな光が、彼をまるで神話の英雄のように照らしている。
ルイスの青い目が私を捉えた瞬間、彼の微笑みがさらに深まった。
「……今日の君はまた、一段と美しいな。本当に、他の誰にも見せたくないくらいだよ」
普段よりも少しトーンが低い声が耳に届くと、胸の鼓動がさらに早まる。
ルイスはゆっくりと私の手を取り、その手を軽く口元に寄せた。ほんの一瞬だけ触れる彼の唇の感触。
私はそのまま立ち尽くし、言葉を失っていた。いつものように照れ隠しの言葉を返す余裕なんて微塵もない。ただ、彼の仕草ひとつひとつに心が奪われるばかりだった。
ふと、ルイスの服装に目をやる。私のドレスと、どこか共鳴するデザインになっているのが分かった。完全にお揃いというわけではないが、ところどころに施されたピンクダイヤモンドの装飾が、私の装いとよく似ている。
(もしかして、この間のことを……)
『それが気に入ったのか?』
『はい。私、昔からピンクダイヤモンドが好きだったんです。貴重なものなのであまり多くは持っていませんが、可愛らしくて見ていて癒されるでしょ?』
『よく似合っているよ』
『えへへ、ありがとうございます』
数か月前の、何気ない会話が頭をよぎる。
(あなたは、あのときの言葉を覚えていたの? ……もう、どうしたってあなたはそんなにも優しいのよ)
「そういうあなたこそ、とっても素敵ですよ」
いつもかっこいいけど、今日のあなたは眩しいほどに素敵だ。近頃は見慣れてきたと思っていたけど、思わず見とれてしまうほどかっこいい。
これじゃあ、恋に現を抜かす新婚たち、なんて馬鹿にされてしまっても、反論出来ないわね。
「では、行きましょうか。姫様?」
「……あら、私はもうシスティーナの姫ではありませんよ」
少しおどけた調子で返すと、ルイスは目を細めて微笑んだ。その微笑みが、どうしようもないほど上品で絵になるものだから、本当にずるい人だ。
「ああ、そうだ。そして、君はアスタリアの姫でもない」
「じゃあ、どうして姫?」
「君は、僕だけのお姫様だからですよ」
予想以上の甘い返答に、思わず胸がドキンと跳ねる。口にするのも照れくさいほど甘い言葉なのに、彼はまるでそれが日常の一部であるかのようにさらりと言ってのけた。
「ふふっ、そうですね王子様〜?」
恥ずかしさを隠すように、少しおどけた調子で答えながら、私は彼から差し出した手を取る。
ルイスの手はしっかりと、優しく、私の指を包んだ。
「私の王子様は、一体どこへ連れて行ってくださるのですか?」
少しだけ意地悪な気持ちでそう尋ねてみると、ルイスはさらに、甘く微笑んだ。
「君が望む場所なら、どこへでも」
そんな真っ直ぐすぎる言葉に、思わず笑ってしまう。
どうして私の夫は、こんなにも自然にとんでもなくキザなセリフをを口にできるのかしら。
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