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【完結】親愛なるあなたに、悪意を込めて!  作者: にゃみ3
第二章 愛を込めて

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「それで、私を誘拐した目的は一体なんなのかしら?」

「それは言えねぇよ。まあ、暫くじっとしていてくれ。悪いようにはしないさ、お前には危害を加えるなって命令だからな」


 彼らが何を企んでいるのか全貌はまだつかめないが、少なくとも命の危険はない……そう、信じたいところだ。


「随分と狭いところなのね」


 案内された古びた部屋は、ベッドと小さな机だけが置かれた簡易的な部屋だった。壁紙は所々剥がれ落ち、家具は埃をまとっていた。窓はあるものの、小さな明かり取り程度で外の様子を伺うこともできない。


「それじゃあ、大人しくしてろよ」


 私が部屋に入ったことを確認すると、男はすぐに扉を閉める。直後、ガチャリという大きな音が響き、鍵をかけられたのだと理解した。


 少し部屋の探索をしてみようかと思ったが、ここへ来る前に付けられた手錠が私の身動きを完全に塞いでいたせいで、それは叶わなかった。


「これじゃあ、ろくに眠れもしないわ……」


 自嘲気味に呟いたものの、状況を嘆いても何も変わらない。


 どんな殿方に嫁いでもやっていけるように、妃教育を幼い頃から叩き込まれてきたんだから。今こそ、その教えを実践する時ではないか! そう自分に言い聞かせるようにして、私は歩みを進める。


「……おねえちゃん、誰?」


 その時、不意に暗闇の奥からとても小さく、か細い声がした。

 すぐに声のした方へ視線を向けると、そこに居たのはボロボロの布切れを身に纏った小さな女の子。


「キャアッ! ひ、人?!」


 驚いた、こんなにも小さな部屋に私以外の人がいたなんて。

 小さなベッドの隅、丁度死角になる位置に地べたに座り込んでいた女の子。

 あまりにも気配が薄くて、存在にまったく気づかなかった。


「ごめんなさい、突然大きな声を出してしまって……えっと、お嬢さんはどうしてここにいるの?」

「わたし、お嬢さんって名前じゃないよ」


 小さな女の子はぷくっと頬を膨らませて言った。

 煤で汚れた赤毛の髪に、ルビーの宝石を埋め込んだかのような綺麗な瞳を持った女の子。体は煤で汚れていて、到底美しい少女だとは言えなかったけれど、彼女の瞳は美しいものを見慣れた私ですら思わず目を惹かれるほど綺麗だった。


「……それもそうね。それじゃあ、貴女の名前を教えてくださるかしら?」


 少女は私の言葉にこくりと頷くと、ぎこちない足取りで立ち上がり、私の方へ一歩近づいて話し始めた。


「わたし、ルビー。どこにでもいるただのルビーだよ」

「ルビー、素敵な名前ね。私の名前は……ロゼッタよ。どこにでもいるただのロゼッタ」


 ルビーという名は、ルビーのような瞳を持ったこの子にぴったりな名前だと思った。

 私は彼女の名乗り方を真似て、フルネームを省いて答えた。いくら子供だとはいえ、相手が何者か分からない以上、慎重になるのは当然だ。


「ねえ、お姉ちゃん」

「……なに?」


 初めて呼ばれる違和感のある『お姉ちゃん』という馴れ馴れしい呼び方に思わず顔が引きつる。


(参ったわね。兄妹は居たけど、私は末っ子だったし小さい子供の相手は慣れていないの!)


「お姉ちゃんはどうしてここに来たの? お姉ちゃんもキャンディーが欲しかったの? あれ、おいしいもんね」

「……キャンディーって?」

「あれ、違うの?」


 ぽかんとした顔で私を見上げるルビー。


 キャンディー、あの砂糖を溶かして固めた食べ物のことだろう。

 だけど、高級品の砂糖をこのみすぼらしい少女が日ごろから口にしているとは到底思えなかった。


「キャンディーが好きなの?」

「うん! とっても甘くて、幸せな気持ちになれるからだいすき。あーあ、早くキャンディー食べたいなぁ」


 そう言うと、少女は親指を咥え、ちゅぱちゅぱとしゃぶるように舐め始めた。まるで、自分の指をキャンディーに見せかけているように……。


(……本当に、意味が分からないわ)


 遠い親戚に小さな子供が居たけれど、ここまで会話の通じない様子ではなかった。それにこの子、見たところ歳は十歳から十二歳くらいだろうか。それにしては行動や発言がやけに子供っぽいような気がする。

 

「ルビー、あなたはどうしてここにいるの?」


 私は膝を折りしゃがみ込んで、目線を少女と合わせできるだけ優しく尋ねた。

 ルビーは一瞬、考えるように口を尖らせた後、首を小さく振った。


「わからない。気が付いたらここにいたの。お姉ちゃんは?」

「……私も同じよ」


 私は嘘を混ぜることなく、簡潔に答えた。

 誘拐されてここにいるとは言えないが、状況を共有することで警戒心を少しでも解くべきだと思ったからだ。


「ここに来る前は何をしていたの?」

「キャンディーのことを考えてたの」


 また、キャンディーの話。

 さっきから口を開けば、キャンディー、キャンディー。子供というものは、そんなにもキャンディーが好きものなのだろうか。


「そのキャンディーをおじさんから貰ったことはある?」

「うん。甘くってね、美味しいんだよ。幸せな気持ちになれるの。あっ、キャンディー以外にもくれるんだけどね、私はキャンディーが一番好きなの」


 もしかすると、この子はあの男たちに誘拐されたのではないか。

 子供が好む甘未を差し出し、甘い言葉で誘い出し、ここに連れてきた。

 そう考えれば、ルビーがこの場所についてまったく知らないことも、納得がいく。


「おじさんには何かされていない? 何か、話をしたり……なんでもいいのよ、なんでもいいから教えて欲しいの」

「ええ、わかなんないよぉ」

「お願いルビー、よく思い出して」

「うーん……あっ! そう言えば、前に皇族人がなんかって言っていたような?」

「皇族……?」

「えっとね、皇族の人間は人使いが荒いって話してたの。それで、なんだっけ、お金……とも、言ってたかな?」


 ルビーの言葉を聞いて、嫌な汗が流れる感覚がした。


 皇族の人間は人使いが荒い? それじゃまるで、皇族の人間が奴らを雇っているみたいな言葉じゃない。

 いや、まだこれだけの情報で犯人が皇族の人間だと判断するのは早い。ただこの子供が聞き間違えただけかもしれない。どうかそうであってほしい。


 でももし、本当に犯人が皇族なら一体誰がこんなことを。

 皇帝陛下が私とルイスを離婚させて、新しく自分が決めた相手と結婚させたいと考えたとか? 小国の第二王女よりも自国の名門貴族の娘と結婚させたがるのも当然だ。


 それともウィリアムが……いや、あのバカにここまでの大掛かりな事件は起こせないわね。バカだもの。


 やはり、一番有力なのはあの人か。帝国の月、ヴィヴィアン皇后陛下。

 でも、彼女が恨み邪魔に思うのは私ではなくルイスのはず。私を誘拐したところで彼女に利益なんてあるのだろうか。


「……それ、なに?」

「絵本だよ!」

「絵本?」

「うん!」


 ルビーが差し出したのは、薄ぺらい絵本だった。

 表紙には色あせた絵が描かれていて、どうやら物語は数十ページ程度で終わるようだ。私は本が好きだからかなりの量を読み漁ってきたけれど、絵本はあまり目にしたことが無かった。


 ルビーから絵本を受け取り、興味本位でその本を開いてみる。


『むかしむかし、ある所にカッコイイ王子様とみすぼらしい平民の女の子がいました。ある日、カッコイイ王子様は平民の女の子に結婚して欲しいとプロポーズをし、女の子はすぐにオーケーをしました。平民だった女の子はお姫様となり、王子様と幸せに暮らしました。』


 軽く目を通したつもりだったが、意味の分からない本の内容に思わず頭を抱える。

 最後まで目を通すと、思わず深いため息が漏れた。


「………これのどこが面白いの?」


 ご都合主義の物語。葛藤も試練もなく、ただ王子が現れて女の子は幸せになりました――おしまい。

 こんな単純な話で幸せになれるなら誰も苦労しないわ。


「どうして?」


 きょとん、とした顔で問いかけるルビーに、私は眉をひそめて答える。


「だって、ありえないじゃないこんな話」

「どうしてありえないの?」

「……問題点はいくつもあるけど、そもそも王子と平民の女が二人きりで偶然会うことはありえないでしょう。護衛はどこに居るの? それに、年頃の王子なのに婚約者の一人もいなかったというの? 国王が、平民の女と結婚を許されるとは思えないわ。それに、大切な王子が誘拐されるはずがないわ。警備の厳重な王宮で、そんなことがあるはず……」


(あれ? 待って……私今、こんな感じじゃない?)


 誘拐され、得体の知れない場所で見知らぬ少女と出会う物語。

 この状況を「ありえない」と切り捨てたばかりの物語と重ね合わせると、皮肉にも笑いたくなった。

 私は目の前の絵本をパタンと閉じ、深呼吸をして気を取り直す。


「……まあ、絵本なんだから夢のある話でいいのよね」


 そう自分に言い聞かせるように呟き、ルビーに目を向けた。


「この本、好きなの?」

「うん! だって素敵でしょ? 王子様とお姫様が、大きなお城で幸せそうに暮らすの!」


 無邪気なルビーの言葉に、くすりと笑う。

 こんな状況でも純粋さを失わない少女の姿に、私は何とも言えない感情を覚えた。

 この子にとって、王族というものはそこまで輝かしく思えるのだろうか?


「そうね」


 私は、ドレスのスカートを強く握りしめ、呟いた。


 キラキラと輝く瞳で楽しそうに語るルビー。

 私はこの子と同じ年ぐらいの時に、ここまで楽しげに心から笑うことができていただろうか。


 王族として育ち、常に周囲の目を気にし、誰にでも微笑みかけて、誰にも本音を見せない。

 私たち王族にとって、いつ何が起こるか分からない状況で甘い絵本の世界に浸る余裕はないのだから。

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