12
「こうしてあなたと歩くのは久しぶりですね」
宴の主役であるルイスと、その妻である私がいつまでも会場を抜け出しているわけにもいかず、私たちは会場に戻って来ていた。
ルイスにエスコートされるのは、私がアスタリアへ嫁いできた日に行われた結婚パーティー以来。ルイスが居ない間は、代理として私のパートナーはウィリアムが務めていた。
彼のエスコートは本当に最悪だった。
女性の私と、男性であるウィリアムの足の歩幅はまるで違うというのに、私のことを気にする素振りも見せずずかずかと大股で歩く彼に私は付いて行くことに必死で、毎度のごとく踵を痛めたものだ。
そんなウィリアムとは違い、私の夫は流石だった。
私の手を優しく取り、私の様子を毎度確認している。それも、鬱陶しいほど。
「さっきから見すぎですよ」
「君が言ったんじゃないか、ずっと見ていろと」
すぐに「そんな言い方はしていない」と否定の言葉が出そうになったが、ぐっと堪えた。
ルイスのことだ。それすらもまた嬉しそうに笑い、私をからかってくるに違いない。
「おーい、ルイス!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からルイスの名前を叫ぶ声が聞こえてきた。
「お前こんなとこに居たのか……って、貴女様は噂のシスティーナの姫君じゃないですか!」
振り向くとそこには、赤髪の似合う背丈の高い青年が立っていた。
「お初にお目にかかります、姫君! 俺はこいつの……じゃなくて、ルイス皇子の友人。アレックス・ヴァレンティアです!」
真っ赤な髪の色とは正反対なマリンブルーの瞳を持つ青年。
(ああ、あなたがあのアレックス公子ね?)
彼がヴァレンティア家の次男坊なのだとすぐに分かった。
前に、ルイスと共に北部戦争に行っていると公爵から話を聞いていたのだ。
「初めまして、アレックス公子。あな「……父が俺の話を?」
たの話はヴァレンティア公爵よりよく聞いておりますわ」
私の言葉を聞いて、明らか様に嫌な顔をしたアレックス公子。
もしかして、親子仲があまり良くないのだろうか。そう思った私は急いで話題を変えることにした。
「ところで、アレックス公子。急いでいる様子でしたが、何かルイスにご用があったのではありませんか?」
私の言葉を聞くと「そうでした!」と叫び、分かりやすくハッとした顔をしたアレックス公子。
なんて分かりやすく、コロコロと表情の変わる人なのだろうか。初対面の私でも考えていることが手に取るように分かってしまう。
「姫君のお姿を見つけた途端、こいつが話してる途中だってのに俺達に断りもなく後を追って行きやがったものですから、騎士団員全員でずっと探していたのです」
「別に、大した話でもなかっただろ」
「馬鹿言え、十分大事な話だ!」
軽く流そうとするルイスに、強く反論したアレックス。
皇子のルイスにここまで強く言うだなんて……二人は本当に仲が良いのね。
「私のことはお気になさらず、どうぞ行ってください」
「ほら、姫君もそう言ってくださってるんだから行くぞ!」
「……はあ。ロゼッタ、少し待っていてくれ。すぐに戻るよ」
申し訳無さそうに話す彼に、気にしていないと笑顔を返す。
私は遠ざかっていく二人の後ろ姿を見送ると、私も自分の仕事を務めるべく、会場の奥へと歩いた。
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「システィーナ王国の王室の方々はとても美しい容姿をされているとは聞いていましたが、それでもやはりロゼッタ様は別格ですね」
「ええ、本当に眩しいほどお美しいです」
「他の方はウィリアム皇子が皇太子になられると言っていましたが、私はずっとルイス皇子が戦場から舞い戻ると信じておりました!」
「わ、私もです! ロゼッタ様、私のことをもちろん覚えていらっしゃいますよね? ロゼッタ様がシスティーナからいらしたその日にご挨拶をしましたもの!」
今まで散々私を見下してきていたのに、今度は必死に媚びを売ってくる令嬢たち。
どうせ、この子たちの偉大なお父様に私に媚を売れとでも言われたのだろう。まったく、いつもみたいに私を居ないもののように扱えばいいのに。
「褒めすぎですよ、皆さん。もちろんよ、本当に嬉しかったわ」
不満げには思ったものの、それを表に出すことなどできず、令嬢たちに必死の笑顔を向ける。
私のせいでルイスの顔を潰すわけにはいかない。完璧なルイスの傍に居るためには、私も完璧な妃を演じなければいけないのだ。
「皆さん、いい加減になさったらどう?」
「レティシア公女!」
煌びやかに着飾った令嬢たちの中で一際輝いている彼女は、フォンディア公爵家の一人娘。レティシア・フォンディア公女だ。
「見苦しいですよ」
彼女は眉頭を寄せ、吊り上げる。そして手に持っていた扇子をバサッと勢いよく令嬢たちに振り下ろした。
息を呑むほど美しい人。整った顔立ちをしている人間が多いと言われるシスティーナ王国でも、ここまで美しい人は居なかった。
神殿に置かれる大理石で出来た彫刻のような美しい顔立ちに、彼女の気強い性格を表しているかのような冷たい水色の瞳。それでいて、クリーム色の髪色は女性の愛らしさを醸し出していた。
「散々自分の身分も考えずに好き勝手言っていた貴女たちが、今更ロゼッタ様に纏わりつくなんてどういうつもり? 少しはロゼッタ様の気持ちを考えてみたらどうなの?」
「レティシア公女様、私たちはそういうつもりでは……申し訳ございませんでし……」
「謝る先は私ではないでしょう?」
「……も、申し訳ございません、ロゼッタ様」
焦ったようにぺこりぺこり、と次々に令嬢たちは私に頭を下げていく。
「皆さん、どうか気にしないで」
令嬢たちはレティシアの前ではどうすることもできず、さっと頭を下げてすぐにその場を去っていった。
流石社交界の薔薇、レティシア・フォンディア公女様。
彼女の一声で一瞬にして空気が変わった。
「ロゼッタ様、貴女も少しは言い返すべきです」
「あはは……そうですね、私もレティシア公女を見習わないと」
いつもこうして私を庇ってくれるのは、レティシアだけだ。
いつ皇宮から追い出されるかわからない私に、避けることなく優しくアスタリアの社交界のことを教えてくれのはレティシアだけだった。
「そう言えば、もうすぐですね」
「はい、今から緊張してしまいます。ですがそれ以上に楽しみでもありますね」
もうすぐというのは、初めて迎えるルイスの誕生日のこと。去年のルイスの誕生日は、戦争中だったから祝うことは出来なかった。
だけど今回は違う。今までの人生を纏めてとはいかないが、今回こそ妻として夫の誕生日を祝福してあげたい。
「プレゼントはもう用意されたのですか?」
「いえ、それがまだなんです。彼が好むものがよく分からなくて、さりげなく探りを入れてみようかと思っているのですが……」
「それは良いアイデアですね。……実は私、お二人の関係を少し心配していたのです。ですが、要らぬ心配だったようですね」
レティシアの視線が、私の顔から下に落ちる。彼女の視線の先にあったもの。それは、私の左手だ。
そこには、先ほどルイスから贈られた指輪があった。2つ上下に並んだ指輪は、光に照らされより美しく輝いていた。
私は美しいものが好きだ。もちろんそれは私に限った話ではなく、誰だって美しいものを嫌う人はいないだろう。
先ほど令嬢たちが言っていたように、確かに私の育ったシスティーナでは美しい容姿をした人が多かった。それでも、私の夫以上に美しい男性はたったの一人も居なかったけれど。
システィーナの輝く花王子なんてセンスのない異名で呼ばれた私の兄だって、ルイスの輝かしさには敵うまい。
「なんだか照れてしまいますね。ありがとうございます、レティシア公女」
「私は何もしておりません」
軽く目を閉じて微笑む彼女は、本当に美しい。
「そうだ、ロゼッタ様に見せたいものがありますの。良ければ一緒に来て頂けませんか?」
「え? ええ、そうですね……」
「大丈夫です、用意して頂いた私専用の控室はすぐそこですから」
ルイスにはここで待っているように言われたけど、彼がいつ帰ってくるかも分からないし……少しくらいなら大丈夫よね?
「わかりました、行きましょうか」
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