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「ロゼッタ妃、早くご準備を」
「エリー……私、どうしても行かないとダメかしら……」
「ダメですね」
「そ、そうだわ、体調不良ってことにしましょう!」
「皇子妃が体調不良となればきっと医者を呼ばれてしまうでしょう。そうなると仮病だとばれてしまい、その後の対応の方が大変かと思われますが」
「はあ……それもそうね……」
ルイスが皇宮に帰ってきてから、アスタリア皇宮の全てが変わった。
皇帝陛下は凱旋式だけでは飽き足らず、ルイスのために七日間にも続く大きな宴を開いた。
もちろん、それを見た皇后はひどく激怒した様子だった。
当然と言えば当然なこと。ずっと皇子たちの継承権争いにだんまりだった皇帝陛下が、自分の息子であるウィリアムではなく、側室の息子を可愛がりだしたのだ。冷静ではいられないのだろう。
肝心のルイスとは、あの後すぐに帝国騎士団の人たちが彼を強引に連れて行ってしまってから、今日の今日までまともに話をしていない。
内心助かったと心から思ったことは、ここだけの秘密だ。
アスタリア帝国の救世主となった彼に、ただのお飾り妻である私は中々会う機会などない。まぁ、私が避けているっていうのもあるのだけれど……。
「はぁ、分かりました。それでは途中参加ということにいたしましょう。皇子妃は体調不良にもかかわらず、夫の祝いの日のために必死の思いで身支度を済ませ、途中からパーティーに参加された。……これなら、誰も文句は言えません」
「エリー! あなた時々生意気だけど、中々良いこと言うじゃない! よし、それで行きましょう」
「……お褒めにあずかり光栄です、ロゼッタ妃」
というわけで、私は優秀なメイドのエリーの提案に従い、既に会場に到着していた貴族たちの目を盗み、無事にパーティー会場の裏にある静かな庭園へと抜け出すことができたというわけだった。
ここへ来るまで、沢山の令嬢たちと会ったがルイスたちの姿は見られなかった。どこか別室で話でもしているのかしら……。
(私と彼の、離婚の話とか……)
会場を去る時、背後からは幾つかの令嬢たちの話し声が耳に入った。
彼女たちの話題は、私がシスティーナに帰る日が近いのではという疑惑や、ルイスが帰ってきたのに私が遅れてパーティーに現れることへの不満だった。
そして、その中で最も不快だったのは「皇子妃とウィリアム皇子は不倫関係だ」という噂。
(本当、人の気も知らないで好き勝手言ってくれるわよね)
暗がりの中で冷たい風が私の頬をかすめる。
春物仕様の薄いドレスが風に触れて、身に沁みる寒さが肌を刺した。
春とは言え、まだまだ夜の冷え込みは厳しい。
そう言えば、私がアスタリア帝国に嫁いできた日も春なのに寒かった覚えがある。結婚式や、お披露目パーティー。疲れていて、ベッドの中で……。
「探したよ」
遠い記憶を思い返していたその瞬間、背後から突然声がかかった。
「僕の妻は、こんなところに隠れていたんだね」
その声に、私は思わず背中を硬直させた。
振り向くと、そこには私が今最も会いたくない相手……ルイスが立っていた。
「ど、どうしてこちらに……」
驚きのあまり声が震える。
いつからそこに居たのか、声をかけられるまで全く気が付かなかった。
「会場で君の姿が見えなかったから。懐かしいな、僕も幼いころはあの女から逃げるために何度もここへ来たよ。……ところで、君はここで一体何をしていたんだ?」
にっこりと優しげな笑みが私に向けられる。
その笑顔は初めて出会ったあの日と変わらない完璧な笑顔。いや、笑顔の方が逆に怖い。
「少し風に当たろうと思って、散歩をしていました」
「へえ? 声をかける少し前に君を見つけたが、その時は立ち止っていたように見えたのだが……もしかして、君は歩かずとも散歩ができるのか? それは是非ともご教示いただきたいくらいだ」
「……今は休憩中です」
必死になる私と違い、ルイスは楽しそうにクスクスと声を出して笑っている。一体、何がそんなにも面白いのか私には分からない。
「わ、笑わないでください!」
「ああ、すまない。君があんまりにも可愛らしいものだから」
「なっ……!」
彼は頭でも打ってしまったのだろうか。
それとも、戦地での環境があんまりにも過酷だったから中身が完全に変わってしまったのだろうか。
そうでなければ納得できないほど、明らかにこの雰囲気の全てが異様すぎたのだ。
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