2-2:少女たちの試験
数学、社会、外国語の試験が済んで今日の試験は終わった。
「うー」
予想どおり、アリアは絶望的な表情をしている。
「エリオ……」
すがるように俺を見てくる。
かわいそうだが、俺にやれるのはやさしい言葉をかけるくらいだ。
「あ、明日とあさっての教科で挽回すればいい。体育は得意だろ?」
試験には実技も含まれている。
運動が大の得意なアリアなら体育で好成績は取れると信じたい。
「そうねっ。体育でがんばるわっ」
「その意気だ」
「というわけで、今から走り込みをするわよ!」
「きょっ、今日は明日に備えて休むべきだと思うぞ!?」
「そんな弱気になってちゃダメよ。ほら、体操着に着替えてきて」
うかつなことを口走ってしまった。
そういうわけで俺とアリアは運動場をひたすら走ることになったのだった。
試験期間中になにをしているんだ俺は……。
「お兄ちゃーん、がんばってー」
「アリアさまもがんばってくださーい」
気が付くと、ミーシェとルナが俺たちのようすを見にきていた。
走り込みが終わる。
運動場を10周もするとへとへとだった。
アリアもたっぷりと汗をかいている。
「ふー、いい感じね」
「あのな、アリア……」
「これで明日の体育の実技はばっちりよ」
「あはは……」
ドヤ顔のアリア。
ミーシェとルナが苦笑いしていた。
家に帰って寝る前に少しおさらいをしようと思っていたのだが、アリアの走り込みに付き合ってしまったせいで、食事をとって風呂に入ると、どっと疲労が押し寄せてきてベッドに倒れた。
まったく、アリアのせいでとんでもない目にあった。
だが、彼女の性格を熟知していながら余計なことを口走った俺にも落ち度はある。
アリアと俺はルルム学園初等部からの付き合いだ。
いわゆる幼馴染。
彼女は小さいころからおてんばで、本を読んだり、ままごとをするよりも、外へ虫取りにいったりボール遊びをしたりするほうが好きな女の子だった。
その性格は17歳になった今も変わっていない。
変わったいないのが彼女の良さでもある。
ああいう元気な少女といると楽しいのは事実だ。
振り回されることも多いけどな。
古い記憶に思いをはせる。
あれは俺とアリアが初等部だったころ。
虫の鳴き声が騒々しい真夏だった。
――エリオー、こっちこっち。
――アリア、なにやってんだ!?
アリアが高い木に登っていた。
手には虫がたくさん入った虫かご。
――どう? すごいでしょ。
――怒られるから降りてこいって。
アリアの家は貴族でないが、ムーンバレイでも有数の富豪の一家である。
そんなお金持ちの娘にケガをさせたら一大事。
俺はすぐさま降りてくるよう、アリアをせかした。
――……。
――どうした? アリア。
アリアはその場で固まって動かない。
表情も、今にも泣きそうになっている。
――お、降りれないよ……。
登ったのはいいものの、降りられなくなっていた。
――い、今、大人を呼んでくる!
――ダメ! 一人にしないで!
――すぐに戻ってくるから。
――ダメだったらダメ! アタシを見捨てちゃイヤ!
しゃがんでいたアリアが木の上で立つ。
――エリオ、しっかり受け止めてね!
――ま、待て!
――えーいっ。
アリアはなんと俺に向かって飛び降りてきたのだった。
なんとか受け止められたものの、ヘタをすれば大けがどころではすまなかった。
あのときからそうだった。
アリアはそういう女の子だった。
――ありがとう、エリオ。信じてたよ。
……でも、嫌いになれない。
アリアを見ていると放っておけない。
ミーシェが出来た妹すぎるから、アリアのような子が本来の妹なのかも。
手のかかる妹。
アリアはそういう子だった。
それから二日経ち、試験が終わった。
最後の試験が終わると、クラスメイトたちは苦役から解放された囚人のように賑わいだした。
俺もうんと背伸びする。
ようやく終わった。
ほっとする。
「エリオ。試験はうまくできた?」
アリアがさっそく俺の席までやってきた。
「まあまあできたと思う。さすがに赤点はないだろうな」
勉強した部分の問題はしっかり出てきたし、答えられた。
ただ、わからないところもそれなりにあった。
成績はいつもどおり、真ん中あたりだろう。
アリアはどうだ――とは尋ねようか迷った。
その問いかけはあまりにも彼女には残酷だと思ったから。
「ちなみにアタシは体育の実技以外ぜんぜんタメだったわ」
と思いきや、威張るように本人から言ってきた。
呆れたヤツだ……。
「追試で挽回するんだな」
「エリオ。アタシに勉強教えてよ」
「いいぞ」
「やったっ」
ぐっとこぶしを握り締めてよろこぶアリア。
いちいちしぐさがかわいらしい。
思わず微笑んでしまう。
「今度から試験前の勉強はいっしょにやろう。ミーシェとルナもいるし」
「そうね。ご一緒させてもらうわ」
翌日、期末試験の結果が掲示された。
ミーシェとルナは上位。
俺は予想どおりまんなか。
アリアはやはり、視線を下に向けないと見えないような位置に名前があった。