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1-5:転生した勇者

「料理を作るのも当番制にするか?」


 俺はそう提案する。

 一応、家の掃除やら薪割りなどの家事は当番制になっている。

 料理だけはミーシェが毎日作ってくれているのだ。


「あはは……。料理はわたしにまかせて」


 ミーシェは苦笑いで答えた。

 彼女がそんな笑いかたをする理由はわかる。

 俺は料理がヘタなのだ。


 彼女の負担を減らそうと、何度か俺がキッチンに立ったことがあった。

 しかし、俺が作る料理はすべて悲惨なものとなってしまったのだった。

 しっかりミーシェに教えてもらったにもかかわらず。


 そういうわけで俺は素直に夕食ができるのを待つこととなった。

 待つ間、本を読む。

 勇者セフェウスにまつわる本だ。


 ルルム学園の図書館で借りてきたもので、児童向けの絵本である。

 内容は勇者セフェウスが魔王ロッシュローブやっつける物語。

 小さいのころ、母さんに読み聞かせてもらったのをおぼろげながらおぼえている。


 まさか俺がその勇者セフェウスだったなんて。


 魔王ロッシュローブは悪の竜。

 災厄の冠を戴き、すべてを灰にする炎を吐き、瓦礫を玉座とする。

 ロッシュローブは人間を滅ぼそうとするも、セフェウス――俺によって討伐されたのだ。


 壁に立てかけてある剣に目をやる。

 ロッシュローブの心臓を貫き、首を落としたとされる聖剣『ルーグ』だ。

 長きにわたり台座に刺さったままだったそれは俺によって抜かれた。


 夢で見た神との出会い。

 転生したという真実。

 そして引き抜かれた聖剣。

 なにかが起こるではと予感せずにはいられない。


「できたよー」


 ミーシェが俺を呼んだ。



 二人の夕食。

 両親はいないがさみしくない。

 ミーシェはいつも主導権を握っておしゃべりする。


「お兄ちゃん、一躍学園の人気者だね。わたしもあの日からずっと、お兄ちゃんがどんな人なのか友達に訊かれるもん」

「なんて答えてるんだ?」

「世界一かっこいいお兄ちゃん――なんちゃって」


 冗談めかすミーシェ。

 彼女のことだから本当にそう答えているのかもしれない。


「みんなに自慢してるんだー。『わたしのお兄ちゃんは勇者さまだ』って」


 言いふらしているのだ。

 ミーシェは「勇者の妹です」と。

 恥ずかしいからやめてくれと言ってもやめないのだ。

 聖剣を抜く前はまったく信じてなかったのに、と俺は苦笑する。


「それにしてもお兄ちゃん、すごかったね。ナイトウルフを一人でやっつけちゃうんだもん」


 それには俺自身、驚いていた。

 ナイトウルフは戦いに慣れた冒険者でもパーティーを組んで討伐するもの。

 それを一人で倒してしまったのだ。

 勇者セフェウスだったころの戦いの記憶が無意識によみがえったのかもしれない。


「ところで、今日の料理はどう?」

「おいしい」

「えー」


 ミーシェが不満そうな声を出す。

 ほめたはずなのだが。


「せっかく愛情を込めて作ったのに『おいしい』の一言だけじゃ物足りないよー」


 よくばりな妹だ。

 俺は少し考えてから言う。


「ソースとかよくできてる」

「そうそう。ソースを作るのがんばったんだよ。そんな感じでほめてね」


 今晩の夕食はスパゲティ。

 パスタにからめるトマトソースはミーシェ自作のものなのだ。

 独学でこんなおいしいパスタを作れるなんてさすがだ。


「具に入ってるナスもおいしい」

「わたしが一から育てたナスです。えっへん」


 胸を張るミーシェ。

 そういえば家の畑でナスを育ててたっけ。


「サラダも新鮮でおいしいな」

「それは『レーゾーコ』のおかげ」


 キッチンの隅に鎮座している長方形の物体。

 これは古代文明の遺物『冷蔵庫』という機械である。

 魔力を用いて内部のものを冷却する機能があるのだ。


「古代文明ってすごいよね。魔力と科学を両立させて反映してたなんて」


 現代の俺たちが生きる世界では科学は廃れ、魔力が身近にある。

 魔王ロッシュローブとの戦いで世界の半分以上が滅んだせいで、高度な科学技術も失われてしまったのだ。

 俺たちは古代人が遺した機械を利用しているに過ぎない。


「王都に行けばもっと便利な機械があるんだろうね」


 この冷蔵庫は町長から最近もらったものだった。

 魔物からルルム学園を守った褒賞として。

 おかげでいつでも冷たい水が飲めるし、野菜や肉も鮮度を保てる。

 まるで貴族になったみたいだ。


「ごちそーさまっ」

「ごちそうさま」


 夕食を食べ終える。

 いい具合に腹が膨れた。

 パスタが盛られていた皿は空っぽ。残っていたソースもパンで拭ってしっかりと食べた。

 ここまできれいに完食できればミーシェも本望だろう。


「さてと、お風呂に入ろっと」


 ミーシェが席を立つ。

 それからイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「お兄ちゃん、いっしょに入る?」

「なっ!?」

「ジョーダンだよ。あははっ、赤くなってる」


 からかわれてしまった。


「でも、お兄ちゃんがどうしてもいっしょに入りたい、って言うのなら考えてあげるね」

「え、遠慮する……」


 ミーシェは俺が本気で「いっしょに入りたい」と言ったらどういう反応をするのやら。

 ……割と本気で「いいよ」と返してきそうだ。

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