1-3:転生した勇者
ルルム学園にある剣の祭壇。
この剣は勇者セフェウスが魔王ロッシュローブを倒したときに用いたものだと言い伝えられている。
剣は台座に深く刺さっている。
「聖剣『ルーグ』。いつ見ても美しいですね」
聖剣『ルーグ』を台座から引き抜いた者が、次代の勇者だと言われているのだ。
依然として『ルーグ』が台座に刺さったままであることから、この剣を抜いた者が未だかつていないことがわかる。
初等部の子供たちは面白がって剣を抜こうとするが、さすがに中等部、高等部の生徒はそんな恥ずかしいまねはしない。
祭壇は静かで厳か。
ここだけ生徒で溢れる学園とは異なる、神聖な雰囲気だ。
階段を上り、祭壇の中央にある聖剣『ルーグ』の前にたどり着く。
こうしてここに来たのは久しぶりだ。
俺も小さいころ、ムーンバレイの多くの子供たちと同様、聖剣を抜こうと試みたのだ。
結果は語るまでもない。
だが、今は妙な確信があった。
剣の柄を握る。
そして力を込めてゆっくりと腕を上げる。
「ええーっ!?」
「まあっ」
そばで見守っていたミーシェとルナが驚きの声を上げた。
剣は俺の腕の動きに合わせてゆっくりと台座から引き抜かれていった。
そしてとうとう、完全に剣は引き抜けた。
俺に手に今、聖剣『ルーグ』がある。
そこにそれがあるのが必然であるかのように。
とても軽い。
剣なのにまるで重さを感じない。
それでいて刀身の刃は鋭く光を反射している。
ミーシェとルナは呆然と俺を見ていた。
「な? 抜けただろ」
「……ど」
「『ど』?」
「ど、どどどどうするのお兄ちゃん!」
ミーシェが大声を上げた。
「聖剣をホントに抜いちゃうなんて! どうすればいいの!? 怒られない!?」
「お、怒られるのか? 俺」
「学園長にご報告すべきでしょうか」
よく考えればこれ、一大事かもしれない。
伝説の勇者の剣を抜いてしまったのだから。
俺はただ、自分が勇者セフェウスの生まれ変わりだというのを証明したかっただけなのだが。
そんなとき、鐘の音が鳴り響いてきた。
まだ昼休みの時間は終わっていないはず。
しかも、鐘の音は急かすように何度も鳴り響いている。
祭壇を出ると鐘の音が鳴った理由がわかった。
「魔物です!」
学園の敷地内に魔物が侵入していた。
オオカミの姿に似た魔物。
それが動物ではなく魔物だとわかるのは、普通のオオカミより二回りは多く、体毛が夜のように黒かったから。
ナイトウルフ。
この地域の森に生息する魔物だ。
性格は凶暴で人を襲う、人間に明確に害をなす魔物で討伐対象である。
「生徒のみなさん! 校舎に避難してください!」
「早く逃げなさい!」
「生徒は校舎に避難を!」
教師たちがそう呼び掛けている。
外にいた生徒たちは次々と校舎の中に逃げていった。
「お兄ちゃん!」
ミーシェが不安げに俺にすがりつく。
「に、逃げましょう! エリオさま、ミーシェさま」
ルナが促すも、それはもう遅かった。
目の前にいるナイトウルフは俺たちを獲物と見て、にらみつけている。
背中を見せればそのとたん、飛び掛かってくるだろう。
「ミーシェ、ルナ。俺の後ろに隠れるんだ」
俺は二人の前に立ってかばう。
ナイトウルフと対峙する。
俺の手には聖剣『ルーグ』がある。
魔王を葬った剣。
そして俺は本来の持ち主、セフェウスの生まれ変わり。
ならば、こんなオオカミなど敵であろうか。
俺が飛び掛かるのとナイトウルフが飛び掛かったのはほぼ同時だった。
互いがぶつかるその瞬間、俺はナイトフルの爪と牙による攻撃を紙一重で回避し、すれ違いざまに剣を一撃をくらわせた。
聖剣『ルーグ』は、その軽さからは信じられない切れ味でナイトウルフを叩き斬った。
ナイトウルフが倒れる。
致命傷を受けてもしばらくはもがいていたが、やがて完全に絶命した。
遠くから見物していた生徒や教師の声が聞こえてくる。
「あいつ、高等部のエリオじゃないか」
「なんで武器を持ってるんだ」
「あの剣、祭壇にあった『ルーグ』じゃない?」
魔物と戦ったのなんて初めてだ。
なのに俺は妙に冷静でいられた。
戦いの興奮も恐怖も感じない。
明らかに俺は戦いに慣れていた。
「お兄ちゃーんっ」
「おわっ」
ミーシェが背中に飛びついてきた。
「すごいよお兄ちゃん! 魔物をやっつけちゃうなんて! お兄ちゃん、ホントに勇者さまだったんだね!」
「どうやらそうらしいな」
「みんなに自慢しちゃおーっと」
ルナはナイトウルフの死体の前で祈りをささげている。
「全能なる神よ。この者にやすらぎを与えたまえ」
ルナはやさしいな。
魔物にまで神の慈悲を乞うのだから。
その日から俺は聖剣『ルーグ』を抜いた次代の勇者として、ムーンバレイ中に知られることとなった。
次代っていうか、生まれ変わりだから当代なんだけど……。
そこまでこだわるところではないか。
この一件から数日、ルルム学園では常にひっぱりだこ。
そのうえ学園長や町長といったお偉い方々から呼ばれたり、新聞記者に取材されて新聞に載ったりと、目まぐるしい日々を過ごした。
勇者セフェウスの後継者現る。
この小さな町ムーンバイレイはその話題でもちきりだった。
勇者の後継者呼ばれるようになった俺は今、なにをしているかというと。
「お兄ちゃん、この問題教えてくれる?」
「ああ、これはこの公式を当てはめて――」
「あ、なるほど」
放課後、教室に残って三人で試験勉強をしていた。
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