7-5:列車で王都へ
「果たして王は信じるかな。こいつがセフェウスだと」
肉を食らいながらアスカノフが言う。
「お兄ちゃんは勇者だよ!」
答えにならない返事をミーシェがした。
「王さまはきっとお兄ちゃんにごほうびをくれるよ。むかし、世界を救ったんだから」
「のんきなことをほざくな、貴様は」
「アスカノフは王さまが信じないっていうのか? 俺が勇者セフェウスだって」
「客観的に見てみろ。貴様らなぞ王からすれば、ただの田舎の人間にすぎん。フィンとかいう騎士がどう言っていようとな」
ごくん、と口の中のものを飲み込んでからアスカノフは続ける。
「まあ、貴様が勇者セフェウスだと我は知っているがな」
「あ、デレた」
「デレてない」
しかし、アスカフに言われると急に不安になってきた。
国王陛下は俺を勇者セフェウスだと信じてくれるだろうか。
フィンさんがうまく言ってくれているといいのだけれど……。
「うーん」
ミーシェが目を細めて俺をじろじろ見ている。
「髪型とか服とか、もっとかっこよくしたほうがいいかも。あ、今でもじゅうぶんかっこいいけどね」
「それはどうも」
「謁見の前に、家の者に身なりを整えさせますか?」
「ん? メイドさんにか?」
ルナが言うに、彼女の一族エルリオーネ家は諸侯との社交の機会が多いため、身なりを整える役目の召使いがいるという。
さすが大貴族。
「ルナちゃん。お兄ちゃんを今の100倍かっこよくしてっ」
「おまかせください」
ルナがにこりと笑った。
そして翌朝。
ふかふかのベッドで目を覚ましたのとほぼ同時に、部屋の外からノックする音が聞こえた。
俺が返事をすると扉が開き、とても美しい貴族のお嬢さまが現れた。
「おはようございます。エリオさま」
「……」
「エリオさま?」
俺がぼうっとしていると、とても美しい貴族のお嬢さまはふしぎそうに首をかしげる。
……。
「も、もしかして、ルナか?」
「え? あ、はい。わたくしはルナです」
驚いた。
今、俺の前にいるルナは美しい衣装を身にまとい、まるで別人みたいな美少女になっていた。
そういえば昨日言っていたっけな。エルリオーネ家には身なりを整える召使いがいるって。
驚きのあまり、うっかり変なやりとりをしてしまった。
ルナもとまどっている。
きっと寝ぼけていると思われたな。
「まもなく朝食の支度が整います」
「わかった。すぐに着替える」
「……」
……?
それを伝えてルナは部屋を後にすると思いきや、なぜかその場にとどまって俺を上目づかいで見つめている。
なにか言いたげだ。
「あ、あの、エリオさま……」
視線をそらしつつ言う。
「き、きのう、お父さまとお母さまがこうおっしゃってました。――エリオさまを婿として迎えないか、と」
……。
「……ええっ!?」
「ご、ごめいわくですよねっ! す、すみません!」
ぶんぶん首を横に振るルナ。
「わたくしなんて、エリオさまからすれば小娘でしかないでしょうし……」
「そんなことないぞ。ルナおしとやかで美人だし、本当に年下なのか疑うくらい大人びている。その衣装も似合ってるしな」
「えっ!?」
ルナは目をまんまるに見開く。
口をぱくぱくさせている。
「そ、それは、わたくしと結婚してくださるという意味でしょうか……?」
「そこまでは言ってないぞ!?」
ルナは頬を染めてはにかんでいた。
誤解されてしまったか……。
「今すぐにとは言いません。わたくしが成人したあかつきには、わたくしとの婚姻を――なんて、言ってみたりしましたっ」
途中で恥ずかしくなったのだろう。最後は早口で言い切って、ルナは部屋を飛び出してしまった。
……ルナと結婚。
考えたこともなかった。
俺にとって彼女はもう一人の妹のような存在だった。
彼女にとっての俺は、もしかしたら違ったのかもしれない。
……恋愛対象だったのかも。
「お兄ちゃん」
扉の陰からミーシェがこちらを覗いているのに気がつく。
眉間にしわを寄せている。
「まさか、わたし以外の女の子と結婚しようだなんて考えてないよね」
「ミーシェと結婚するなんて考えも無いけどな……」
「ルナちゃんは親友だけど、お兄ちゃん争奪戦となれば話は別だから」
いつの間に争奪戦が開催されていたのやら……。
その後、俺とミーシェとルナ、アスカノフの四人で王城を訪れた。
跳ね橋を渡り、城の中へとすんなりと入れてもらった。
もちろん俺が勇者だから――ではなく、王城に仕えている騎士のフィンさんが出迎えてくれたからだ。
「待っていたよ、エリオくん。アリアちゃんが来れなかったのは残念だけど」
「おみやげをいっぱい買って帰りますよ」
俺が肩をすくめる。
「あははっ。それがいい」
王城には初めて入った。王都に来たのも初めてだから当たり前だが。
豪華絢爛な内装。
赤いカーペットが敷かれ、華美な装飾がそこかしこに施されている。
「さっそくだけど、国王陛下に謁見してもらおうかな」
「あの、フィンさん」
「なんだい?」
「国王陛下は俺が勇者セフェウスの生まれ変わりだって信じてます?」
「もちろん。キミが来るのを楽しみに待っているよ」
安心した。




