7-3:列車で王都へ
そんないたずらをしていたとき、列車が急激に減速しだした。
甲高い金属音が不快に鳴り響く。
安眠していたミーシェとルナが飛び起きた。
「どっ、どうしたの!?」
「列車が停まるみたいだ」
それにしても、こんなに急な勢いで停まろうとするものなのか。
それに周囲はなにもない野原で、駅も町も見当たらない。
困惑しているうちに完全に停車してしまった。
「停まっちゃったね」
「まだ駅には着いていないぞ」
「故障したのでしょうか」
俺たちを含めた乗客たちは困惑している。
すると車掌が現れてこう言った。
「しばらく停車いたしますのでお待ちください」
具体的な説明もしないまま逃げるように去っていった。
当然、乗客たちの不安は解消されないままだ。
しばらくとはどれくらいの時間だろうか。
不安をおぼえながらも俺たちは座席に座ったまま発車を待った。
……しかし、どれだけ待っても列車はぴくりとも動きださなかった。
「我を待たせるとは愚かな人間どもめ」
「ちょっと、アスカノフちゃん!?」
がまんの限界がきたアスカノフが立ち上がり、先頭車両に向かっていった。
俺とミーシェとルナも慌てて後についていく。
そして機関部と運転室のある先頭車両へとやってきた。
列車が動けない理由がすぐに分かった。
運転席の窓に映る正面の風景。
一本の線路が続く途中、大きな物体が立ちはだかっていた。
「ビヒモスか」
アスカノフがつぶやく。
「この魔物はビヒモスっていうのか」
「魔物が通せんぼしてたんだね」
大きな物体――カバのような姿をしたビヒモスという魔物が、線路の上に乗っかっていたのだ。
「お客さま、席にお戻りください」
車掌が心底迷惑そうに言う。
しかしアスカノフはまったく意に介さない。
「貴様ら、これからどうするつもりだ。列車は動かせるのか」
「そ、それは……」
まったく目途が立っていないのは間違いない。
立往生している俺たちをよそに、ビヒモスは線路の上で丸まって眠っている。
他の車掌たちが棒でつついているが、まったく反応していない。
「あの間抜けで極めて迷惑な魔物をどかせば列車は走れるのだな?」
「は、はい」
「ふむ」
するとアスカノフは列車のドアを開けて外に出ていった。
俺たちは列車の外に出てビヒモスの前までいく。
「おっきいねー」
「まるで山のようです」
見上げなければ全貌を視界に入れられないほどの巨体。
ルナの言うとおり、大岩を通り越して山のごとき姿だ。
ビヒモスが目を開く。
「起きたよ!」
車掌たちが慌てて逃げていく。
だが、ビヒモスは俺たちを襲う気配はなく、無言で見下ろしている。
穏やかな性格らしい。
「エリオ。こいつをどかすぞ」
「どうするんだ?」
「我が竜の姿になり、火を吹く。そうすればこの間抜け面は慌てて逃げていくだろう」
「それはかわいそうではありませんか?」
意外にもルナが抗議してきた。
アスカノフは眉をひそめる。
「いくら魔物とはいえ、敵意のないもの傷つけるのは神が許しません」
ルナの言い分はもっとも。
とはいえ、現在、ビヒモスのせいで列車は動きだせない。
しっかりと迷惑は被っているのだ。
「神なんぞの許しなど必要ない」
「いけません。むやみに他者を傷つけるのは」
ルナが珍しく怒りをあらわにしている。
アスカノフはそれに動じていた。
「アスカノフさま。持ち上げて動かすことはできませんか?」
「う、うーん……」
いくらアスカノフとはいえ、この巨体を動かすのは難しそうだ。
「ビヒモスさーん、そこどいてくれませんかー」
ミーシェが声をかける。
ビヒモスはただただ無言で俺たちを見下ろすばかり。
「あっ、みなさん、見てください」
ビヒモスの側面に回っていたルナが俺たちを呼ぶ。
「この魔物、ケガをしているようです」
ビヒモスの左足に大きな傷があった。
痛々しいく皮膚が裂けている。
もしかして、この傷のせいで動けないでいるのだろうか。
「神よ、どうかこの者を救済したまえ」
ルナがひざまずき、祈りをささげる。
すると彼女の輪郭がぼんやりと発光し、その光はビヒモスの傷へと移っていった。
光に覆われた傷はみるみる塞がっていき、あっという間に治療された。
「呆れたやつだ。魔物の手当てをするなど」
「傷ついた者に人も魔物も関係ありません」
のそり。
傷が治ったのに気付いたらしい。ビヒモスが立ち上がる。
そしてのそのそと動きだし、線路からどいた。
「治ってよかったですね、ビヒモスさま」
「……」
ビヒモスはやはり無言で俺たちを見下ろしている。
その表情に感謝の気持ちが表れているような気がしないでもなかった。
地面を揺らしながらビヒモスは歩き出し、草原の彼方に去っていった。
「やったね、ルナちゃん」
「ルナ、大手柄だな」
「い、いえ、そんな。わたくしなど、これくらいしかお役に立てませんから……」
ルナにアスカノフが言う。
「ルナ、さっきの配慮に欠けた物言いを許せ」
「はい。アスカノフさまも他者をいたわる心を大事になさってください」
「まあ、少しは気にすることにする」
そういうわけで、列車はどうにか再び走り出すことができたのだった。




