7-1:列車で王都へ
ある日の夜。
「お兄ちゃん、荷物はこれでいいかな。よっこらしょっと」
ドスンッ。
ミーシェがリュックサックを俺の前に置いた瞬間、そんな音がした。
床に穴が空かなくて助かった。
中身を覗いてみると、化粧品やらアクセサリーやらがありったけ詰め込まれていた。
「ミーシェ。王都は遠いんだぞ。荷物は最小限にしないと」
「最小限にしたよー」
「化粧品やアクセサリーなんか不要だろ。家に置いていけ」
「ダメだよ! お城に招待されるんだから、身だしなみはしっかりしないと!」
とはいえ、こんなものを持って旅行なんてできない。
俺たちはこれから遠く離れた王都へと旅行するのだ。
あの日、フィンさんと王城でのパーティーを賭けて俺は戦い、勝利した。
それからフィンさんはムーンバレイを発って王都へと向かった。
そして数日後、彼から招待状を同封した手紙が届いたのだった。
パーティーはちょうど学園の夏季休暇の時期に開催されるのだった。
ミーシェは大喜びで、招待状が届いてからというもの、一日中興奮している。
その勢いのまま旅行の支度をしたせいで『これ』だ。
「田舎者だって笑われないようにしないと」
「ミーシェはそのままでもじゅうぶんかわいいから平気さ」
「えっ、そう? てへへ……」
顔をほころばせるミーシェ。
それから俺の腕に自分の腕をまわして甘えてくる。
「わたしとお兄ちゃん、いっしょにパーティーに参加したら夫婦に間違われるかな?」
「い、いや、ただの兄妹としか見られないと思うぞ……」
「ぜったい間違われるって! どうしよう! わ、わたしは間違われてもいいけどね。てへへ」
それを見ていたアスカノフがため息をつく。
「すっかり舞い上がっているな」
「アスカノフは楽しみじゃないのか? 王城でのパーティー」
「人間どもの下らん慣れ合いになど興味はない」
「えーっ、アスカノフちゃん、わたしたちドレスを着られるんだよ」
「衣服などどうでもいい」
浮かれるミーシェにも困ったものだが、アスカノフのようにかわいげがないのも味気ない。
「家に残るなんて言わないよね」
「……仕方がないからついていってやる。仕方がないからな」
だが、ここでちょっとした問題が起きた。
ルナとアリアの招待状もあったのだが、アリアが出席できなくなったのだ。
「うー、ホントに最悪!」
ルルム学園は夏季休暇中、成績不振者を対象に補習授業が行われる。
アリアはその対象者となってしまったのだ。
下から数えたほうが早い成績だからしょうがない……。
「机に向かって黒板を写すよりさ、王都で王侯貴族と交流するほうが人生の勉強になると思わない? エリオ」
「それを先生の前で言えるのなら言ってみろ」
「言ってくる!」
「待て待て!」
俺は慌ててアリアの腕をつかんだ。
成績不振者がそんなこと言ったらどんな叱りを受けるやら。
「エリオ、お城で貴族のお嬢さまに惚れられても、婚約とかしちゃダメだからね」
「そんなことあるわけないだろ」
「ありえるわよ。エリオって結構、その……かっこいいし」
もじもじ手をこすり合わせながらアリアが言う。
「あなたを想っている人は案外身近にいるんだから。それを忘れないでね」
「……わかった」
彼女にしては珍しく、しおらしい乙女のようなしぐさをしたから、俺はうかつにもこの幼馴染のことがかわいいと思ってしまった。
なんとなく俺も気まずくなり、彼女がから目をそらしてしまった。
教会でルナと会う。
「アリアさまは欠席されるのですか。残念ですね」
「ルナは俺たちと一緒に行くんだよな」
「はい。ぜひご同行させてください」
俺は少し考える。
一応。尋ねておいたほうがいいのだろうか。
しばらく考えたあと、言ってみた。
「ルナはいいのか?」
「はい。シスターの許可を得ましたので」
「いや、王都にはルナの実家があるだろ。だから、その――」
「あ、そうでしたっ。考えが及ばずすみません」
ルナがポンッと手を合わせる。
そしてにこりと笑みを浮かべた。
「旅費がかさみますし、王都に来た際は我が家で宿泊してください。王都の宿と比べればみすぼらしい家でしょうが」
「え……?」
「父も母もとてもやさしい人ですからご安心ください」
……どうやら余計な心配をしていたらしい。
ルナが親元を離れてムーンバレイで暮らしているのは、そうせざるを得ない、なにかよくない事情が家庭にあるからだと思っていた。
だが、今の反応を見る限りそうではないようだ。
「両親とは仲がいいのか?」
「もちろんです。父も母も、わたくしの尊敬する人です。毎月手紙を送り合って、互いの近況報告もしていますし」
よかった。
ルナの家庭は円満だったようだ。
これで俺の懸念はすべて解消された。
「楽しみしているぞ。ルナのドレス姿」
「エリオさま……」
ぽっと顔を赤らめるルナ。
そして上品にはにかむ。
「わ、わたくしのドレス姿、ぜひご覧になってください……」
ドレス姿のルナを想像する。
きっと人形のようにかわいいのだろうな。
質素な衣服を好む彼女のおめかしした姿、今から楽しみだ。
「わ、わたくしたち二人でパーティーに出席しましたら、夫婦と間違われてしまうかもしれませんね……」
なんかそのセリフ、前にも聞いたような気がする。




