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6-3:放浪の騎士

 本当に普通の味なのだろうか……。


「ところでエリオくん。戦いは今度の休日だね。楽しみにしているよ」

「がっかりさせてしまうかもしれませんよ」

「勇者セフェウスにがっかりするほど僕はえらくないさ」


 それから俺たちはフィンさんと共にムーンバレイの町を回った。

 俺たちからすればなんの面白みもない町だけれど、フィンさんはなにげないもの一つ一つに興味を示していた。


「平和な町だね」

「小さいですけどね」

「小さくたっていいじゃないか。のどかで穏やかで」

「フィンさんは旅でいろんな町を見てきているから、退屈じゃありませんか?」

「そんなことないよ」


 現地の人から見ればありふれた光景でも、外部の人間からすれば面白いものに見える。

 フィンさんはそう答えた。

 イモリの丸焼きがその代表だった。


「ムーンバレイは本当に恵まれているよ」


 真剣な表情になるフィンさん。


「戦争や疫病、飢餓にも無縁の町だ」


 他の領地との戦争が頻発していて徴兵が行われている町。となりの村と水や材木などの資源をめぐって争っている村。流行り病が蔓延する村。枯れた土地で、わずかな食糧で生きながらえている村。魔物の襲撃に悩まされている集落……。


 そんな村や町をフィンさんは何度も目にしてきたという。

 ムーンバレイはそういう町と比較して極めて平和なのだった。


「驚いたのは、町に学校があることだね。この規模の町にはちゃんとした学校がないことがほとんどだよ」

「そうなんですか?」

「小さな村なんかだと、教会でシスターが勉強を教えている程度だよ」


 文字の読み書きができない住人がいる村は少なくないという。

 文字が書けるうえに計算ができ、歴史を学べる住人がいる町はとても恵まれているらしい。


「それともう一つ、ムーンバレイにはすばらしいものがあるじゃないか」


 フィンさんは俺を見て言う。


「勇者セフェウスという偉大なる人物が」


 そういえばそうだった。

 世界を救った英雄が興した町だったのをすっかり忘れていた。

 そもそもフィンさんは勇者セフェウスのためにこの町に来たのだった。


「エリオくん。キミには使命がある」

「使命ですか」

「このムーンバレイを守っていくという使命だよ。それが勇者の生まれ変わりであるキミの役目だ。理不尽と思うか光栄と思うかはキミ次第だけど」


 理不尽だなんてとんでもない。

 大事な家族や友達と暮らすこの町をこの手で守れるのなら光栄だ。

 勇者セフェウスも、こういうのどかで平和な日常を求めていたような気がする。


「平和というものは儚くてもろい。ほんのささいなきっかけで失われてしまう。僕はそうなってしまうのをこの目で何度も見てきた」

「ムーンバレイは俺が守ってみせます」

「うん。頼もしいね」

「さっすがお兄ちゃん」


 なんて、格好つけて言ってみたが、俺にできることなどそう多くはない。

 勇者の生まれ変わりであるのを除けば、ありふれたただの人間なのだから。


「しかし、僕も少々無遠慮だったかな」


 フィンさんがうつむいて考え込む。


「勇者セフェウスはムーンバレイの英雄だ。そんな彼の生まれ変わりを負かしてしまったら、誇りや名誉に傷をつけてしまうのでは」


 すごい自身だ。

 フィンさんは自分が勝つ気でいる。

 穏やかでやさしい雰囲気だけど、戦いに関しては熱いところがあるのがわかる。

 決してうぬぼれではない。


「フィンさま。エリオさまは負けません」

「うん。それくらい強くないと戦いがいがないからね」

「ミーシェさまもドレスとパーティーを楽しみにしているのですよ」

「もしかすると、残念な結果になってしまうかもね」


 なんて冗談めかしてくる。


「お兄ちゃん、ぜったい勝ってよね」

「努力はする」


 そのとき、町の警鐘が鳴り響いた。

 魔物の襲撃を知らせる合図だ。

 町の人たちがいっせいに家屋に隠れだす。


「エリオくん、この鐘は……?」

「魔物が町に近づいてきたんです」

「よし、すぐに向かおう」


 町の門まで行くと、戦闘はすでに始まっていた。

 カマキリの姿に似た魔物が二体、そこにいた。

 姿こそカマキリだが、いずれも人間より二回りほど大きい。


 両手は鋭利な刃になっている。

 獲物を刈り取る刃だ。

 カマキリたちにのそばには傷を負って倒れている門番がいた。


「グリムリーパーがこんなところに……」

「ルナ、ミーシェ。あの人の手当てを!」

「かしこまりました!」


 俺とフィンさんは魔物――グリムリーパーの相手だ。


 グリムリーパーが刃を振るって襲いくる。

 俺はそれをかわし、剣で防御していなしていく。

 大振りな攻撃の隙を狙い、反撃を繰り出す。

 刃の腕を一本、二本と切り落とし、最後に細い胴体を裂いた。


 俺のほうは倒した。

 フィンさんはというと……。


「どうにか討伐できたみたいだね」


 とっくに倒していた。

 それも無傷で。


「すごいな、エリオくん。グリムリーパーを一人で倒すなんて」

「そんな強敵だったんですか?」

「ああ。本来なら数人がかりで相手をする魔物だよ。負傷者や死者だって出る場合もあるのに、さすが勇者の生まれ変わりだね」

「フィンさんだって一人で倒したじゃないですか」

「僕はたまたまうまくいっただけよだ。てこずるようならエリオくんに助けてもらおうと思ってたしね」


 これでフィンさんの実力が分かった。

 俺と同等かそれ以上。

 ミーシェには悪いが、お城でのパーティーは叶わないかもしれない。

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