1-2:転生した勇者
おしとやかそうな彼女の名はルナ。
俺たちと同じルルム学園に通う生徒。
普段は教会でシスターの手伝いをしているのだ。
まだ初等部の12歳なのに立派だ。
さすが貴族のお嬢さまは育ちが違う。
ルナは祈るように手を握り合わせ、目を閉じる。
「今日も一日、神のご加護があらんことを」
「あ、神といえば俺、夢の中で神さまに来世の――」
「お兄ちゃんっ。まさかそれって勇者がどうのこうのって話!? 恥ずかしいからその話しないでよっ」
「どのようなお話ですか? わたくしにも聞かせてほしいです」
俺はルナとミーシェに夢の中での出来事を話した。
前世が勇者セフェウスだったことを。
エリオとして生まれ変わる前に望んだことを。
平穏な日々を送りたい。
妹が欲しい――と願った部分は黙っておいた。
となりにその妹本人がいるから恥ずかしかったのだ。
「ね? 意味わかんないでしょ?」
「いえ、わたくしはそうは思いません」
ろこつにバカにするミーシェとは裏腹に、ルナはやさしげな口調で言う。
「神は夢を介して人間に接触するといいます。エリオさまはもしかすると本当に前世が勇者セフェウスだったのかもしれません」
「お兄ちゃんはどこにでもいる普通のお兄ちゃんだよ。それに――」
ミーシェがうつむき加減になってもじもじしながら照れくさげにつぶやく。
「お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなの。勇者でもなんでもない、わたしだけのお兄ちゃんなんだよ」
「ミーシェ……」
いじらしい妹だ。
こんなかわいい妹を神さまがくれたのだとしたら、がんばって魔王を倒した甲斐があったものだ。
ルナもほほえましげにミーシェを見ていた。
「家族がいるとはステキなことなのですね」
ルナの両親は王都で暮らしている。
両親と離れて暮らしている彼女にとって、俺とミーシェの関係はうらやましいのかもしれない。
「そろそろ行きましょうか。遅刻してしまいます」
「そうだね」
「行こうか」
俺とミーシェとルナは毎日こんなふうに三人で登校している。
年齢は少々離れているが、仲良し三人組だ。
ルルム学園に近づくにつれ、同じカバンを持った生徒ともちらほら会うようになる。
ムーンバレイの町に学校はのルルム学園しかないから、必然的に町の子供たちほぼ全員がここに集うことになる。
そういうわけで、田舎町の学校でありながら規模はそれなりに大きいのだった。
「それではミーシェさま、エリオさま、ごきげんよう」
ルナが初等部のある東棟に行く。
「お兄ちゃん、放課後はいっしょに勉強だからね」
ミーシェは西棟の中等部に。
そして俺は中央棟の高等部に入った。
授業中。
教壇に立つ先生が歴史について語っている。
内容は、このムーンバレイの成り立ち。
「えっと、それじゃあエリオくん。ムーンバレイの町は誰が興したかわかる?」
退屈そうにしていたからか、あてられてしまった。
「勇者セフェウスです」
「そのとおり。よく勉強してますね」
先生はにこにこ笑顔でほめてくれた。
それにしても、また勇者セフェウスか。
これは偶然なのだろうか。
「勇者セフェウスは魔王ロッシュローブを倒したあと、この盆地に移民を連れて小さな集落をつくって余生を過ごしたとされています。それが今のムーンバレイの町なんですよ」
俺がそのセフェウスの生まれ変わりなんです。
――とはさすがに言わなかった。
クラスメイトは大笑いするだろうし、先生には本気で心配されるだろうから。
昼休み。
俺とミーシェとルナの三人は校庭に集まって昼食を食べた。
昼食もだいたいいつもこの三人で集まるのだ。
ひとつの大きなランチボックスに入ったサンドイッチを三人で食べていく。
「おいしいですっ。さすがミーシェさま」
「てへへー。お兄ちゃんもおいしい?」
「おいしい。サンドイッチって具を挟むだけかと思ったけど、こうもおいしくなるんだな」
昼食は当番制で、今日はミーシェが当番。
サンドイッチをぱくぱくと食べながら雑談する。
「とうとう期末試験の範囲が発表されたね。今回も大変そう」
「わたくしにできることは少ないですが、応援いたします」
「ルナちゃんだって試験でしょ?」
「わたくしはまだ初等部ですので、中等部や高等部に比べれば大したことはないかと」
「油断しちゃダメだよ。100点満点取れるようにがんばらないと」
「そうですね。わたくしとしたことが、慢心していました」
やがてサンドイッチを食べつくし、ランチボックスが空になる。
昼休みが終わるまで少し時間が余っている。
だから俺はこう提案した。
「なあ、『剣』の祭壇に行ってみないか?」
「お、お兄ちゃん、もしかして……」
「どうしても試してみたいんだ」
ミーシェが心底呆れたふうにため息をつく。
「本気で勇者の生まれ変わりだと思ってるの?」
「ですがミーシェさま。エリオさまは本当に勇者セフェウスの生まれ変わりかもしれませんよ」
「もー、ルナちゃんまで」
そういうわけで俺たちはルルム学園の敷地内にある祭壇に行った。
ここに『剣』がある。