6-1:放浪の騎士
休日の昼間。昼食のあと。
俺とミーシェとアスカノフは家でボードゲームで遊んでいた。
ルールはかんたん。
ダイスを振って出た目の数だけコマを進めてゴールにたどり着けば勝利だ。
つまり、ほぼダイス運だけの、実力が影響しない遊びだが、そのほうがかえって気楽なのだ。
「えいっ」
ミーシェがダイスを振る。
出た目は1。
がっくりとうなだれるミーシェ。
続いて俺がダイスを振る。
出た目は6。最大値だ。
コマを6マス進ませる。
「お兄ちゃん、大人げないよ」
ミーシェが不満を口にする。
大人げないと言われても、ダイスの目がそう出てしまったのだから仕方がない。
今のところ俺が先頭で、続いてミーシェだ。
最下位は……。
「とやっ」
アスカノフだ。
彼女のダイスの目は5。
しかし、止まったマスには『6マス』戻ると書かれており、彼女のコマは後戻りを強いられた。
そんな調子がさっきから続いていて、アスカノフのコマは出発地点付近をうろついているのだ。
「どうしよう、お兄ちゃん」
ミーシェが耳打ちしてくる。
「アスカノフちゃん、機嫌を損ねちゃうんじゃないかな」
ちらりとアスカノフの顔を覗き見る。
彼女は真剣な面持ち。
怒っているようには見えない。今のところは。
万が一、彼女が機嫌を損ねて竜に変身して暴れたら、我が家はぺしゃんこだ。
俺はようやくこの時点で気づいたのだ。アスカノフを接待してやらないといけないことに。
「ミーシェ」
「ひゃいっ」
アスカノフに呼ばれてミーシェは裏返った声を出す。
「貴様の番だぞ。さっさとダイスを振れ」
「あ、そうだったね。あはは……」
そうして俺とミーシェは戦々恐々としながらダイスを振ってコマを進めていった。
俺たちの気持ちとは裏腹に、ダイスは無慈悲なまでの目を出していった。
結局、俺たちは最初にゴールし、アスカノフが最後に残されたのだった。
「ご、ごめんね、アスカノフちゃん」
「なぜ謝る必要がある」
「えっと、それは……」
「負けて我がへそを曲げると思ったか?」
「あはは……」
「我はその程度で機嫌を損ねたりはしない。お前たちが我に気をつかって手心を加えようとしたら話は別だったがな」
たしかに、そんなことをしたら彼女のプライドを傷つけるはめになるだろう。
「勝利するために最善の手を尽くす――それが勝負ごとにおける最低限のマナーだ」
アスカノフは全員のコマを振り出しに戻す。
「さて、もう一度勝負だ」
やはりくやしかったらしい。
と、そのとき、玄関のベルが鳴った。
客人だ。
「エリオ! エリオはいる!?」
出迎える前から玄関を開けて入ってきたのはアリアだった。
どうも慌てたようす。
「あ、エリオ。よかった。いたのね」
「どうかしたのか?」
「町長があなたを呼んでるの」
町長が?
どうしたのだろう。
「俺になにか用なのか?」
「エリオっていうか、正確には勇者セフェウスに、かな」
町長の邸宅に俺たちは来た。
このムーンバレイの長が住む家だけあり、立派なお屋敷だ。
門番に案内されて敷地に入り、屋敷に入ると今度は執事に案内された。
広々とした応接室。
そこにはすでに二人の人物がいた。
一人は俺たちが知っている町長。年老いてはいるが背筋はしっかりしている。
もう一人は知らない人だ。
金属の肩当てと胸当てを装備をした20代くらいの青年。
まじめで誠実そうな印象を受ける。
「ようこそ、エリオくん」
町長がそう言う。
「町長。俺に用事とは」
「実はね、我がムーンバレイに勇者セフェウスの後継者が現れたのを聞いてやってきた人がいるのだよ」
「こちらの方ですか?」
「フィンと申します。騎士ですが今は放浪の身です。勇者セフェウスの後継者に会えて光栄です」
フィンと名乗った彼は白い歯を見せてさわやかに笑ってみせた。
放浪騎士か。
騎士の中には修行のために諸国を旅する人がいるというが、フィンさんもそういう人なのだろう。
騎士ということは貴族の人だ。それも、立派な家柄の。
年齢を抜きにしても目上の立場の人だ。
「すごいよお兄ちゃん。騎士さまだよ」
ミーシェははしゃいでいる。
「俺なんかのためにわざわざムーンバレイに来てくださって恐縮です、フィンさん」
「『なんか』ではないよ。なにせキミは勇者セフェウスの再来なのだから」
「お兄ちゃんは勇者セフェウスの生まれ変わりなんですよ、フィンさん」
「本当かい!? なら、ぜひとも魔王ロッシュローブ討伐の話を聞かせてもらいたいな」
「残念ですが、前世の記憶はないんです」
「そうかい。それならしかたがない」
メイドが紅茶とお菓子を運んできた。
俺たちはお茶をしながら、自己紹介を兼ねてフィンさんといろいろ話した。
フィンさんは俺が聖剣『ルーグ』を抜いた経緯にとても興味を示していた。
もっとも、聖剣を抜いた以外はありふれた日常しか送ってこなかったので、彼を落胆させてしまったかもしれないが。
「さすがは勇者セフェウスの再来。竜を住人に迎え入れるとは。すごいよ。それに魔物を幾度も討伐するなんてね」
フィンさんは大げさにほめてくれた。
「勇者セフェウスのころの記憶はないけれど、戦いの心得は覚えているのだね。それなら好都合だ」
「好都合とは?」




