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5-5:蛍花

 動揺するミーシェの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 俺に抱きついて泣きじゃくる。


「お兄ちゃん、死なないで! 死んじゃいやだよー!」

「安心してくれ。たぶんこの程度では死なないから」


 兄想いの妹のために笑ってみせる。

 とはいうものの、実際は死ぬほど痛い。

 うめき声をあげて思う存分痛がりたいのをこらえているので精いっぱいだ。


 さすがに失血死はしないだろうが、このままでは傷口が化膿するかもしれない。

 一刻も早く手当しないと……。


「勇者! お前、ケガしたのか!」


 妖精が追いついてきた。


「とっとと治さないと悪化するぞ」

「妖精さん、傷薬を持ってない!?」

「傷薬? そんなの必要ないだろ。早く治してあげなって」


 妖精がよくわからないことを口にする。

 まるですぐにでもミーシェたちが俺の傷を治療できるみたいな言いかただ。


「お前、低級の治療魔法くらいなら使えるだろ?」

「わたくしですか!?」


 ルナが自分を指さして驚いた。

 どういうことだ。ルナは魔法が使えるのか。

 妖精の口ぶりだとそうらしいが。


「お前からは魔力を感じるぞ。しかも、癒しの力を秘めた聖なる魔力だ」

「わたくしに魔力があったのですか……」

「知らなかったのか?」

「すごいよルナちゃん! さっそくお兄ちゃんの傷を治してあげて!」

「し、しかし、どのようにして魔法を唱えればよいのでしょうか……」


 さすがにいきなりのことなのでルナは戸惑っている。

 妖精はため息をつく。


「心の中で祈ればいい。祈りで魔力が呼応して魔法に変わる」

「神に祈るようにすればよろしいのでしょうか」

「そんな感じでいいと思うぞ。こいつを治したいって願え」

「……わかりました」


 ルナが俺の前にひざまずく。

 そして神に祈るように両手を握り合わせて目を閉じた。


「神よ、どうかこの者を救いたまえ」


 次の瞬間、ルナの身体がぼんやりと光りだした。


「ルナちゃんが光りだしたよ!」

「魔力が可視化されたんだ。魔法が発動するぞ」


 ルナから発せられた光が俺へと移る。

 温かい光だ。

 心が穏やかになっていく。


「お兄ちゃんの傷がふさがっていくよ!」


 ふくらはぎの傷がみるみるうちに小さくなっていく。

 それに伴い、痛みもどんどん引いていった。

 しばらくすると傷は完全にふさがって、傷跡すら残らず癒えた。


「エリオさま。傷のほうは……」

「ああ。すっかり治った。ありがとう。ルナのおかげだ」

「よ、よかったです……」


 笑顔を浮かべるルナ。

 目を細めると、涙がぽろりと落ちて頬を滑っていった。


「ルナちゃん、すごいよ。傷を治す魔法が使えるなんて」

「いえ、わたくしの力ではありません。これは神がくださった奇跡です」


 魔法であろうと奇跡であろうと俺は救われた。

 ルナによって。


「エリオさま。わたくしはお役に立てたでしょうか」

「もちろんだとも」


 俺がうなずくと、ルナは再びうれしそうに笑みを浮かべた。


「さて、妖精さん。魔物をやっつけたんだから、蛍花をつませてもらうね」

「ああ、わかった」


 そうして俺とミーシェとルナは妖精に湖まで案内してもらった。

 森の中に広い湖が広がっていた。

 そして湖の周辺の地面には、まるで星が落ちてきたかのように無数の小さな光があった。


 近づいて見てみる。

 小さな花が発光している。

 これが蛍花……。


「人間どもは昔、光る花が珍しいからって片っ端からつんでいったんだ。アタシたちの大事な花だったのに」

「だからわたくしたち人間を妖精は拒絶しているのですね」

「お前たちには恩がある。約束どおり蛍花をつんでもいいぞ」

「やったね、お兄ちゃん」


 夜空に飾られた月を鏡のように映した湖の水面。

 ほとりには蛍花の無数の光。

 非日常的な、うっとりするほどの幻想的で神秘的な光景だ。


「お前たちがブラッドハウルを倒したのか」

「人間が森に入ってくるなんて久しぶりだな」

「その男からは特別な魔力を感じる」


 他の妖精たちが次々とやってきてにぎやかになった。

 ミーシェとルナは湖のほとりを歩いて、どの蛍花をつむか考えている。


「あ、これなんかいいんじゃない?」

「はい。それがよろしいかと」


 ミーシェとルナは地上の星のひとつを手に取ったのだった。

 目的は達成した。


「言うのを忘れていた。ありがとう。ブラッドハウルを倒してくれて」


 妖精がお礼を言ってくる。


「お前たちは特別これからも森に入れてやる。蛍花も少しだけならつんでいってもいいぞ」

「やったーっ。妖精さんとお友達になれたっ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねてよろこぶミーシェ。


「友達になったおぼえはないぞ!」


 ルナがあごに手を添えて考え込む。


「しかし、ブラッドハウルはどこからやってきたのでしょう。ムーンバレイにあんな凶悪な魔物がいたなんて、自警団も知らないと思います」

「それはわからん。あいつは突然この森にやってきたんだ」

「深く考えなくていいんじゃないかな。もうお兄ちゃんがやっつけたんだし」


 気楽だな。我が妹は。



 そうして俺たちの真夜中の冒険は幕を閉じたのだった。

 俺たちはそれぞれ帰るべき場所に帰ったのだった。

 アスカノフ、よろこんでくれるといいな。

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