5-4:蛍花
「わかった。けど、加勢は必要ないからな。俺のうしろでじっとしていることが条件だ」
「やったね、ルナちゃん」
「はいっ」
そうして俺たちは再び妖精の森へと入ったのだった。
「こっちだ」
妖精に先導されて森を歩く。
グオオオオオッ、というおぞましいおたけびが森にまた響く。
ミーシェとルナは俺の服の裾をつまみながら歩いていた。
「この森にはアタシたちの魔法で結界が張ってあってよそ者は入れないのに、ブラッドハウルのやつはどうしてか入れちゃうんだ」
俺たちの前でふわふわと浮かびながら妖精が言う。
「安心して、妖精さん。お兄ちゃんは伝説の勇者セフェウスなの」
「セフェウスだって!?」
驚く妖精。
そのそぶりだとセフェウスを知っているようだ。
「うそを言うな。セフェウスは大昔の人間だぞ」
「お兄ちゃんはその生まれ変わりなの」
「エリオさまは勇者のあかしである、伝説の聖剣を抜いたのです」
「その剣、まさか『ルーグ』なのか」
妖精がまじまじと俺の持つ剣を見る。
「ブラッドハウルなんてお兄ちゃんがやっつけてあげるからね」
「一応、信じてやる」
三度目のおたけび。
どんどんブラッドハウルに近づいてきているのが声の大きさでわかる。
ミーシェとルナはすっかりおびえている。
正直なところ、俺も怖い。
だが、俺まで怖がったら二人を心細くさせてしまう。
だから俺はあくまで平気なふうをよそおった。
「とまれ」
妖精がこちらを振り向いて止めてくる。
「この先にブラッドハウルがいる」
俺たちはかがんで背を低くしながら慎重に進み、木の陰から向こうを見た。
そこにはおぞましい魔物がいた。
その魔物もまた、絵本に出てくるようなオオカミ男で、獣の体毛を生やし、人型をしていた。
頭部は完全にオオカミそのもので、鋭い牙が生えそろっている。
獰猛そうな目からは理性を感じられない。
ブラッドハウルは夢中で果実をむさぼっている。
俺たちに気づいていない。
ふいうちをするなら今だ。
「ブッドハウル! 覚悟しろ! やっつけてやるからな!」
……ところが、妖精がブラッドハウルの前におどり出てそう宣言した。
そういうわけで、俺は正々堂々とこの魔物と戦うはめになったのだった。
剣を構えてブラッドハウルと対峙する。
ブラッドハウルは牙をむき出しにしてうなって威嚇してくる。。
恐ろしい形相だ。
前足、いや手と呼ぶべき部位には人間の皮膚などたやすく切り裂けるであろう爪が伸びている。
するどい牙も、一度獲物にくらいついたら引きちぎるまで二度と離さないだろう。
ブラッドハウルが地面を蹴ってとびかかってきた。
俺は自分でも信じられない反応でそれを回避する。
続けざまに爪の一撃。
それも身体をそらしてよける。
ブラッドハウルの凶暴な連撃をどうにかいなしていく。
そうしつつ、剣による一撃をくらわせる隙を見計らっていた。
「お兄ちゃん、がんばって!」
「エリオさま!」
二人が応援してくる。
ブラッドハウルがそれに気を取られ、二人のほうを向いた。
隙ができた。
俺はすかさず間合いを詰め、聖剣『ルーグ』を力の限り振るった。
剣の刃が腹を斬る。
ブラッドハウルもよけようと動いたので、致命傷にはいたらなかった。
ブラッドハウルが背を向けて逃げ出す。
俺はすぐさま追いかけた。
とどめをさすなら今しかない。
逃げるブラッドハウルの背中を追う。
暗い森の中を駆け抜ける。
草を踏みしめ、草むらをかきわけて。
今の居場所なんてとっくにわからなくなったが、きっと妖精が教えてくれるだろうと楽観的に考える。
とにかくここでブラッドハウルを追い詰めないと。
その一心で追いかけていた。
「なっ!?」
突如、ブラッドハウルが立ち止まってこちらを振り向く。
慌てて俺も急停止する。
そして、俺は罠のある場所まで誘い出されたのにすぐ気づいた――罠にかかってから。
右足に強烈な痛みが走る。
たまらずうずくまる。
右足に目をやると、ふくらはぎに一直線に深い傷ができていた。
そして足元には罠を作動させるためのものらしいヒモと、俺のふくらはぎをかすめた矢が落ちていた。
罠を作って、しかも獲物を誘い出すほどの知性があっただなんて。
油断した。
俺はブラッドハウルを飢えた獣とばかリ思っていた。
しかし、こいつは人間に匹敵する知能を持っていたのだ。
ブラッドハウルがここぞとばかりに迫ってくる。
このままではやられてしまう。
俺は渾身の力を振り絞って痛みをこらえ、剣を強く握る。
立ち上がると同時に剣を斜め上に振り上げた。
やぶれかぶれの斬撃がブラッドハウルを斬る。
今度こそ、やつの急所に一撃をくらわせた。
ブラッドハウルはあおむけに倒れる。
俺は心臓に剣を突き刺してとどめをさした。
その一撃でブラッドハウルは絶命した。
極限状態から解放されると、再び傷口に痛みが生じた。
これまで経験したことのない激痛。
うずくまって足を押さえる。
「お兄ちゃん!」
「エリオさま!」
遅れてミーシェとルナが現れた。
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「ケガしたの!?」
「ああ、罠にかかってな」
俺がふくらはぎを見せる。
傷口からは今も出血が続いている。
「ど、どどどどうしよう!?」
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