5-3:蛍花
「蛍花が群生しているという湖はこの道をまっすぐ進めばいいそうです」
地図を見ながらルナが言う。
彼女に任せれば道を間違えることはないだろう。
「それにしてもミーシェ。妖精の森の地図なんてよく見つけたな」
「歴史の授業で郷土研究があってね、それで郷土資料を図書館でさがしていたら見つけたの」
なるほど、そういうことか。
蛍花を贈る風習もそれで知ったとミーシェは言う。
「勇者セフェウスの伝説もしっかり残ってたよ」
当然あるだろう。
このムーンバレイを興した人物なのだから。
「お兄ちゃんのこと、ばっちりクラスメイトに自慢しといたからねっ」
ぐっと親指を立ててウィンクするミーシェ。
それは前からだろ。
ミーシェが片っ端から俺のことを自慢するおかげで、俺はことあるごとに「あ、ミーシェのお兄さんだ」と中等部の女子生徒から声をかけられるのだ。
「図書館で見つけた資料に勇者セフェウスの肖像画も載ってたよ。すごいかっこよかった。お兄ちゃんの前世なのに」
最後の一言は余計だ。
「そろそろ湖につきますよ」
暗い森の道の先に小さな光の点が見える。
俺たちは自然と足早になる。
うっそうと生い茂る木々の道を抜けると――。
「あ、あれれ……?」
「どうしてでしょう……」
俺とミーシェとルナはぽかんとしていた。
木々の道を抜けた先は――森の入り口だった。
俺たちが最初に入った場所だ。
どういうことだ。もと来た道をいつの間にか戻っていたのか。
「す、すみません! 地図の見方を間違えたみたいですっ」
ルナが謝る。
だが、どうにも道を誤ったとは思えない。
道を間違えたとしたら、二度ほどあった分かれ道くらいだ。
もとの道を引き返していたのなら、さすがに気づくはず。
「もう一度、地図をしっかり見ていきます」
もう一度森に入る。
しばらく歩くと、なんとまた森の入り口に戻ってきてしまった。
「あわわわ……」
「ルナちゃんは悪くないよっ」
ルナは困惑のせいで目をぐるぐる回していた。
明らかにおかしい。
間違いなく俺たちは地図に従って道を進んだ。
にもかかわらず、いつの間にか道を真逆に戻っていた。
「帰れ! 人間!」
そのとき、どこからかそんな声が聞こえてきた。
あたりをきょろきょろと見回す。
俺たち以外に人はいない。
「お兄ちゃん! あれ見て!」
ミーシェがなにかに気づいて森のほうを指さす。
木々が生い茂る暗がり。
そこに発光する小さな物体がふわふわと浮いていた。
目を凝らすと、それが人型だと判別できた。
人形遊びに使う人形くらいの小さな人間が発光して浮遊していたのだ。
子供の外見で、背中には透けた羽が生えている。
「妖精です!」
その子供は、絵本に出てくる妖精そのものだった。
妖精は怒りが見て取れる形相で俺たちをきつくにらんでいる。
歓迎されていないのは間違いない。
「帰れ、人間」
妖精は再びそう言った。
「妖精さん。あなたがわたしたちを森から追い出したの?」
「そうだ。アタシの魔法でお前たちを迷わせたんだ。この森はアタシたち妖精の住処だからな」
妖精はあからさまに敵意を向けてきている。
「妖精さま。あなたがたの住処に無断で立ち入ったのを謝罪いたします。この森で蛍花をつむこと許していただけないでしょうか」
「ダメだね。蛍花はアタシたち妖精の宝物なんだ」
ムーンバレイの移住者に蛍花を贈る風習があるのを妖精に教える。
そのうえでもう一度お願いする。
しかし、妖精の返事は変わらなかった。
「そういう風習があるのは知ってる。だからアタシたちはお前たち人間を森に入らせないんだ」
風習がすたれたのはそういう理由があったからか……。
「一輪だけでいいんだ。俺たちに蛍花を譲ってくれ。必要なら対価も支払う」
そのときだった。
グオオオオッという、怪物のおぞましい雄たけびが響いてきたのは。
俺たちはびくりと身をすくませる。
ミーシェとルナは俺にすがりついていた。
「ブラッドハウルが出たぞ!」
森の奥からもう一人の妖精が飛んでくる。
「早く逃げないとみんな食べられちゃうぞ」
「う、うん!」
そう短く伝えると、その妖精はまたすぐに再び森の中に行ってしまった。
「ブラッドハウルっていうのは魔物か?」
俺が尋ねると妖精はうなずく。
「最近、この森に現れた凶暴な魔物なんだ。アタシたち妖精の食べる果実を奪ったり、アタシたちを傷つけたりするんだ」
妖精たちの敵というわけか。
「邪悪なる魔物なのですね」
「お兄ちゃん、妖精さんを助けてあげようよ」
「けど、俺たちは森に入るを拒絶されているから……」
「い、いや! 入っていい!」
妖精が首をぶんぶん横に振る。
「ブラッドハウルをやっつけてくれ! そうしたら蛍花を譲ってやってもいい」
妖精たちには気の毒だが、これは好都合と言うべきだろう。
しかし、魔物討伐となると危険を伴う。
「わかった。ブラッドハウルを倒してこよう。ミーシェとルナは――」
「わたしたちもいっしょに行くよ!」
「えっ」
「足手まといかもしれませんが、どうかわたくしたちもお連れください、エリオさま」
たしかに、ここに彼女たちだけを残すのも危険だが……。
「わたし、お兄ちゃんといっしょに戦えるように毎日鍛えてるの」
ぶんぶん拳を振ってみせるミーシェ。
もし、俺が長い間戻ってこなかったら、二人とも俺を心配して森に入るだろう。
そうなるくらいならいっそ、はじめから連れていったほうがいいかもしれない。




