5-1:蛍花
ルルム学園。高等部の教室。
4階のこの教室からは学園の敷地内がよく見渡せる。
放課後の光景。
校門をくぐって家路につく多くの生徒たち。
未だ学園に残って校庭で遊んでいる少数の生徒たち。
そして運動場で部活動をしている生徒たち。
グリップスフィア部がボールを投げ合っているのも見える。
あの中にアリアも混じっているはずなのだが、さすがに遠すぎて見つけられない。
とっくに授業は終わったので、教室にいる生徒もまばらだ。
アスカノフは他の女子生徒とおしゃべりしている。
もっとも、アスカノフは相づちをうつくらいで、自分からは積極的にしゃべろうとしないが。
「アスカノフちゃんって、王都に行ったことはある?」
「い、いや、ない……」
「アスカノフちゃん、今度勉強教えてよ」
「わ、我でいいのか……?」
「アスカノフちゃんとエリオくんって恋人同士なのー?」
「ち、違う……。たぶん……」
学校生活を始めてそれなりの日にちが経っているのに、まだぎこちない態度でクラスメイトたちとおっかなびっくり接している。
俺と接するときの尊大な態度とはまるで違う。
ある意味、それはそれで光栄なことなのか……?
「お兄ちゃーんっ」
教室の扉が勢いよく開かれた。
中等部からわざわざミーシェがやってきたのだ。ルナもいる。
教室に残っていた生徒たちが、派手な登場をしたミーシェたちに一斉に注目する。
ミーシェとルナは小走りで俺のところへやってきた。
どうしたのだろう。帰りはだいたい校門で待ち合わせなのだが。
「どうした? ミーシェ。ルナも」
「えーっと、アスカノフちゃんは……」
きょろきょろするミーシェ。
女子生徒たちとおしゃべりするアスカノフをすぐに見つける。
「アスカノフなら今、クラスメイトと交友を深めているところだ」
「そうみたいだね。ちょうどよかった」
ちょうどよかった……?
残念がると思いきや、正反対の反応だ。
ミーシェが俺の手を引く。
「帰るよ、お兄ちゃん」
「ああ。アスカ――」
「ちょっ!」
「むぐっ」
俺がアスカノフを呼ぼうとした瞬間、ミーシェの手が俺の口をふさいだ。
むぐむぐ言ってしまう。
「アスカノフちゃんに見つからないよう、こっそり帰るんだよ」
「ど、どうしてだ……?」
「それは――」
「アスカノフさま。わたくしたちはお先に失礼いたします」
「って、ルナちゃん!?」
こっそり帰るはずが、ルナが律儀にアスカノフにおじぎをした。
慌てて席を立つアスカノフ。
「ま、待て! 我もいっしょに――」
「アスカノフちゃん、帰っちゃうの? もっとおしゃべりしようよ」
「そうだよそうだよ」
帰ろうとするアスカノフを女子生徒たちが引き留める。
迷うアスカノフ。
にこりと微笑むルナ。
「アスカノフさま。わたくしたちのことならどうぞお気になさらず」
「あ、ああ……」
「では、失礼いたします」
しょんぼりとするアスカノフを置いて、俺とミーシェとルナは教室を出た。
アスカノフ、たぶん俺たちと帰りたかったんだろうな。
けど、アスカノフの今後のことを考えたら交友の輪を広げるほうが有意義だろう。
俺やミーシェとなら家に帰ればいくらでも話せるからな。
「ミーシェさま。気づかないうちにわたくしたちが下校してしまっては、アスカノフさまが戸惑いますよ」
「そうだね。ありがとう、ルナちゃん」
「で、どうしてアスカノフをのけ者にして帰る必要があるんだ?」
「のけ者なんてひどい言い草だよ、お兄ちゃん」
ぷくっとほっぺたをふくらませるミーシェ。
「実は、わたくしたちでアスカノフさまに贈り物をしようと思っているのです」
ルナが説明してくれた。
「アスカノフの誕生日でも近いのか?」
「いえ、移住者への贈り物です」
「お兄ちゃん、前世が勇者なのに知らないの? ムーンバレイに移り住んだ人には、町の人たちが贈り物をするんだよ」
まったく知らない。
俺に前世の記憶があれば知っていたのかもしれないが。
「ミーシェさまったら。わたくしたちもついこの前、知ったのではありませんか」
「てへへ。そうだったね」
二人が言うに、ムーンバレイの移住者には『蛍花』という花を贈る風習があるのだという。
移住者はめったに来ないため、すっかりすたれた風習になってしまったらしい。
そして蛍花とは、ムーンバレイの近くにある妖精の森に生えている花だという。
その花には魔力がわずかに宿っていて、夜になると美しく発光するとのこと。
「わたしたち、アスカノフちゃんにどうしても蛍花をプレゼントしたいの。こっそり蛍花をつんできて驚かせたいんだよねー」
「アスカノフには秘密というわけか」
彼女を置いてこっそり出てきた理由がようやくわかった。
「でも、こっそりする必要あるか?」
「あるよ。プレゼントはいきなりもらうからこそうれしいものじゃない」
そうなのか……。
いまいち納得いかないが、とりあえずうなずくことにした。
「それでエリオさま。わたくしたち三人で蛍花をつみにいきませんか?」
「妖精の森には魔物が出るっていうし、お兄ちゃんに護衛してもらいたいの」
「そういうことならわかった。俺が二人を守るよ」
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃんっ」
ミーシェが俺の胸に飛び込んできた。
本当にあまえんぼうだな、ミーシェは。




