4-7:フリーマーケット
階段を登りきると、そこは外だった。
まぶしい日差しが降り注ぐ。
俺たちは目を開けていられず、しばらく目を閉じていた。
少しずつ目を開けていき、光に目を慣らす。
そして完全に目が開くと、周囲の光景に息をのんだ。
俺たちが立っていたのは山頂だった。
ふもとの洞窟から入った俺たちは、長い階段を経て山頂までたどり着いていたのだ。
山頂はちょっとした広さの面積で、周囲は断崖になっている。
視界に映るのは青空。
少し視線を下にずらすと、眼下に広がる緑の山々を見ることができた。
「高ーいっ」
ミーシェがはしゃぐ。
「アタシたち、山頂まで登ってきちゃったのね」
アリアが崖際に近づいて下を覗き込んでいた。
「あれはなんでしょう」
ルナが山頂の中央を指さす。
そこには丸い物体が据えられた台座があった。
俺たちはそれに近づく。
「きれい……」
台座に載っている球体。
水晶だろうか。
美しい緑色の透き通った球体で、よく見ると少し浮いていた。
これが財宝……。
緑色の球体は、この世界にあるどんな宝石よりも美しく見える。
大自然の色を凝縮したかのような緑だ。
俺もミーシェもルナもアリアも、その宝珠に見とれて声も出せずにいた。
「ほう、『緑の宝珠』はここにあったのか」
アスカノフはこの財宝を知っているかのような口ぶりで言った。
「アスカノフ、知ってるの?」
「うむ。この宝珠には膨大な魔力が込められている。そしてその力によって周囲の大地を緑豊かにしているのだ」
「そういえばわたくし、聞いたことがあります。このムーンバレイには未だ何百年も天災や飢饉が起きていないと。それはこの宝珠のおかげなのでしょうか」
「いかにも。この『緑の宝珠』が大地を守護しているのだ」
「そ、それって、とんでもなくすごい宝物ってことだよね!?」
ミーシェがそっと『緑の宝珠』に手を触れる。
しかし、その指先は宝珠に触れることができず、実体がないかのようにすり抜けてしまった。
「あれ? 宝珠にさわれないよ」
「宝珠は資格がある者にしか触れられぬ」
「えー、ホント?」
続いてアリアが触れるも、やはり幽霊に触ろうとするかのようにすり抜けてしまう。
ルナがやっても同様だった。
「資格がある者って誰なの?」
「『緑の宝珠』を最初にここに据えた者だ」
アスカノフがいったんそこで言葉を切る。
それから続ける。
「ムーンバレイが悠久の平和をもたらすよう、ここに『緑の宝珠』を据えた者、それは――」
俺を指さす。
「勇者セフェウス、貴様だ」
そうか、俺だったのか。
ムーンバレイの平和を願ってこの宝珠を手放したのは。
俺は『緑の宝珠』に手を伸ばす。
その指先はたしかに宝珠の表面に触れることができた。
冷たい感触かと思いきや、それはほのかに熱を帯びていた。
「呆れたヤツだ、貴様は。『緑の宝珠』の力があればどんな願いだって叶うだろうに。お前は私欲を捨て、町のためにこの宝珠を手放したのだ」
肩をすくめるアスカノフ。
だが、俺は納得していた。
俺はそうする人間なのだと自覚していたから。
「どうする? エリオよ。これを持って帰るか。王に献上すればお前は再び英雄となろう」
「……お兄ちゃん」
「どうするの? エリオ」
「エリオさま」
みんなが俺を見ている。
俺は彼女たちをそれぞれ見てから答えを口にした。
「俺が大事なのは富でも名誉でもない。ミーシェ、ルナ、アリア、アスカノフみんなだ」
「お兄ちゃん……」
「そんなみんなと暮らすこのムーンバレイも大事な場所だ。だから俺は『緑の宝珠』は取らない」
それが俺の答えだった。
ムーンバイレイを守護する宝珠。
これはここにあるべきなのだ。
「それでいいよな、アリア」
「もっちろん。エリオの選択は正しいわ!」
アリアがウインクして親指を立てた。
「でも、お宝はなしかー。それはそれでちょっと残念だね」
「まあ、ミーシェさまったら」
落胆するミーシェ。
くすくすと笑うルナ。
「この景色をご覧ください。ムーンバレイの周囲の自然を一望できます。この美しい景色を観られただけでもよかったではありませんか」
「……うん。そうだね」
「とはいえ、問題が一つ残ってる」
「問題?」
俺はさっきからずっと言い出せないことを思い切って言った。
「これから俺たちはここから帰るんだが……」
「……あ、そうか」
「うえー、あの長い道のりを引き返すんだよねー」
「帰るころには夜になっていますでしょうね」
ミーシェとアリアとルナは困った顔になっていた。
そんなとき、アスカノフがこう言った。
「帰りなど一瞬だろう。ここから降りればいいのだからな」
「アスカノフちゃん!?」
「こっから飛び降りろってこと!?」
「そ、それは無理かと……」
確かにこの崖から飛び降りれば一瞬でふもとに降りられる。
むろん、無事に着地できればの話だが。
当然ながら普通の人間ならただでは済まない。
「我に乗せてやると言っているのだ」
「へ……?」
アスカノフが俺たちから離れる。
そして次の瞬間、彼女の身体から光が発せられる。
視界を遮る白い光が収まると、彼女は大きな竜へと姿を変えていた。
「さあ、我の背中に乗るのだ」
そうして俺たちは竜と化したアスカノフの背に乗った。
アスカノフが巨大な竜翼を羽ばたかせて飛翔する。
大空へと飛び上がった俺たち。
「きゃーっ」
「すごーいっ」
「あわわわ……」
ミーシェとルナはアスカノフの背中から身を乗り出してはしゃいでる。
ルナはぶるぶると震えて俺に必死にしがみついていた。
「ムーンバレイの町へと一気に降りるぞ。振り落とされるなよ」
アスカノフは竜翼を水平にし、ムーンバレイの町へ向けて滑空した。
すさまじい速度で景色が前から後ろへと流れていく。
「いけーっ、アスカノフちゃーんっ」
「あははっ、すごいーっ。すっごいはやいわ!」
「か、神よ、どうか守りたまえ……」
こうして俺たちの小さな冒険は終わったのだった。
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