4-2:フリーマーケット
それからニンジンやジャガイモを一口の大きさに切る。
下準備はできた。
あとはミーシェにまかせて、俺とアスカノフはじゃまにならないようにキッチンから退散した。
そしてしばらくして夕食ができあがった。
食卓にはおいしそうなシチューとサラダ、それにパンが並べられている。
いいにおいだ。
食卓を囲うように俺とミーシェ、アスカノフは席に着いて食事をはじめた。
アスカノフがさっそくスプーンでシチューをすくって口に入れる。
「今日の夕食はどうかな?」
ミーシェが出来を尋ねる。
「おいしい」
アスカノフがつぶやく。
「ミーシェの作る『料理』というものはすばらしい。称賛に値する」
「てへへ、やったー」
アスカノフの手は止まらず、どんどんスプーンを使ってシチューを口に運んでいく。
あっという間に彼女の皿は空になった。
いい食べっぷりだ。
「食べ物を切ったり煮たりするだけでこんなにおいしくなるとは……。まるで魔法だな」
「ああ。ミーシェの料理は魔法の料理だ」
「もー、照れちゃうよー」
この家に来て最初に料理をするところを見たとき、アスカノフは心底不思議そうにしていたな。
なぜ、わざわざ食べ物を切ったり焼いたりするのか。めんどうなだけではないか、と。
しかし、彼女はすぐにその考えをあらためることになった。
「今度、アスカノフちゃんにも料理を教えてあげるね」
「うむ。教えてもらおうか」
そうして俺たちは談笑しながら夕食を楽しんだのだった。
家族が一人増えて、いっそうにぎやかになった。
ミーシェは姉妹のような存在ができてよろこんでいる。
もちろん、俺もだ。
そして、孤独に暮らしていたアスカノフもきっと。
「アスカノフちゃんてたしか300年以上生きてるんだよね」
「うむ」
「見た目はルナちゃんと同じくらいだけど、竜だから長生きしてるんだね」
「わざわざ自分の生きた年数を数えたことなどないから、そんなこと気にしていない」
たしかに竜からすれば年齢などどうでもいいのかもしれない。
「300歳以上ってことは、ムーンバレイの町ができる前から生きてるんだね」
「ああ。人が集まり、この町ができていくのをこの目で見た」
「すっごーい」
ということは俺が転生する前から生きていたことになる。
俺の前世、勇者セフェウス。
彼が魔王ロッシュローブ討伐後、このムーンバレイの町を興した。
「勇者セフェウスとも戦ったんだよな」
「……」
「アスカノフ?」
「……一度だけ、な」
返事をためらったのはどうしてだろう。
アスカノフは表情を曇らせている。
その顔からは後悔のようなものが読み取れた。
「我を負かしたセフェウスはこう我に言った――ムーンバレイで共に暮らさないか、と」
……。
なるほど。それが沈黙の理由か。
前世の俺もおせっかいだったわけだな。
「あの頃の我は竜としての威厳を気にし、人間を見下していた。だから断った」
勇者セフェウスは魔王ロッシュローブを討伐した者。
ロッシュローブは強大なる力を持った邪竜で、竜たちの王だった。
竜からすればセフェウスは王を討ち取った敵なのだ。
「おそらく勇者セフェウスは、共存を拒絶した我を今度こそ討伐しにくるだろうと思っていた。だが、ヤツはそれきり来なかった。他の人間たちもだ」
「前世のお兄ちゃんがアスカノフちゃんに手を出さないように言ったのかな?」
「おそらくな」
その後、勇者セフェウスの生まれ変わりの俺と共に暮らすことになるとは。
運命めいたものを感じずにはいられない。
「エリオ。お前には感謝せねばな。我に二度も手を差し伸べたことを」
「アスカノフ……」
「お前が手を差し伸べてくれなかったら、我は後悔したままだったろう」
それからアスカノフはすっかりムーンバレイでの生活になじんでいた。
本来の姿は竜だが、人間の姿でいるかぎりは普通の人と同じ生活をしていた。
ルルム学園での人気も落ち着いてきて、今は単なる一生徒として学園生活を送っている。
そして現在、外国語の授業中。
アスカノフはまじめな面持ちでノートをとっている。
アリアは……居眠り中。
限界まで耐えたのだろう。今はゆらゆらと首を縦に振っている。
しかも、よだれまで垂らしている。
これは教師に目をつけられるな。
「それではアリアさん。この文章を訳してください」
「ふえっ!?」
案の定。
不意打ち気味に名前を呼ばれてアリアがはっと目を覚ました。
きょろきょろと周囲を見る。
教師がため息をついた。
「25ページの4行目を訳してください」
「え、えーと。うーん……」
慌ててページをめくって文章に目をやる。
だが、どうやらわからないらしい。
数学じゃないのだから悩んだところでわかるわけがない。
「他にわかる人はいますか?」
「はい」
俺が挙手する。
そして該当する箇所の文章を訳した。
「正解です、エリオくん。よく勉強してますね」
アリアはしょぼんとうなだれていた。
授業が終わると彼女は大きくため息をついた。
「うー。また失敗しちゃったー」
「寝不足なのか」
「昨夜、遅くまで今日の予習してたのよ」
なんというか、アリアらしい。
その努力が空回りしているところが。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけますと嬉しいです!
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非協力よろしくお願いいたします!




