3-4:孤独な竜
さみしいのか。
「お兄ちゃん。アスカノフちゃん、やっぱり一人で暮らしててさみしかったんだよ」
「エリオさま。アスカノフさまをムーンバレイに迎えてはいかがでしょうか」
アスカノフをムーンバイレイの町に招く。
いい案かもしれない。
無用な戦いを避けられるし、竜のような強い存在が町にいてくれるなら、山賊や野盗などに対する防備にもなる。
「わ、我はさみしくなんか……」
涙目になるアスカノフ。
さみしくなんかない――とは言い切れないらしい。
俺も単純なもので、姿が幼い少女のものに変わったとたん、彼女を助けてあげたいと思うようになったのだった。
「とりあえずアスカノフ。俺と決闘するのはやめにしないか」
「お、臆したか!」
「なんならお前の勝ちでもいい。ムーンフェザーも欲しいならあげるさ。勇者セフェウスの意見なら町の人たちも納得してくれるだろうから」
「あ、あんなものいるかっ」
ぷいと顔をそむけるアスカノフ。
意固地になってる。
とはいえ、ひとりぼっちが心細いとわかった子を山に置いておくのは気が引ける。
「アスカノフさま。ムーンバレイにお引越しなさってください。町の人たちはみんなとてもやさしいですよ」
「そうだよ、アスカノフちゃん。あ、よかったらウチに住んでもいいよ。ウチにはわたしとお兄ちゃんしか住んでないし」
「ううう……」
アスカノフは迷っている。
彼女の背中を押してあげないといけない。
だから俺はこう言った。
「アスカノフ、みんなで仲良く暮らそう。竜だの人間だの、もうそんなこと言う時代じゃないんだ」
「……しょっ、しょうがない」
腕組みをして威張るような格好で俺たちのほうを向く。
「そこまで言うのならムーンバレイに住んでやろう。偉大なる竜の加護があるのをありがたく思え」
「やったーっ」
「よかったですね」
顔を見合わせて微笑むミーシェとルナ。
アスカノフがまた心細げな表情に変わる。
「で、でも、本当にムーンバレイの連中は歓迎してくれるのか? わ、わたし、悪いことしちゃったし……」
「心配しないで。もし、アスカノフちゃんが住むのを反対する人がいたら、わたしとお兄ちゃんが説得するから」
「ホ、ホントにいいんだな……?」
「もっちろん。だよね、お兄ちゃん」
「ああ。ムーンバレイの一員になってくれ」
アスカノフは安心したような笑みを見せてくれた。
そういうわけで俺たちはムーンフェザーを取り返し、そのうえアスカノフを連れてムーンバレイの町に帰ってきたのだった。
連れてきた幼い少女が、先日現れた竜だったと知ると、町の人たちは驚いた。
けれど、町に住ませることは反対しなかった。
幼い姿であるのが功を奏したのだろう。
竜の姿のままだったら反対する人がいたかもしれない。
「狭い家だな。人間はこんなところで暮らしてるのか」
そしてアスカノフは我が家で暮らすことになった。
空き部屋の一室を彼女にあてがった。
「アスカノフちゃんもこれからわたしたちの家族だね」
「家族……」
与えられたその言葉を、自ら口ずさむアスカノフ。
「……竜は孤独だ」
アスカノフがつぶやく。
「常に個体で生き、同族であろうと敵と認識して縄張りをめぐって争っていた。だから我は家族というものがどういうものか、どういう接しかたをすればいいのかわからない」
「ありのままでいいと思うよ」
にこりと笑みを見せるミーシェ。
「アスカノフちゃんが変わろうとする必要はないよ。ありのままで三人で暮らしていこっ」
「……あ、ありがとう」
アスカノフが照れてうつむく。
「わ、我は本当はさみしかったんだ。ときどき空を飛んでムーンバレイの町を眺めることがあったんだが、人間は仲よく協力し合って生活してた。竜とは違って」
孤独なる存在、竜。
強大なる力を得るために引き換えにしたのは、かけがえのないものだったのだろう。
「これでもう、さみしくないんだな」
それからアスカノフは不安と期待の入り混じった声でこう尋ねてくる。
「そ、それで、『アレ』はくれるのか……?」
「『アレ』?」
アレとはなんのことだろうか。
ミーシェに目配せするも、彼女も同様に首をかしげている。
「な、なんでもないっ!」
アスカノフは慌ててそう言ったのだった。
アスカノフを加えた三人での暮らしがはじまった。
そして『セフェウス祭』も無事に催された。
にぎやかな祭りだった。
「ところでお兄ちゃん」
「うん?」
「アスカノフちゃんっていくつくらいに見える?」
翌日、ミーシェにそんな質問をされた。
「外見はルナと同じくらいじゃないかな」
「やっぱりそうだよね。なら初等部でいいのかな」
ミーシェの言葉の意味がわかった。
アスカノフを学校に通わせる際、どの学年にするべきか考えていたのだ。
「アスカノフって実際は何歳なんだ?」
「そんなものわざわざ数えたことなんてない。だが、もう300年は生きている」
300年……。
人間に換算したらいくつくらいなのだろう。
まあ、外見で判断すればいいか。
俺はふと気になって数学の教科書をアスカノフに見せる。
「この問題、解けるか?」
「数学か。人間の下らん知恵だな」
なんとアスカノフはすらすらと問題を解いたのだった。
高等部の数学だぞ。
「すごいなアスカノフ。竜なのに数学ができるなんて」
「『なのに』とは無礼者め。竜からすれば人間の数学など幼子のたわむれとしか思えんのだ」
「竜って頭もいいんだねー」
となると、アスカノフは高等部に入るべきだな。
外見の年齢はルナと同じくらいだが、さすがにこれだけの学力があって初等部の勉強をさせては退屈だろうから。
「お兄ちゃん」
ミーシェが俺の顔を覗き込んできて、うれしそうに笑う。
「これからはもっと楽しい暮らしになりそうだねっ」
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