3-1:孤独な竜
アリアの部活に参加させてもらっていい感じに時間が潰せた。
下校する。
町を歩いていると、そこかしこで『セフェウス祭』の準備をしているのが見れた。
なんか大げさだな。
だが、勇者の後継者が現れたとなると、ここまで大げさになるのも当然か。
「あ、お兄ちゃーんっ」
声がする。
ミーシェだ。
大人たちに混じって飾りつけを手伝っていてミーシェが小走りに駆け寄ってきた。
「がんばってるな、ミーシェ」
「お兄ちゃんを称えるお祭りだもん。期待しててね」
「ねーねー、町の中央広場に行こうよ。すごいのがあるよ」
ミーシェにせがまれ、いつもの下校の道から外れて中央広場に向かった。
中央広場では祭りの設営がだいぶできている。
広場の中心に、ひときわ背の高いオブジェがあった。
木材で組まれたオブジェ。
そのてっぺんに、とてつもなく大きな鳥の羽根が飾ってあった。
あれはたしか、町で一番の宝物だったか。
祝祭のときに必ず飾られているから、過去に何度か見たことがある。
「ムーンフェザーだね」
そう、ムーンフェザー。
それがこの羽根の名前だ。
勇者セフェウスが遺したもののひとつらしい。
巨大な怪鳥を討伐したときに戦利品として持ち帰ったものだと言い伝えられている。
「勇者セフェウスってすごいんだね。さすがお兄ちゃん」
「セフェウスだったころの記憶は無いんだがな」
羽根一枚でこの大きさだとすると、相当大きな鳥だったのだろう。
まさしく魔物だ。
カンカンカンッ。
そのとき、町の警鐘が突如として鳴り響いた。
動揺する人々。
「お、お兄ちゃん! なにかあったみたい!」
警鐘が鳴り響くということは、見張り台の人がなにかを見つけたのだ。
その場合、多くが魔物の接近。
警鐘は依然として鳴り響いている。
「お兄ちゃん、あれ見て!」
ミーシェが空を指さす。
そこには空を飛ぶ物体があった。
鳥。
……いや、違う。
燃える炎のような深紅の身体。
爬虫類のような鱗をまとっている。
そしてコウモリのような巨大な翼を羽ばたかせている。
「竜だよ!」
こちらに向かって飛んでくる物体の正体は竜だった。
竜を見るのは初めてだったが、その姿は誰でも絵本や物語で知っている。
竜は広場に向かって飛んできている。
みるみる接近してくる。
そして俺たちの目の前まで飛んでくると、オブジェに飾られたムーンフェザーを前足でつかんで奪ってしまった。
「貴様が勇者セフェウスの後継者か!」
竜がそう問いかけてくる。
「竜が人間の言葉をしゃべったよ!」
「人間の言葉を解するなど容易いこと。思い上がるなよ人間」
不遜で尊大な態度が口調から伝わってくる。
「我が名はアスカノフ。火竜の末裔なり」
竜はアスカノフと名乗った。
「我ら竜の敵であるセフェウスよ。貴様らが大事にしているムーンフェザーはいただいた」
勇者セフェウスは魔王ロッシュローブの味方をした竜たちと戦ったという。
だから竜は今でも人間と敵対的な関係にある。
「なにが目的だ!」
「決闘だ。ロッシュローブは破れたが、今度はそうはいかん。勇者セフェウスを倒し、我ら竜が地上の覇権をもらう。勇者セフェウスの後継者よ。我との決闘を申し込む」
決闘……。
「必ず我が住処へと来るがいい。勝てばムーンフェザーは返してやろう。」
そう言い残してアスカノフは山のほうへと去っていった。
それから町長の邸宅。
「よわったことになった。ムーンフェザーは町の宝。あれがなければ祭りが開催できない」
町長がそう言う。
「町長。町の大人たちを集めてあの竜を討伐しましょう」
「王都に要請して兵士を呼んできましょう」
「武器を用意しなくては」
集まっている大人たちがそう相談し合っている。
「お兄ちゃん」
ミーシェが肘でわき腹をつついてくる。
俺はうなずく。
「みなさん。ムーンフェザーは俺が取り返してきます」
大人たちが一斉に俺のほうを向く。
「そんな、危険だ」
「ここは兵士たちに任せるべきだよ」
口々にそう言う。
しかし俺はこう反論した。
「あの竜――アスカノフは俺との決闘を望んでいます。ならば望みどおり決闘に勝利し、ムーンフェザーを取り返しましょう」
「竜などの要求をわざわざ受け入れる必要はない」
「返してくれるかもあやしい」
「そもそも、竜との決闘なんて危険だ。キミは町の英雄、勇者なんだ」
「勇者だからこそです」
俺は勇者セフェウスの生まれ変わり。
ならば竜と正々堂々と戦わなくては。
「お兄ちゃんはナイトウルフをやっつけたんです。竜だって楽勝ですよっ」
ミーシェがそう言う。
「し、しかし、相手は邪悪なる竜。ただの魔物とはわけが違う……」
「いえ、俺に任せてください」
村の大人たちが行くにせよ、王都の兵士たちに任せるにせよ、彼らが竜と戦うとなると少なからぬ犠牲が出るだろう。
竜と戦って死者が出ないなどありえない。
だが、俺一人が戦うのなら話は別だ。
「俺には聖剣『ルーグ』があります。必ずアスカノフを討伐してみせます」
大人たちが黙り込む。
本来なら俺に任せたいのだろう。しかし、大人としての責任がそれを思いとどまらせている。
勇者の後継者とはいえ、俺はまだ未成年。




