0-1:魔王を倒した勇者
「セフェウス。お前にはこのパーティーから抜けてもらう」
魔王との決戦の直前、俺はガストンにそう言われた。
突然そんなことを言われて俺はぽかんとする。
「ど、どういうことだ、ガストン……?」
「お前は魔王との戦いで足でまといになる。そういうことだ」
「冗談はやめてくれ!」
「冗談などではない」
ガストンは俺を嫌悪の目で見ている。
俺は彼のとなりにいる彼女たちに助けを求める。
「アザレア、イラ。ガストンになんとか言ってくれ!」
「……」
「……」
ところがアザレアもイラも俺から黙って目をそらした。
二人ともその態度でガストンの言葉を肯定して、そして味方していたのがわかった。
俺は困惑する。
リーダーで剣士のガストン。
魔法使いのアザレアとイラ。
そして付与術士の俺。
魔王と倒すため、四人のパーティーでここまで冒険してきた仲間だったのに。
あんまりな言い草だ。
土壇場になって無能扱いなんて薄情だ。
「セフェウス。お前にはなにがある。俺は自分の剣に自信があるし、アザレアとイラも魔法で補助をしてくれてきた」
そう指摘されて俺は反論する。
「俺は付与魔法でみんなを強化してきた」
「強化だと? どこが強化されていると言うんだ。ぜんぜん実感がなかったぞ」
鼻で笑うガストン。
「そうなのか? アザレア……」
「……ごめんなさい。でも、ガストンの言うとおりだから」
アザレアが言う。
「ここから先はお友達ごっこじゃやっていけないの」
イラも。
俺はがく然とする。
たしかに付与魔法は対象の身体能力を強化するという地味な効果だが、それでも俺は魔物との戦いで役に立ってきたと思っていた。
ところが、それは俺だけの思い込みだったらしい。
「お前は一人では魔物とろくに戦えない。かといって付与魔法もまるで役に立たない。これが足手まといではなくてなんだというんだ」
「……」
俺は押し黙る。
なにも言い返せなかった。
「行くぞ。アザレア、イラ」
「うん」
「ごめんね、セフェウス。でも、足手まといなのは本当だから」
俺の横を抜けて歩いていく三人。
ちらりと見てから去っていく。ガストン。
アザレアとイラは最後まで目を合わせようとしなかった。
仲間だと思っていたのはどうやら俺だけだったらしい。
俺は勝手に三人を仲間だと思い、ありもしない絆を信じていたのだった。
本当にばかげている。
俺は自嘲する。
三人の姿が、魔王がいる山を登って見えなくなってからも俺はその場にずっと立っていた。
これからどうすればいいのか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、魔物が襲いかかってきた。
槍を持った屈強な悪魔、ブラッドデーモン。
四人がかりでどうにか倒せるような魔物だ。
俺一人ではとうてい勝ち目はない。
ブラッドデーモンが槍で俺を突いてくる。
俺はそれを――寸前で回避した。
自分でも驚いた。
まさか攻撃を回避できるなんて。
さっきの攻撃、まるで時間の流れが遅くなったかのように把握できて、やすやすとよけられた。
ブラッドデーモンはなおも攻撃を繰り出してくる。
俺はそれをよけたり、剣で受け止めたりして、すべていなすことができた。
そして一瞬のすきをつき、ブラッドデーモンの喉に剣を刺して倒した。
絶命したブラッドデーモンが塵になる。
魔物の攻撃が手に取るようにわかった。
それどころか、魔物の喉を貫通させるほどの精密さと腕力まである。
これではまるで付与魔法を自分にかけているような……
だが、付与魔法を使った覚えはないし……。
もしかして俺は無自覚のうちに付与魔法を使っていたのか。
常にかけ続けていたから、ガストンたちは実感がなかったのだ。
もしくはそれを自分の成長だと思い込んでいた。
三人が離れたために、今まで分散していた付与魔法が俺自身に集中した。
だから身体能力が極端に強化されたのだ。
そうとしか考えられない。
だとすれば、ガストンたちは今ごろ……。
俺はガストンたちを追いかけて魔王のいる山を登った。
途中、魔物と遭遇するものの、以前では考えられないくらい楽々と倒すことができた。
無自覚に常時発動している付与魔法が自身に集中しているおかげだ。
山頂に到達する。
そこにはこの山の主であり『魔王』と呼ばれている黒き竜、ロッシュローブがいた。
あらゆる生物を圧倒する質量の巨躯。
広げれば空を覆うほどの竜翼。
邪悪な表情をした頭部。
それが人間と敵対する邪悪なる侵略者。
「魔王……ロッシュローブ……!」
そしてその場はガストン、アザレア、イラもいた。
三人とも魔王の攻撃を受けたのだろう。傷を負って地面に倒れている。もはや戦う力は残っていないようだ。
魔王の圧倒的な力に敗れたのもあるだろうが、俺の付与魔法がなくなったせいでもあるだろう。
「弱き人間どもよ、身の程をわきまえよ」
魔王ロッシュローブ。
こいつを倒せば世界は救われる。
「我ら竜こそがこの世界の真なる覇者。この地に君臨し、すべてを統べる者なり。弱き人間よ、我が炎の息吹によって文明もろとも灰と化すがいい」
「お前に滅ぼされたりはしない。世界は俺が守る!」
俺は剣を握り、駆ける。風のごとく。
そして跳躍する。空高く。
ロッシュローブの頭上まで飛び上がると、剣を振りかぶったまま落下した。
落下の勢いに乗せて剣を振る。
その一撃をロッシュローブの首の根元に叩き込んだ。
付与魔法が施された俺の剣は、魔王の首を一撃で斬り落とした。
ぐらりと胴体から頭部が落ちる。
そして頭部が地面にぶつかる前に、塵と化して消滅した。
魔王はあっけなく敗れたのだった。
俺はポーションでアザレアを回復させる。
それからアザレアの回復魔法でガストンとイラを治療した。
「セフェウスと別れてからおかしかったの。今まで大したことなかった魔物相手にもやたらとてこずるし、なんだか身体が重いような気がして、ぜんぜん戦えなくて……」
「……俺の付与魔法の範囲外に出たからだな」
「……!」
驚く三人。
しかし、自分たちが急激に弱体化した理由がそれしか思い当たらなかったらしく、納得せざるをえないようだった。
長い沈黙が訪れる。
しばらくすると、その沈黙は静かに破られた。
「ごめんなさい、セフェウス。あなたのことを足手まとい呼ばわりして」
「本当は陰で私たちのことを支えてくれていたのね。すごいわ」
アザレアとイラがそう謝ってくれた。
彼女たちの態度で俺の溜飲が下がる。
ちゃんと彼女たちは俺を認めてくれた。
「セフェウス」
だが、ガストンが平然とした顔でこう言ったのだ。
「さっきの言葉、なかったことにしてくれないか……?」
それで俺が迷ったり思い直したりするとでも思っていたのだろうか。
俺は即座にこう答えた。
「今さら遅い」