アクリル金魚は歌わない
ゆっくりと海の底へと沈みながら、私は我が身の不運を呪った。
初めて掴んだ歌のステージは船上で、その船が座礁して沈むって、
一体何の罰ゲームよ?
漸く辿り着いた救命艇に片足を掛けたのに、船底から再び衝撃。
私は海へと放り出され、今に至る。
ステージ衣装のドレスが重くて邪魔でどうあがいても浮かび上がれない。
自分の口から出た泡だけが水面を目指して上っていく。
もうダメだな、これは。私は目を閉じた。
まさか再び目覚めるときが来ようとは思わなかったけれど、
驚くことに私は見知らぬベッドで目を開けた。
「あ、目が覚めました?大丈夫?」
声を掛けてきたのは、見知らぬ男性。
「ビックリしましたよ。釣りをしていたら、君が波間にゆらゆらしてて。」
「助けていただいたんですか!ありがとうございます。私の乗った船が事故で。」
そこまで言って、寒気が背中を這い上った。
「怖かったですね。ミルクでも温めてきますよ。休んでいて。」
柔らかい笑顔で渡されたホットミルクは、心身共にほっとさせてくれた。
少し落ち着いてから、部屋を見回すと雑多なものでいっぱいだった。
私がキョロキョロしていると、それに気付いた彼が
「すみません。作業場なんで、散らかっていて。」
と顔を赤らめた。
「なかなかお金にならないんですが、こう言うものを作っているんです。」
と見せてくれたのは、レジンアートだった。
小さなレジンの中、花や海や星が捉えられて時を止め、アクセサリーやオブジェになっていた。
「わぁ、凄く綺麗。私は不器用なので物作りは苦手で。作品を作れる人って尊敬します。
歌は歌えるんだけどなぁ。」
「僕は逆に歌がダメなので、歌える人を尊敬しますけどね。
そうだ、今夜衣装を着て歌ってくれませんか?」
助けて貰ったお礼になればと私は快諾した。
軽い食事のあと、私は衣装を身につけ、彼の前に立った。
緩やかに歌い始めると彼がニコニコ聞いている。1曲歌い終わって礼をする。
頭を上げた瞬間、目眩がした。
「薬効いてきましたか?」
と彼。言っている意味が分からない私。
「赤と金の衣装で波間に揺れる君は美しい金魚のようでした。
僕はその美しい君の時間を止めてあげようと思って。
ふわふわ多幸感がありますか?
でも、身体は動かない?
大丈夫、僕がレジンのベッドまで運んであげますよ。
あなたは幸せに歌い続けて。」
海の水より重たく纏わりつく樹脂の中、私は歌いながら沈んでいく。
そして、ふっと意識が途切れた。