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春、夏、秋、冬を巻いて

作者: 一色 良薬

 旨味がはじける音が厨房から聞こえた。油特有の空気に乗る、揚げたてさくさくの匂いが腹の虫を刺激していく。

 店内の壁には“コロッケ”“ヒレカツ”“ささみ揚げ”“メンチ”と、年季の入ったメニュー札が並んでいる。どれも魅力的だが今日満たすのは腹ではない。

 厨房の入口に掛けられた暖簾から、お目当ての品が顔を覗かせるのを今かと視線を動かした。

「お待たせいたしました」

 できたてほやほやの湯気を纏い、僕の前に置かれた一品を凝視する。きつね色に揚がった巻物に似た料理。予約を待ち続け、ようやく食べることができる。

「ご注文された料理は春巻き、夏巻き、秋巻き、冬巻きでお間違いないでしょうか」

「合っています」

 興奮で震えそうになりながら、抑えて冷静に頷く。

「それでは簡単に説明させて頂きます。松丸様のご注文された四種の揚げ巻物の具材ですが、春夏秋冬の食材を使用しております。食材は事前に頂いたシートと、松丸様の再現されたい風味の現物を基に創作しております。注意事項の通り、料理を食された時点で消化されてしまいますが、宜しいでしょうか」

「はい。構いません」

 力強く伝えると店員は「それではお召し上がりください」と寂しそうに頭を下げて厨房へ消えていった。

 春夏秋冬の食材。果たして本当に要望通りの味なのだろうか。

 恐る恐る割り箸を手にとり、春巻きを口に頬張ってさくりと噛んだ。

“二十年、三十年と毎年お花見を楽しもうね!”

 舌の上、喉の奥、肉汁が溢れて体内、脳へ直接呼び掛け、懐かしさに涙が溢れて止まらなくなる。春巻きだけではなく、他の揚巻きと箸も止まらなくなっていく。

 愛した君との思い出が食材になって僕の記憶をより鮮明にしていく。

「死んでしまった彼女との思い出を食べたい」

 ずっと大切にしたかった。けれど僕は君を抱えて生きていくには脆過ぎた。

 溢れていた涙が徐々に乾いていく。

 僕が満たされていく度に、彼女が消えていくのを胃の中で確かに感じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 春巻き、夏巻き、秋巻き、冬巻き、一体どんな料理だろうとドキドキさせてくれました。 [一言] 素敵な発想、最後は切なくなりました。彼女との思いを消化してしまうのですね。なんとも言えない味がし…
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