◆4-3 面倒臭い奴等
クラウディア視点
学校に到着する頃には、普通に動ける様になった。
まだ関節が痛むけれど、『普通の人』と同じ行動をする事には支障はない。
途中で一晩宿泊した村で、相変わらず行きの時と同じ様に馬車を狙う連中が居たけれど、ジェシカとアビーが交代で見張ってくれた。
アビーを見くびって襲い掛かった男達は、気絶する迄殴られて、全ての衣服を剥ぎ取られた上、町の広場で縛り上げられ放置されたらしい。
…ジェシカが相手でなくて良かったね。少なくとも命が助かった。
見張りをしなかった代わりに、ヴァネッサとマリアンヌが帰りの馬車の操縦をサリーに教わりながら練習した。
ヴァネッサは近くしか『視え』ないから操縦体験だけだったけれど、マリアンヌはやる気に溢れていたみたい。
「私にお任せ下さいませ!」
皆は中で休んでいて、と言うので操縦を彼女に一任した。
戦闘では、あまり役に立てなかった事を気にしていたのだろう。
操縦に慣れてからはサリーも馬車に戻り、ずっと彼女一人で御者台に座っていた。
馬車の操縦をマリアンヌに任せ、ヴァネッサが周囲の警戒と探知を行った。
しかし、マリアンヌの様な小さな子供だけに操縦させていた事が、少々失敗だった。
悪目立ちしたのだ。
御者が少女で馬車に乗っているのが女子供ばかりだと、途中立ち寄った村の人から知らされたであろう連中が、積極的に私達の馬車を狙って来た。
探知に引っ掛かる度に、アルドレダがマリアンヌに休憩を要求し馬車を停めさせる。
その間に、マリアンヌに悟られない様に気を付けながらジェシカやサリーが野盗を処理した。
知ってしまうと、彼女が自分のせいだと落ち込むから。
流石に死体を埋める暇は無かったので、林や藪に放置したそうだ。
そこの周辺の村では、今後、獣害が酷くなるだろうけれど、女子供の馬車を狙った事に対する慰謝料だとでも思ってもらおう。
学校の近くの街に着く頃には、マリアンヌの腰も限界を迎えたらしい。
ここ迄、距離を稼ぐ為にかなりの強行軍をしたから。
御者台から這いずって降りて、私と同じ様に座席で横になっていた。
いくら、高級クッション付きの柔らか座椅子、腰負担軽減仕様の御者台でも、慣れないと腰と背中が辛くなるよね…わかるわ…。
残りはアルドレダが操縦して、7の鐘の時に首都の門をくぐった。
アルドレダが操縦しているのを見た門番は、検査検閲をしないで、他の馬車を除けさせて私達を優先的に通した。
…こういう忖度は良くないよなぁ…楽だから甘えちゃうけど。
7の鐘で街の皆は帰宅して夕食にしているので、街中の人通りはほとんど無くなっていた。
そのおかげで私達の馬車はスイスイと進み、大した時間も掛からずに学校まで到着した。
アルドレダは馬車を玄関前に着けた。
私は自分の足で馬車から降りられる程度まで快復したが、腰の痛いマリアンヌはサリーに背負われて降りた。
荷物を下ろして連結荷車を外すと、アルドレダは馬車を待機所まで運ぶと言うので、そこで別れた。
寄宿舎に入ると、ロビーでデミちゃん達が迎えに出ていた。
ヴァネッサは人目も憚らずデミちゃんに飛び付いた。
デミちゃんの首辺りに顔を埋めると、デミちゃんが彼女をあやす様に頭を撫でた。
リオネリウスとセタンタ、そしてイルルカは『またか…』と、苦笑しながら呆れていた。
リオネリウスの騎士見習い達は少し離れた場所からこちらを見て、顔を顰めていた。
…リオネリウスから私達に近付かないよう言われたのかな?
偶然通り掛かってその様子を見た令嬢達の顔が、貴族らしくない表情を浮かべていた。
嬉しそうにニヤける者達や、憎々しげに睨む者等々…
マクスウェルは、サリーに背負われたマリアンヌを見て人目も憚らない慌てぶりだったが、ただの腰痛だと分かって、ようやく落ち着いた。
やっぱり、かなりのシスコンよねぇ…可愛いから理解は出来るけど…
リオネリウスは、まるでクソガキの様に自分達の狩猟の成果を私達に自慢してきた。
…疲れてるのだから勘弁して欲しいわ。
近隣の村の家畜を喰い殺し回った狼の一団を討伐してきたらしい。
デミちゃんの指示の下で効率的に狩りが出来たみたい。
リオネリウスは射撃と剣撃で狼の首領を討伐したと。
人間の大人位大きかったそうだ。
…どうでもいい…
リオネリウスの魔力の大きさなら狼程度簡単だろうに…
そこまで自慢する事か?
そもそも、簡単に討伐出来たのはデミちゃんの指示のおかげでしょ?
流石デミちゃん。カッコ可愛くて頭も良い!
しかし…リオネリウスの話し方が汚い。
俺様スゲーだろー?、とか…
なんで私に向かって自慢する?
知らない人が見たら、ただの口の悪い生意気なガキだよねぇ…
…人目があるのだから少しは王子様を演じろ…
離れて見ていた騎士見習い達が急に話に割り込んで来て、リオネリウスの事を自慢し始めた。
話の途中に割り込まれたリオネリウスはムッとしていた。
…こいつ等、主人の機嫌も読めないのか?
私は騎士見習い連中に周りを囲まれた。
私は、素晴らしいリオネリウス様に対して貴様は頭が高い。何だ、その生返事は!…みたいに罵倒される。
…本当に面倒臭い奴ら…。上も上なら下も下…
「貴様らの成果はどうだった?兎程度は狩れたのか?」
そう言って嗤う。
ジェシカが「私達の成果はグレンデルという魔物よ」と言った。
離れて見ていた生徒達は、何それ?という顔をしていたが、帝国の騎士見習い全員が、目を見開いて固まった。
グレンデルがどういう魔物か知っているのね。
帝国では有名なのかな?
どうやって倒したのかと、しつこく聞いてきた。
話し合った設定通り、村から借りたベアトラップで足止めして、皆で一斉に銃撃したと言っておいた。
…似た様な方法だし完全に間違っている訳じゃないから、ボロも出にくいでしょ…。
リオネリウスの取巻き達が、そんなものは騎士の戦い方じゃない!、だとか、正々堂々と戦うべきだ!、だとか…悔し紛れに罵倒してきた。
…ああ…もう嫌だ。
「私は騎士じゃないので」
そう言って私は、ロビーを出る道を塞いでいた大柄な騎士見習いを、手で押し退けた。
軽く押したつもりだったけれど、つい反射的に腰を入れて押してしまったので、相手は盛大に倒れて尻餅をついた。
「ああ…、ごめんなさい。疲れてて加減が出来なかったわ…」
そう言って、足早にロビーから退出した。
彼は何が起きたか分からなかったらしく、目を白黒させていた。
扉が閉まる前に、ロビーからは騎士見習い達を叱っているリオネリウスの声が聞こえた。
「やけにクラウに絡むね?」
「私のこと、嫌いな要素が揃ってるからじゃない?」
「嫌いな要素?」
ルーナが首を傾げる。
「ハダシュト王国人。
魔力無しの似非貴族。
茶会室でザーレと一悶着起こした。
結果的にザーレがみっともない醜態を晒し、帝国貴族の誇りを傷付けた…」
指折り数える。
「お姉様は本当は凄い方なのに…!」
サリーに背負われがらマリアンヌが憤る。
「お……?お姉様…?どうしたんだマリアンヌ!?」
突然のマリアンヌの発言にびっくりするマクスウェル。
…ああ…しまった、お姉様呼びに慣れてしまっていたから。
いちいち訂正するのも面倒臭かったし。
「私、クラウディアお姉様と姉妹の契を交わしましたの」
「そんなもの交わしてないわよ…」
「だから、お兄様もお姉様を敬いなさい」
「私が長子?」
「確かにヨーク伯爵家令嬢だから敬うのは理解できるが…
何故家族に…?」
「だから、姉妹の契なんて交わしてないってば…」
溜息をつきながら食堂に入った。
丁度、食事の時間だった為に混んでいた。
いつもの席も空いていなかった。
3人以上纏めて座れる席は無かった。
仕方無く、皆は空いている席にバラバラに座った。
デミちゃんが、私とヴァネッサを見比べながら固まっていたので、ヴァネッサをエスコートするように指示を出した。
デミちゃんは頷いてヴァネッサの手を取り、少し離れた二人掛けの席に着いた。
その席の周囲では、圧し殺したヒソヒソ声が漏れていた。
…いつもは気にしないのに、鬱陶しく感じるのは疲れているから…?
手近に1人分の席が空いていたので、私はそこに自分の席の確保を示すカードを置いて食事を取りに行った。
食事を持って戻ると、私の席が取られていた。
ヘレナ=コルヌアルヴァが、私の席に着いていた。
「また嫌がらせ?少しは成長したら?」
「そ…そういう訳じゃないの…ごめんなさい」
「?…なら退いてくれない?」
ヘレナは席を立ち、私が座る。
何故かヘレナは、もじもじしたまま離れない。
「何か用かしら?」
私はイライラしながら聞いた。
表情は出来るだけ笑顔にしたつもりだったけれど、ヘレナの顔が引きつってたから、きっと怖い顔になっていたのだろう。
「あ…あの…食事の後で、少しお話し出来ないかしら…?」
「嫌です。疲れてるので」
取り付く島も無く答えたら、涙目になった。
そのまま放置していたら、声を殺して泣き出した。
周りの視線が私に集まる。
…本当に、帝国の奴等は面倒臭い!!!
公衆の面前で泣くなんて、どういう教育受けて来たの!?
貴族として恥ずかしくないのかしら?
「茶会室で少しの時間だけなら…」
「あ…りが…と…」
ヘレナは鼻をすすりながら答えた。
…ふぅ…やっと食事を摂れる。
私はパンを一口齧って、思わず顔を顰めた。
パエストゥム村のパンは本当においしかったなぁ…
腸詰めもエールもとても美味しかった。
贅沢に胡椒だけじゃなく、味わった事のない調味料もふんだんに使っていたなぁ…
アゴラとスカリ達の厳つい顔も慣れると可愛いし…
何かしら理由をつけて帰りたいなぁ…
そんな事を考えながら、村の物より遥かに不味いパンと、村の物より遥かに不味い腸詰めと、サリーの物より目茶苦茶不味いスープを片付ける。
そりゃあ、これでも平民の食べ物より美味しいのだから…
文句を言うのは失礼だと思うのだけれど…。
自炊しようかしら…
でも、私は美味しい料理が作れない…
スープは適当に、塩とそこらのハーブを放り込む程度。
お腹が膨れれば良い。その程度の野戦料理。
この食堂の料理人や教会の修道士達と大差無い。
…今迄、こんなに味に拘る事はしなかったのに…パエストゥムのパンが美味しすぎるのが悪い!
誰かに料理を習う?
でも美味しい料理法って、普通は隠してて誰にも教えないモノだし。
サリーなら教えてくれるかな?
ガラティアは色々な事を知ってるくせに、料理の知識はほとんど無いのよね…
美味しい物を食べた時の幸福感が解らないと言っていた。
私と一緒に食事をしている筈なのに…何故?
そんな事を考えながら、それ程美味しくない料理を片付けた。
食器を片付け、料理人と皿洗いの使用人に銀銅貨を数枚渡す。
とても嬉しそうに感謝しながら受け取ってくれる。
別に渡さなくても仕事はやってくれるけれど、何となく平民の使用人達にはチップを渡す様にしている。
関係無い人達だけれど、個人的な罪滅ぼし。
食堂から茶会室へと続く扉を通り抜ける。
茶会室の端に硝子戸で囲まれた個室がある。
あまり周囲に聞かれたくない話がある時や、仲の良いグループのみで茶会をしたい人達用。
そこに、お茶を準備して座って待っていたヘレナが居た。
「来てくれて…ありがとう…」
そう言ってヘレナは私に席を薦めて、侍女達を退室させた。




